和帝結婚式闘争編2幕 バースワールドの端っこ・グラップハロー編

第6話 ハロー・グラップハロー

「エクレツェア? そんなん、たいしたところじゃねぇよ。ちぃ、あれはただの独りよがりさ。落ち着いて考えてみろ、あの世界は世界のはみ出しものたちがわんさかいるだけの、ただの実力主義社会。あんなところで生きたいって奴はぁ、これまで幸せな人生なんて歩んでなかった奴らだ……ちぃ」


 舌打ちをした後、男は茶色いカーボーイ服から緑の腕を伸ばして、大きな葉巻を加える。銀色のジッポで火をつけた。一服する。そのいかついゴブリンの顔を、店員のエプロンをした、赤毛の人間に向けた。


「だから俺はここにいる。『グラップハロー』は自然が豊かで争いなんて一切ない。俺はここで荒ぶるバカどもに質のいい武器を売るだけだ。あいつらはそれらを使い潰すとまた俺の店に金を入れる。アホどもを手玉に取ったなんと素晴らしビジネスだろうか。ああゆうバカどもがいないと、俺に金が入らないからな。ちぃ」


 相変わらず舌打ちの調子がいい。


 赤毛の店員は店を箒で掃きながら、あくびをしながら、そして耳をほじりながら、彼の話を受け流す。


 彼女は腰まである、長い赤珊瑚のような美しい髪の毛を、無造作にたらしながら、床の麗しい髪の毛がすらもちりとりで回収していく。裸足のまま店内を歩き回り、掃き掃除に勤しんでいた。


 彼女は身なりからは想像できないような、軽い感覚で言葉を返す。


「ジークさん。あんたの持論は聞き飽きたっすよ。あたしゃ、ここでつまらない話を聞く仕事してるんじゃないんすから、ちゃんと答えてくださいっす」


「ちぃ、なんの話だった? ミーティア」


「エクレツェアはなんのためにあるんすか? そのおかげで私はここで働くことになってるんすから」


「ただの戦争屋さ。それより、オメェの姉が行方不明になってるんだったら、さっさと『チームエクレツェア』に頼めやぁいいじゃねぇか。二日もせずに見つけ出してくれるはずさ」


「わかってないっすねぇ。エクレツェアはむちゃくちゃ物価が高いんすよ? あんなところ、半日もいたら交通費だけで所持金が消えるっすよ。任務依頼の資金をここで稼ぐしかないっすから、黙ってバイト代払いやがってくださいっすクソゴブリン」


「口悪りぃなおい」


 

 ズウゥン!


 地響きとともに、何か大きな音が聞こえた。

 ジークが顔をしかめて、

「ミーティア。客だ、外見てこい」

「あいよっす」


 彼女は箒を壁にかけ、背伸びをしながら外へ出る。


 店の前はではしばらく先まで平地が続く、そこから先は全て草原だ。それは皆、風に流されさざなみを作る。太陽が優しく暖かさを送る中、汚れひとつない空気は上昇気流を生んだ。それ以外に、木が一本しかないこの草原は、数歩歩いて振り返ると、オレンジの瓦の大きな建築物の存在を許している。


 いたずらな風は、撫でやかに彼女の赤毛をくすぐって、その場中に甘酸っぱい安らかな匂いが広げていく。


 ミーティアの視線の先には、草原にぽっかりと空いた穴が。人影が二人見えた。


「あー着いた着いた」

「よくそんな勢いで着地できるよな。てゆうか、なんで毎回上空に突然飛ばされるんだよ!」

● それはご愛嬌だ。


 肩のかすれたスーツをきた青年。

 黒い装飾がこの上なくうるさい男性

 男性は足元の衝撃をうかがわせる煙が、靴から上がっている。青年は背中から大きなジェットエンジンを生やしていたが、瞬く間に消滅していった。


 よしきはキシヨに尋ねる。


「てゆうか、お前は『フィガー』を移動の時にしか使わないのか?」


「弾丸を強化しているじゃないか。それに、実際人間相手の戦闘がほとんだだったからな。攻撃に使わなくても、移動に専念させて致命傷を与える方が確実だと感じている。間違ってるか?」


「これを覚えておけ、戦いは常にイメージが顕下(けんげ)するものだ。その戦いがそれに従っていないのであれば、そのうち通用しなくなってくるだろうな」


「なら、どうしろと?」


「だからここへ来た。新しい武器だ。異世界には異世界の武器があるんだよ」


 遠くからミーティアが大手を振って呼びかけ。


「いらっしゃーせー!」

「ここはコンビニか」

「俺と同じくらいの歳の女の子とかもいるんだなあ」


 しかし、ミーティアはそれらの言葉を無視して店内へと招き入れた。


 店はオールドスタイル。酒場のような古びた木材の内装は、しっかり作られており、大きな商品が乗っても壊れないほど強い棚がある。少し強めに体重をかけてもギシギシと言わない床など、古そうに見えてこしらえてからあまり日が経っていない。

 何より、ゴブリンの構えるカウンターが良い木目で、光沢すらしっかり見えた。本当に古いものではこうはいかない、あくまでもオールドスタイルの店内だった。


「あいよ、よしき。久しぶりだな」

「おっとゴブリン。機嫌がよさそうじゃないか」


 よしきの挨拶にジークは硬い顔の鼻を大きく動かす。


「ちぃ、ゴブリンというなゴブリンと。礼儀もくそもあったもんじゃねぇなおめぇはよ。せっかく機嫌よく出迎えてやったのに、胸糞の悪りぃ」


「イカツイおっさんが猫かぶったって無駄だ。お前がいつも通りじゃないと、こいつに異世界がどういうものか、わかってもらえないじゃないか」


 ミーティアはくすくすと店の端で箒を持ちながら笑う。

 それにイラっとして、ジークはさらに顔をしかめた。


「ちぃ、そうかいそうかい。じゃ、さっさと武器選んで帰ってくれねぇかな。俺はエクレツェアが大っ嫌いでね」


 よしきが今度はジークの顔を指差して、


「こいつは弟がエクレツェアでゴブリンじゃなくなってしまったからこんなに怒ってんだ。それくらいエクレツェアは危ないところでもある」


 ゴンッ! ズリュ!


 キシヨは瞬いた。


 ジークがタウンターを拳で強く叩いた瞬間に、横の壁から目の前に鉄のトゲが鋭く飛び出してきたのだ。トゲはよしきのこめかみを貫こうとしたが、彼は予見していたようにかわしてみせる。


 よしきはその針をつんつんする。

「これが『アンガーニードル』。怒りに呼応して敵を突き刺す異世界の武器だ」


 キシヨは驚きのあまり声が出せない。


 ジークは「ちぃ」と舌打ちをして黙り込んでしまった。


 ミーティアは赤毛を揺らしてまだくすくす笑っていた。

「まんまと利用されたっすね店長。このお客さんセールスがうまいっす」

「それはご愛嬌だ店員さん。二丁拳銃持ってきてくれ。めちゃくちゃバリアブルなやつ頼むよ」

「かしこまりましたっす」


 キシヨはようやく声を取り戻すと、店のあちこちを見て回った。大きなレンズのついた、ラグビーボールの縦半分みたいな形の近未来的なデザインが特徴の武器を、手のひらで無性に回す。


「おいおい、よしき。これはなんていう武器なんだ?」

「それはエレクトリックレーザー。高熱でなんでも溶かすそうだ。だが、オススメはしない」

「へー、ありきたりだな」


 今度はかなり複雑な構造のサーベルを持つと、


「これは?」

「それはバリアブルサーベルだそうだ。ナイフにも日本刀になるなんでもござれの商品だ。だが、オススメはしない」

「へー、これは元いた世界にもありそうだな」


 キシヨは隣の弓矢も手にとって、弦を弛ませる。


「これは? ただの弓矢っぽいけど」

「それは自動照準の弓矢だ。だが、オススメはしない」

「そっか、じゃあいいや」


 ゴブリンが眉をゴリゴリ寄せてカウンターを叩きつけた。武器や全体が揺れる。


「ちぃ! バカにしてんだろ! オススメしろよ、よしき! 」

「すまん、本当のことだ」

 よしきが目配せをしながらアンガーニードルを躱す。


「よしき、これは?」

「それはあれだ。爆弾だ。はっつけて3秒で爆発する」

「へー」


 キシヨは、水色スライムの中に薄緑の核が入った、軟体物を手にとって、グニュ。握った途端に爆弾が光りだした。

 急な光に、よしきは香港映画ばりの慌てっぷりだ。


「爆弾だっつったろおめぇ!」

「いや、グニュってしただけだよ!」

「ちぃ!」


 ジークも危機的な状況を察知して部屋の奥に逃げ込む。鉄の扉を閉めてしまった。

 スライムはキシヨの手の中でいっそう輝く。


「ジークの野郎、自分だけ隠れやがって」


 文句をたれたよしきは、さらにいっそう輝きを強めるキシヨの手の中のスライムを掴み取った。瞬間、壁に向かって鋭く投げると、小窓の外が大爆発した。どうやら外で爆発したようだ。だが、投げた先に穴はない。

 キシヨがぼけっとして尋ねる。


「一体どうやって?」

「お前にもこれくらいのことはやってのけるくらいに成長してもらうからな。今のは『転送』。ここに来た原理と同じだ」


 ジークが重い鉄の扉を開けた。


「ちぃ……よしき、生きてたか?」

「おめぇ、こんな爆弾をなんの用心もなしに置いておくなよ」

「1040クリティカだ」

「金とんのかよぉ……」


 そこへミーティアが奥の扉から顔を出す。

「二丁拳銃の準備ができましたっす。試射室へどうぞ」


 キシヨも焦って蒼白していた顔に、慌てて血の気を取り戻して、今の騒ぎがなかったかのように試射室へ向かった。


 彼が試射室へ入ると、大きなカウンター。その5メートルほど先には等身大の木製人形と円に数字の書かれた的が貼り付けられている。カウンターには色とりどりの二丁拳銃が取りそろえられていた。


 ミーティアがそれらについて説明を始める。


「この一番端の黒いフォルムをした二丁拳銃が定番の『ストロングスタイル・ガンマ』。これは威力、射撃性、重量共に初心者にはとても適した最高品質の一品っす。変形ができて、ショートナイフ、ロングソードも使用可能っすよ。次に……」


 そう続けた時、キシヨが自然と手を伸ばしたのは、その隣の二丁拳銃。フォルムは流線を描いており、黒が基調で、所々に青い線状の部位があしらわれた、少し重厚感のあるものであった。


 ミーティアは困ったように、


「お客さん……それの性能はさっき言った以上っすが、一番扱いにくいタイプの『ガーナッチスタイル・ベータ』っすよ? 初心者には無理っす」


 扉の前でジークが顔をにやけさせる。


「ちぃ、バカ言え、こいつの人差し指を見てみろ。引き金を引くところに硬そうなタコができてやがる。初心者じゃねぇよ。撃ってみろ坊主」


 坊主と言われてカチンとしたが、遠慮なく銃口を的に向けた。引き金を優しく引く。すると、簡単に人形の人間でいう眉間に命中した。


 ジークは、ひゅ〜う、と満足げに口笛を吹く。


 よしきが腕を組んで指示を出した。


「よし、じゃあ次は『フィガー』を使ってあの的を狙ってみろ」

「いいのか?」

「ちぃ! 試し撃ちで『フィガー』なんて使わせるな!」

「かわまん。やれ」


 と、よしきが言うものだからキシヨは遠慮なく『フィガー』を起動させる。右腕から青白い光が銃へと伝い、そこで滞留する。


 ジークが、ちぃちぃ、騒いでいるが関係なく、容赦なく撃ちはなった。銃からの爆発音と共に青白い弾丸が放たれて、放電しながら人形の頭部に。命中して頭を吹き飛ばした。


 よしきが横で満足そうに、

「申し分ない威力」

「ちぃ! 申し分ない威力だ〜じゃねぇよ! あれどうすんだよ、ぶっ壊しちまいやがって!」


 冷静なノリツッコミを受け流し、よしきはカウンターに残った二丁拳銃を手にとって人形めがけて撃ちはなった。瞬間、人形の胴体が木っ端微塵になる。


「……まぁ、異世界ではエネルギーを込めるだけでこの程度の威力は簡単に出る」

「実力差を見せつけたかったのか? それならよそでやってくれ」

「と、いうわけでキシヨくん、お前『フィガー』使用禁止な?」

「そんなバカな!? 『フィガー』使わなかったら俺にどうやって戦えっていうんだよ!? ただでさえ危険な世界なんだろ?」

「それを戦いの中で学べって言ってんだろうが。いいか? 使うとしても危険な時と移動時にしか使うな。それがお前のためだ」


 お前のため、と言われるとキシヨは従うほかなかった。


 ミーティアはジークの両肩をもみながらねだるように尋ねる。


「『フィガー』って何すか?」


「ちぃ、『フィガー』っていやあ、エクレツェアの研究バカが作った『既存する物語を現実にする機械』さ。確か、1・5世界のものだったはずだ。だが、今のが『フィガー』の威力だとするなら、おそらく使いこなせていない。ちぃ、だから使用禁止なんだろうな。本来なら、山一つ消せるくらいの威力はあるさ」


 キシヨはそれを背中越しに聞いてゾッとしていた。今自分の右腕についている武器は地形を簡単に変えるほどの威力を秘めていることを初めて知って、戸惑う。

 その時、


 ズシィン……


 ジークがゴブリン特有の緑で尖った耳を済ませる。

「今のは客じゃねぇな。少し見てくる」


 そう言うと試射室に入ってきた扉を開けた。しかしその先は店内だったはずなのに外へとつながっていて、そのまま外を確認しに行った。すると2秒後、勢いよくと扉が開く。


「大変だお前ら! バギー・ホイップが襲いにくるぞ! ちぃ!」


 ジークの血相を変えた姿。

 ミーティアも「あ〜、あれか」と呆れている。


 キシヨが尋ねた。

「バギー・ホイップって?」

「ちぃ、見ればわかる! それより奴らをを追い払ってくれ!」

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