第二百八十話


 俺の執務室に、書類が大量に運ばれてきている。

 この部屋に入る許可が出ているのは、眷属を除くと多くない。多くはないが、許可を持つ者はいる。それに、クリスは眷属の属性は外れていない。


 何が言いたいかと言うと・・・。


「カズト様。追加の書類です」


 自分の部屋に逃げようかと思ったのだが、書類の山が無くなってから帰ろうと考えたのが間違いだった。

 それに、自分の部屋に逃げても、クリスなら俺の自宅に入る許可を出してしまっている。


「クリス。少しだけ、本当に少しで構わないから、手伝ってくれないか?」


「ダメです。ルートから、”ツクモ様の確認と決済が必要な書類だ”と、言われています」


 アイツ・・・。

 クリスを味方に・・・。


 書類に埋もれる事・・・。食事も簡単な物で済ませて、3日間。俺はやり切った。


 ドアをノックする音が聞こえるが、多分、幻聴だろう。疲れた脳みそが、幻の音を・・・。ダメだ。ノックされている。


「中に居る」


「よかった」


 入ってきたのは、クリスだ。

 クリスが部屋から出て数分だ。まだ俺が居るのは当然だろう。ここは、執務室で・・・。あっそうだ。脱出の為の隠し扉を作っていた。なぜ、俺は逃げなかった。逃げても無駄だが、逃げてから考えればよかったのではないのか?


「どうした?」


「ルートが、お話があるそうです」


「わかった。丁度、書類の処理は終わっているから、来てもらってくれ」


「わかりました」


 シロが、フラビアとリカルダと一緒に商業区に行っている。クリスが嬉々としてシロの変わりをやってくれている。ルートの秘書的な役割をしていたはずなのに、こっちに来て大丈夫だったのか?


 ルートは疲れた表情を見せずに、クリスに一言、二言、告げてから、ソファーに腰を降ろした。


 クリスが、俺とルートに頭を下げてから部屋を出て行った。


「それで?」


「いろいろあるのですが、まずは、決済。ありがとうございます」


「それは、いい。そんな事を言いに来たのか?」


「いえ・・・。問題が発生していて、ツクモ様にお願いに来ました」


 俺が捌いていた書類は、決済を求める物が多かったが、報告書になっている物も存在していた。

 決済が必要な物を優先して、報告書は緊急性が高そうな物だけ読み込んでいる。


「どれだ?ダンジョンでの死者が増えている件か?それとも、居住区の問題か?」


「そうですね。その二つも問題ですが、それよりも・・・」


 他に、ルートが気にしそうな問題があるのか?


「ん?報告書にはなかったよな?」


「はい。実際には、これから問題が出て来る可能性があり、歎願が上がってきました」


 言いにくそうにしている。

 ルートにしては珍しい表情だ。クリスが戻ってきて、俺の前とルートの前に飲み物を置いてから、ルートの隣に座る。自分の飲み物は必要ないのか、持ってきていない。


「なんだ?」


 ルートが、クリスが持ってきた飲み物に口を付けてから、俺をじっくりと見る。

 嫌な予感はしないから、俺に関わるような事では無いのだろう。


 もしかしたら、カトリナに頼んでいる玩具が、何かしらの理由で頓挫したか?


「玩具の開発か?」


「カトリナが状況をまとめていますが、仕様に関することで細かい問題は出ていますが、順調です」


 それはよかった。報告書に玩具関係が含まれていなかった。

 素材が必要になるような事は少ないと思っていたが、仕様で詰まっているのなら、俺に聞いてくるのだろう。俺に質問や報告が上がってきていないことを考えると、玩具の使い方や遊び方の仕様ではなくて、素材の使い方や提供の方法で詰まっているのだろう。もしかしたら、値段設定が困っているのなら、カトリナとルートで解決できる。

 玩具関係で、次に俺が絡みそうなのは、カジノを作る時だろう。次いでに、ホテルを作ってもいいかもしれない。フランスの近くにある、公国の様にカジノを産業にして、レースを行ってもいいかもしれない。そうだな・・・。次は、”車”を作ろうかな・・・。


「それなら、何が問題になっている?」


 玩具でもなければ、俺が知らない事か?


「それは・・・」


 ルートにしては珍しく言い澱んでいる。

 クリスを見ると、苦笑をしている。クリスの様子から、クリスは”問題”を知っているのだろう。


「ルート?」


「ツクモ様。休んでください?」


「はぁ?」


「だから、ツクモ様。休んでください」


「ルート。説明を端折るな。意味が解らない」


「そうですね。ツクモ様。書類の整理はありがたいのですが、処理速度に行政区が追いついていません」


「は?行政区から、出された書類だぞ?意味が解らない」


「そうですね。順番に説明をします」


「最初から・・・。そうしてくれ」


「はい。それでは・・・」


 ルートの説明を総合すると・・・。


 俺が、長期の休み(新婚旅行)に出かけた。その間に、俺しか決済できない書類は溜まってしまった。その書類は、ルートを経由してリヒャルトに渡されて、俺が処理をしながら戻ってきた。

 行政区にもいろいろな部署があり、それがバラバラに自分たちに必要な書類を作成して俺に決済を求めた。


 エルフ大陸で、思っていた以上に時間が取られてしまった。予定を超過してしまった。行政区としては、その間に発生した決済が必要な物や、行政で判断して出費した物も最終的には、俺に許可を求める必要がある。事後承諾になる物もあるのだが、それらの処理を先に俺に送ってきた。それらは、行政区では処理が終わらせている物だ。


 ここまでなら問題はなかった。

 しかし、俺が帰ってくるときに、処理した決済書類は、事後承諾の決済書類だけではない。

 今後の計画に関わる物や複数の部署が連動している申請書類も多い。しかし、それ以上に多いのは、部署で単独で行う処理だ。部署の担当者としては、俺の所に書類が溜まっていく状況は理解していたのだろう。

 自分の部署を優先して欲しいと思っても・・・。それならどうしたらいいのか?先回りして、決裁書類を作って、決済を求めればいいと考えた。通年で必要な物もあるので、ある程度の先回りで書類を作るのは可能だ。そして、決済を行ってもらえれば、予算を確保しておける。余裕が産まれると考えた。


 俺も、クリスから回されてきた書類を見て、予算を確保するための決済書類だろうとは思ったが、通年で必要な物や、出費が解っている物に関しては許可を出した。明らかに、多めに予算を確保しようとしている書類は却下したのだが、ルートや長老衆が見張っている場所では、明らかにダメだと言える申請は少なかった。


 俺が、3日間。全力で決済を行った関係で、溜まっていた決済が無くなった。そして、通年で必要な決済も終わらせた。


 これは、俺の仕事の終わりを告げる状況だが、行政区は、俺が大量に処理した書類を捌かなければならなくなった。

 許可された書類は、それに付随する仕事が増えることになる。却下された物は、再提出が必要な物は書類の再作成が必要になってしまう。同時に、俺が帰ってくるときに処理した書類に関する仕事も随時発生している。


「行政区は、パンク状態なのだな?」


「簡単に言ってしまえば・・・。ツクモ様に、決済を急がせて・・・」


 そうか、ルートが”ツクモ様”なんて気持ち悪い言い方をしているのは、クリスが怒っているからだな。

 行政区やルートや長老衆が、俺に仕事を急がせた。急がせた結果、”自分たちの首が回らなくなったから、待ってくれ”と、言っているのだ。クリスが怒って当然だな。シロが居たら・・・。


 クリスが、ルートの横に座って、飲み物を持ってきていないのは、ルートへのプレッシャーか?


「わかった。わかった。俺は、大丈夫だ。それで、クリス。処理は、どのくらい進んでいる?」


 ルートではなく、クリスに休める日数を確認する。

 クリスには、悪いけど、俺が休んでいる間は、ルートの手伝いを頼むことになってしまう。


「そうですね。5日程度でしょうか?せっかくですから、シロ様とお休みください」


 クリスも状況が解っている。”シロと休め”と言っているのは、ルートの手伝いは自分がするという意思表示だ。


「わかった。ルート。いいのだよな?遠くには行かない。執務室には来ないけど、自宅には居るから、緊急の時には連絡をくれ」


「ありがとうございます」


 新婚旅行から帰ってきて、5日の休みか・・・。

 悪くないな。ライや眷属たちと遊んで居なかったし、シロとダンジョンに行ってもいいな。

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