第二百七十四話


 リヒャルトの話をまとめると、カトリナは狂ったように商売に邁進しているようだ。

 スキルカードが足りない者には、物々交換を申し出て資源を確保したりしているようだ。


 どこかで、”物々交換”のルールを定めないと、経済がくるってしまう。俺たちの制御下から離れてしまう可能性すらある。


「リヒャルト。カトリナの話はわかった。それで・・・」


「なんですか?」


「そんなに警戒するなよ。自分もやっていると言っているようなものだぞ?」


 さっきまでとは違って緊張した顔になる。


「え?」


「よし、帰ったら、商人と行商人に、物々交換のルールを作ろう」


 物々交換を禁止できるとは思っていない。

 歯止めを掛けないと、商人の地位が高くなりすぎてしまう。行政が力を持てば、商人が牽制するくらいの力関係が望ましい。今のままでは、商人が行政を動かしてしまう。


「ちょ。待ってください」


「どうした?禁止はしないぞ?困る連中が多いだろう。ただ、”物々交換”が当たり前になってしまうのを防ぎたい」


「はぁ?」


「俺は、リヒャルトもカトリナも、正当な価値に基づいて物々交換をしていると思っている」


「当たり前です!」


「そう語気を強めるな。何も、物々交換を否定するつもりはない。結局は、騙される奴が悪いだけだ。でも」


「でも?」


「騙せる要素を減らせば、まともな業者だけが残るだろう?」


 今の状態では、物々交換から”税”を取るのが難しい。基準が存在しないのが大きな問題だ。基準がなければ、基準を作ればいいのだが、物々交換の基準は難しいだろう。その場で成立してしまう。


「え?」


「例えば、俺やルートの宣言通りにやっているとしたら、スキルカードを使ったトレードには、帳簿をつけているよな?」


「もちろんです」


「物々交換は?」


「え?」


「帳簿とつけていないよな?」


「・・・。はい」


 当然だな。

 帳簿は、スキルカードの収支をベースにしている。交換した物資を基準にはしていない。ダメだと思っていたが、足元から問題が噴出するとは考えていなかった。

 カトリナの事情聴取は帰ってから行うとして、その前に方針を決めておく必要があるだろう。

 ルートの仕事が増えるけど、まぁ今更気にしてもしょうがない。


 新しく用意した羊皮紙にメモとして記述しておく、あとでルートに渡せばいい。


「今の帳簿だとつけられないだろうから、そこは問題ではない。ただ、現状のように無条件に物々交換を”是”とするかどうかは話が別だ」


「・・・」


 やっと、リヒャルトも話が解ってきたようだ。


「値段を、買い取りや販売の価格は、商人がつけているよな?」


「そうです」


 表情を硬くする。

 別に物の値段を行政が指示するようなことはない。戦略物資だけは、行政で値段を決めるが、それ以外は商人が競い合ってほしい。出来れば、SAやPA以外の場所から仕入れて、SAやPAで付加価値を付けて売るような者が出てきてほしい。

 いまは、好景気で大陸が”イケイケどんどん”だから大丈夫だけど、落ち着いてきたら、考えていない商人は衰退するだろう。安く仕入れて、高い場所で売る。基本は間違っていない。しかし、そこに付加価値をみつけた者だけが最終的には生き残られると考えている。


「そんな警戒しなくていい。これからは、商人は買い取りの時に、買い取り表を発行するように義務付ける」


「え?それだけ?」


「あぁそれだけだ。ただし・・・」


「ただし?」


「物々交換の場合にも発行してもらう。それと、行政に持っていけば、スキルカードとの交換が行えるようにする」


「え?」


「簡単に言えば、リヒャルトが誰かから物を買い取る時に、物々交換を申し出る」


 リヒャルトには、例を示せばメリットもデメリットも解ってもらえる。

 あとは、行政側でルールを作れば、いっきに広げられるだろう。


「はい」


「相手が、物々交換に応じなかった。スキルカードを所望した」


「よくある話です。その時には、諦めます」


「そうだろう。その時に、リヒャルトは、行政区が発行する証明書を使って、スキルカードの変わりに手続きを行う」


「はぁでも、商人はいいのですが、売る方は、それで納得しますか?」


「それは考え方、次第だと思うぞ。日持ちしない素材の場合には、最終的にはレベル1のスキルカードの価値もなくなってしまう。それなら・・・」


「そうですね」


「それで、SAやPAに変換所を作れば、売る方も安心だろう?SAやPAでの変換の時には、手数料を貰うけどな」


「でも、商人が無駄に高い金額をつけたら?」


「変換所で、手形が残るぞ?その手形を、リヒャルトに請求する」


「あぁ・・・。でも、店を潰す覚悟で・・・」


 そう。その危険性はあるが、今回は大丈夫だと思っている。

 手形を発行できる商人と行商は、行政が厳しく選別する。預託として、スキルカードを預かる。預託以上の手形の発行を基本は禁止する。信用買いはできない。そのうえで、預託したスキルカードには金利をつけてもいいと思っている。手数料から金利を計算するのは面倒だけど、ルートやクリスに計算させればいい。


「そうだな。俺も、そうする。その為には、最初にある程度のスキルカードを預託してもらう。手数料や預託するカードは、ルートたちに決めさせればいい」


「あの・・・。商人。とくに、行商を行う者のメリットはありますが、売る方のメリットは?」


「リヒャルト。お前は、騙そうとはしないよな?」


 騙そうとしない者にはメリットが大きい。しかし、騙そうとしている者や、ギリギリの足元を見るような物々交換をしている者には、牽制になると思っている。


「え?もちろんです。信用をなくしたら、商売になりません」


「でも、そうじゃない者たちもいるよな?カトリナがそうだと言っているわけではない。いい意味で、彼女は商人だ」


「あっ。そうですね。相手の無知に付け込むような商売はしていないとは思いますが・・・」


「そう。その”無知”を減らそうと思っているだけだ」


「え?」


「そうだな。子供が、薬草を10本の束を2束持ってきた。20本だな。根もしっかりしている。新鮮だ。リヒャルト。スキルカードで交換するとしたら?」


「そうですね。レベル2を2枚ですかね?物が良ければ、それに、レベル1を5枚上乗せします」


「そうだな。でも、子供は村によく来てくれる行商人しか知らない。その行商人はレベル2を1枚とレベル1を5枚で買い取っている」


「ギリギリ。許容範囲です」


「そうだ。でも、この子供がリヒャルトの行商人に売れば、レベル2を1枚近く多くもらえる」


「そうです・・・。そうですね。子供が手形を貰えば、それを行政に持っていく、その時に適正な枚数が判明する」


「鮮度や状況で多少の違いは生じるとは思うけど、商人や行商人へのメリットとは別に、目に見えないプレッシャーにならないか?」


 リヒャルトが考え始めたので、この話は一端終了した。

 この後も、港に到着するまで、何度かリヒャルトと話をして、大筋を決めた。


 やはり負担になるのは、物々交換の時に帳簿を起こす事だが、『”何”と”何”を交換した』だけを残すのなら、なんとか行商人でもできるだろうと納得してくれた。商人ではなく、物を交換した者が、商人が発行した”物々交換”表を行政に持ってきたら、レベル1のカードと交換することも考えた。リヒャルトは、そうしたら商人は手間だけど、交換を希望する者は、複数枚のカードを要求するようになるだろうと言ってきた。

 俺も、そうするだろうとは思っていたが、交換された”物々交換”表は、行政から商人に課す”税”に影響する。簡単に言えば、多くの”物々交換”を行っている商人はそれだけ多くの”税”が請求されることになる。


 概ねリヒャルトも納得してくれた。

 あとは、ルートと長老衆の仕事だ。


 俺としては、物々交換から”税”を取るような真似はしたくなかったけど、このままでは商人が力をつけすぎてしまう。

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