第二百七十二話
リヒャルトが船内を案内してくれた。
俺たちが泊まる部屋は、船長室と同じフロアにある特別室だ。どうやら、俺が泊まるためだけに作られたようだ。
乗船は、一般客として乗り込んだあとで、特別室に通された。
「旦那様。奥様」
ステファナが、部屋で待っていた。
どうやら、リヒャルトが二人を先に見つけて、特別室に隣接している従者の部屋に案内をしていた。
「ステファナ。モデスト。大丈夫なのか?」
「旦那様。エクトルが、エルフを掌握できたので、大丈夫です」
掌握はできるとは思っていたけど、早いな
「へぇ早いな。殺したのか?」
「いえ、旦那様と奥様たちと分かれた後で、エルフの里を目指したのですが、沼エルフの里が、新種に襲われていました。それを、エクトルと協力して討伐しました。沼エルフと草原エルフは、これでエクトルの支配を受け入れました」
新しい脅威が見つかって、一致団結したという感じか?対応が遅い。
「森エルフは?」
「長老たちを、粛清しました」
粛清?
長老がいなくなれば、確かに風通しがよくなりそうな雰囲気はあった。
「粛清?殺したのか?」
「いえ、隠居を進めました」
隠居とはいい感じに始末したな。
森エルフにも、派閥が存在していたようだから、派閥を利用して、対応をしたのだろう。
「わかった。港は?」
「長老衆に、エクトルと姫君に管理を移譲する書面を起こさせました」
言葉の確認は必要だな。
「そうか、委譲ではなく、移譲なのだな?」
「はい。対等な立場での無償提供です」
移譲だな。森エルフが上だと思われると今後の統治で問題が発生する。
建前としては、エルフ種としてまとまって欲しい。三すくみではないが、どこかが肥大化するのなら、一つが大きく権力を握ったほうがいい。その権力を握った派閥が支配下にあれば全体を支配できる。いい感じに、三すくみの均衡を保てれば、今後の対応が楽になる。
それに、港を軽視していたようだけど、今後は港がジョーカーとなってくるのは判り切っている。
「わかった。それなら問題はない」
モデストの話を聞いて、安心した。
一通りの問題は解決したと考えてよさそうだ。
モデストには意識しておいてほしい内容があった。新種を”できそこない”と呼称するように徹底しておきたい。新種だと、新たな脅威に聞こえるけど、”できそこない”なら対応ができる魔物だと、認識してもらえる可能性がある。
「そうだ。モデスト、新種だけど、”できそこない”と呼称することにした」
「”できそこない”ですか?」
不思議な表情を浮かべるのは理解ができる。
いきなりなのは、俺も理解している。それでも話を聞いてくれるのは、嬉しい。
「あぁ検証はできていないが、俺たちが新種だと思っていた奴らは、進化に失敗した魔物だと考えられる」
「わかりました。呼称を徹底します」
詳細は、後で聞きたいのだろう。
今は、状況を確認して、認識を合わせることが大事だと考えてくれている。
「まかせた。それから、これから、”できそこない”が現れた場所を記憶するようにしてくれ」
「かしこまりました。エルフ大陸にも通達します」
「そうだな。頼む。情報の集約は、モデストに一任する」
「はっ。旦那様。奥様。出港の前に、情報共有をしてきます」
「わかった」
モデストが部屋から出ていく、残ったのは、俺とシロとステファナだ。
ステファナは、シロの従者に戻るようで、何かと話をしている。
「シロ。ステファナ。リヒャルトと話をしてくる。この部屋は任せていいか?」
「はい」「お任せください」
シロが返事をして、ステファナが頭を下げる。
シロだけなら心配だけど、ステファナが居るのなら大丈夫だろう。
途中で、船員に会ったので、リヒャルトがどこに居るのか聞いた。船長室にいると言われたので、船長室に向かう。
船長室がある場所は、俺たちが使う部屋の隣なので、”戻る”という表現が正しい。
「ツクモ様」
「確認したいことが有ったが、大丈夫か?」
「大丈夫です」
「リヒャルト様。私は、船室を回ってきます」
「あっ船長にも確認したいから残ってくれると嬉しい」
船長が、リヒャルトをミル。許可が欲しいのだろう。俺が来る前に、取り決めたことがあるのだろう。リヒャルトが、船長に向かって頷いたので、船長は戻ってくれた。
「ツクモ様。どうぞ」
船長が、ソファーに俺を誘導する。
簡単だけど、談話ができる場所が設置されている。
「ツクモ様。船内なので、飲み物はご容赦ください」
船長が頭を下げる。
「あぁ大丈夫。まずは、リヒャルト。助かった。エルフ大陸での足止めが解消された」
「いえ、本来なら、もっと早くお迎えに上がる予定でしたが・・・」
「何か、問題か?」
「問題ではないのですが、誰がツクモ様をお迎えに上がるのかで揉めまして・・・。ボーリングで・・・」
「・・・。まぁいい。問題が、それだけならよかった。”できそこない”が、襲ってきたのかと思ったぞ」
「”できそこない”ですか?」
「あぁ新種の魔物は、認識しているよな?」
リヒャルトも船長も頷く。
「エルフ大陸でも、遭遇した」
「「え?」」
「大丈夫だ。カイとウミが討伐した。それで、確認したところ、魔物が進化に失敗した物が、”新種”ではないかと考えた。具体的な思考は省略するが、失敗した個体だから、”できそこない”と呼称する」
二人は、顔を見合わせてから、頷く。
「ツクモ様。中央大陸でも、その”できそこない”は見つかっています。しかし・・・」
「アトフィア大陸からは報告がないのだろう?存在を隠しているのか?本当に居ないのか?」
「はい。しかし、今のお話で、アトフィア大陸は、魔物が少ない大陸です。そのために、進化を行う程の魔物がいないのでは・・・」
「そうだな。それだと、いいのだけど・・・」
「え?」
「エルフ大陸では、数百年単位で生きている者たちがいる。その者たちも、”できそこない”を知らなかった。おかしいと思わないか?」
新種・・・。”できそこない”が何時から出始めたのか、把握している者がいるとは思えない。
俺たちも対処に追われている状況だ。それでも、撃退ができている。それは、ダンジョン・コアたちを使った情報網がしっかりと構築できていることや、強者と思われる者たちをうまく配置できているからだ。
それでも、犠牲が皆無ではない。
「それは・・・」「・・・」
船長は、何かを感じているのかもしれない。
「それだけじゃない。中央大陸にも人族よりも長命な種族が多い。知っている者たちは居たか?」
「いえ・・・」
「ノービスの連中も知らなかった。魔物を狩ることを生業にしている連中が・・・。だぞ?」
「はい」
「調べて欲しい。新種・・・。”できそこない”が出現した場所や時期を・・・。最初に、どこで確認されたのか解れば、読み解くためのヒントにはなると思う」
「はい。承ります」
「ルートにもやらせるから、本業の傍らでいいぞ?」
「はい。でも、よろしいのですか?」
「ん?なにか?」
「”できそこない”は、脅威ではないのですか?」
「脅威だ。エルフ大陸で見つかった時に、カイやウミが居なかったから、かなりの犠牲が出ていただろうな」
「それなら、脅威と考えて、最優先事項ではないのですか?」
「うーん。脅威と思っているのは、俺たちだけだ。だから、俺たちの手が届く範囲を守る。それ以外は、その大陸の者たちが考えればいい」
「え?」
「”人”が脅かされる脅威なら、俺たちだけで対応するのは間違っている。情報は隠し立てしない。脅威なら、人が団結して当たるのが当然の流れだ。俺たちだけが必死になるのは間違っている。何度も言うけど、俺たちが守るべきは、俺たちの大陸だ。エルフ大陸も属国のような位置づけになるが、エクトルを通して願いが来たら考えればいい」
二人が開いた口をつぐんだ。
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