第百五十七話


 エリンの活躍で地図が手に入った。


 地図を眺めていると、シロが近づいてきた

「カズトさん。明日から僕も前にでましょうか?」

「うーん。まだいいかな?レイニーで対応が難しくなってからだな」


 シロが少しだけ残念そうな顔をする。


「わかりました」

「どうした?」


 シロが何かいいたいことでも有るのだろうか?


「僕、カズトさんの・・・。いえ、なんでもないです」


 そういう事か?

 ここまでシロは殆ど戦いに参加していない。同じ、戦闘に参加していなかった、エリンが地図を入手してきた。それを俺が喜んでしまったのが、シロに変なスイッチを押させてしまったのかもしれない。


「シロ」

「はい!」


 そんな期待が込められた目で見られてもな。

 シロを前線に出すつもりは無いのだよな。


「マスター。明日からなのですが、私は補助系のスキルを使いたいのですがよろしいですか?」

「オリヴィエか?急にどうした?」

「今まで、補助系はリーリアに頼っていました。苦手としていたので、低階層で確認してできそうならそのまま使っていきたいと考えました」


 オリヴィエを見ると、スキルの使用に関しては本当の事を言っているのだろう。

 ただ、それだけなら、前線で魔物と対峙しながらでも十分できるだろう。オリヴィエがチラチラとシロを見ている。低階層で、シロに前線を経験させろという事か?

 そうだよな。レイニーが手に負えなくなったら、そのままオリヴィエとカイに前線を任せる事になるし、ライも前線に投入して盾役になってもらう事も考えられる。そうなると、シロは俺の横に居て、階層主の部屋と同じで、仕損じた魔物を倒す役目だけになってしまう。

 重要な役割なのだろうが、実感が伴わないのだろう。


「わかった。オリヴィエ。リーリアと同じ所を任せる」

「ありがとうございます」


「シロ。そういうわけだから、前線は、シロとレイニーに任せる。カイとウミは俺の前でフォローを頼む。ライは最後尾を頼むな」


 皆から了承の返事が帰ってくる。

 それから、明日の事を少し話してから、休む事にした。


 明日は、最低でも階層主の前までは踏破したい。そろそろ、一度地上に帰ったほうがいいかもしれないが、このダンジョンは転移門が無いようだ。機能的に備わっていないのか、ダンジョンコアが設置していないだけなのかはわからない。


『ティリノ!!』


 え?

 だれ?

 あっペネムか?


『どうした?ペネム?』

『失礼しました。やっと思い出しました』

『何を?』


 ペネムがダンジョン領域に来てからずぅーと考えていたのは、魔の森をダンジョン化したコアの名前だったようだ。

 異常に物静かだったのは、考え事をしていたからなのだろう。


『それで?ティリノが名前なのか?』

『はい。ツクモ様』

『それで?』

『え?それで?』

『名前が解って何か変わるのか?』

『いえ・・・。何も変わらないと思います。呼びかけているのですが、反応がありませんので、最下層に行かないとダメだと思います』


 クリスとルートガーにあずけていて、ポンコツになったのか?

 それとも、元々ポンコツだったのか?


『なぁペネム』

『なんでしょうか?ツクモ様』

『名前は、最下層に行けば自然とわかったよな?』

『多分』

『今、お前がしなければならないのは、名前を思い出す事か?』

『え?』

『違うよな。少なくても、名前を思い出すよりも、魔素の動きを見たりして、有益な情報を導き出す事だよな?』

『あ?』

『指示を出していなかった俺も問題だけど、お前・・・。空気になりすぎじゃないのか?』

『我。何もできる事が・・・あっ!いえ、なんでもありません』

『なんだよ。思い出した事があるなら言えよ。ティリノがお前よりも優秀かわからないけど、規模で言うのなら、お前以上である事は解っているのだよ?』

『ツクモ様。それは、我ではなく、ティリノを・・・。なんて事をお考えなのでしょうか?』

『いや、そこまでは考えていないけどな。お前が、あまりにもポンコツなら考えなきゃならないだろう?』


 ペネムが何やら考えている。

 考えている雰囲気を醸し出しているだけかもしれない。


『ツクモ様。魔核はありますか?』

『レベル7とか言われると無いけど、レベル5程度なら持ってきているぞ?』

『十分です。いくつかいただければ、簡易的に結界のような物を作る事ができます』


『結界の物?』

『はい。正確には、スキル結界ではなく、一時的に、我の支配領域を展開するのです』

『へぇそんな事ができるのか?』

『はい、魔核を利用した、裏技のような物です』

『どのくらい維持できる?』

『実際にやったことはありませんが、レベル5魔核で半日程度は大丈夫だと思います』

『ほぉ・・・。そりゃぁすごいな。移動はできるのか?』

『移動する事はできません。申し訳ありません』


 そこまで万能な能力ではないようだ。

 移動ができれば、ダンジョン攻略がピクニックになると思ったのだけどな。


『あと・・・』

『なんだよ。使い勝手を確認するのだから、条件があるのなら先に教えてくれよ』

『はい!相手支配下の魔物が居ると支配できません』


 当然だよな。

 本当に、魔物が居ない事を確認してから支配するしかないようだな。


 でも、安全地帯が作られるという事と同じだし、探索が楽になるのは間違いない。

 眷属に結界を張ってもらっているが、組み合わせればより安全になる。


『そうか、それなら、まずは、明日攻略に出かけるまでの間支配領域を展開してみてくれ。眷属が結界を展開しているけど問題ないよな?』

『はい。問題にはなりません。レベル5魔核を吸収させてください』


 ライが持っていた、レベル5魔核の中からスキルが付与できない物を選んでペネムに吸収させる事にした。


『支配領域を展開します』


 明らかに雰囲気が変わった。

 ダンジョン内には違いはないが、見られているような感じが完全になくなった。


『ツクモ様』

『あぁすごいな』


 それから、暫くペネムに支配領域の事を聞いた。

 魔物を生み出す事もできるらしい。複雑な建物はできないようだ。ただ作ってしまった建物や魔物は支配領域が消えるときに、元々のダンジョンに支配されてしまうので、魔物を大量にだしての侵攻は無理だという事だ。

 意識有る魔物を生み出す事ができれば、意識を乗っ取られない限りは大丈夫だという事だが、そんな事はできないので、実質的には魔物を呼び出す事はできないと考えたほうがいいだろう。


 安全に数時間過ごせる以上の意味はなさそうだ。

 フィールドの変更もできるという事だが、支配領域を解いた時点で相手に渡ってしまうし、フィールドの情報を与える事になるので好ましくないという事だ。


 それでも、暫く太陽の光を浴びていない事や、ダンジョン内は明かりがあり真っ暗では無いのだが、気分的に草原で休みたいので、ペネムに支配領域を草原にしてもらった。


 この光景を一番喜んだのは、エリンだ。

 ライをお供に連れて日向ぼっこを始めた。お供と思いたいが、すでに枕になっている。それもどうやら、ライにスキルを使わせて少し冷やした状態で枕にしているようだ。竜族ってトカゲが大きくなった者だとしたら、変温動物で気温の低下とか大丈夫なのか?

 でも今更だよな。雪の中とかでも駆けずり回っていたからな。


 安全地帯になった事で皆の緊張が和らいでいくのが解る。

 結界を張っているから大丈夫だとは思っても、魔物の襲撃に備えたりして緊張している状態が続いていた。


 まだダンジョンの中である事は間違いないのだが、雰囲気が変わった事で、気分的にもかなりリラックスできるようだ。


『ツクモ様。でもよろしいのですか?』

『何が?』

『支配領域を草原にしてしまうと、ティリノに教えてしまう事になります』

『別にいいよ。それに、攻略して、コアに会ったときに破壊するか眷属になるか好きな方を選ばせるからな。情報が漏れても困らないだろう?』

『そうですね。踏破なさるのですね?』

『当然だろう。そうしないと、魔の森周辺の集落が落ち着かないからな』


 ペネムと話をしていると、オリヴィエが近づいてきた。


「マスター。馬車でお休みになりますか?」

「シロはどうする?」

「僕ですか?カズトさんと同じがいいです」

「シロはどうしたい?みんなに見られながら寝るか、馬車の中で二人だけで寝るか?」

「馬車でお願いします」


 シロは一切考えないで即答した。


「オリヴィエ。悪いけど、馬車の中に準備を頼む」

「かしこまりました」


 オリヴィエがリーリアとステファナとレイニーを連れて、馬車の中に寝具を用意してくれている。

 草原に座って、横にシロを座らせて、肩を優しく抱き寄せる。シロは、俺に身体を預けてきてくれる。


「マスター」

「ありがとう。シロ。もう寝るぞ。明日は、シロに前線で頑張ってもらうからな」

「はい!」


 馬車に移動したら、一組の布団が用意されていた。

 二組は必要ないという事らしい。


 シロが防具を脱いで下着姿になってから布団に入る。俺も同じ様に、防具を脱いでから布団に入る。

 布団はすでにシロの甘酸っぱい匂いに支配されている。


 シロを抱き寄せてキスをしてから眠る事にした。


---


 起きてみて、まだ支配領域が継続していたので安心した。

 結局、エリンはライを枕にして外で寝てしまったようだ。カイとウミも同じ様に、日向で寝ていたようだ。

 レイニーはそれを見ながらやはり日向で寝ていたようだ。他のオリヴィエとリーリアとステファナは馬車の中で休んだようだが、オリヴィエは朝ごはんを用意するためにかなり前に起き出して活動を開始したようだ


 時間的な感覚が狂いまくっているが、朝だと思う事にしよう。

 ダンジョンから出て調整すればいい。今は、朝だと仮定して動く事にしよう。


 朝食も終わったし、片付けも終わった。

 エリンが名残惜しそうにしていたが、支配領域も解除した。すぐに元のダンジョンに戻ってしまった。ペネムの言い方では、ティリノは草原ステージを吸収したので、もしかしたら今後草原ステージが現れるかもしれないという事だ。


「さて、昨日話した通り、今日からはシロとレイニーが前衛で、その後ろをカイとウミ。そして俺とエリン。次は、リーリアとオリヴィエ。最後尾をライが守る」


 隊列は問題なさそうだ。

 スキルカードの再分配も終わった。まだまだ余裕があるので、スキル利用には制限をつけていない。

 基本的にスキルは固有化されている物を利用しているので減る事は少ない。それでは戦闘の訓練にならないので、今日は積極的にスキルカードを使っていくことにした。


 支配領域だった場所を抜けると早速魔物とエンカウントした。

 昨日と同様にオークの1団が襲いかかってくる。


 オーク達の強さは変わらないのだが、シロが前線に出た事で、多少影響が出ているようだ。

 シロも間違いなく強くて、冒険者ではかなりの上位に入り込めるだろうとは思うが、オリヴィエと比べるとまだまだの所がある。


 それを、カイとウミがフォローしながら戦っている。

 昨日よりは時間がかからなくなっている。


 16階層にたどり着いた。

 エリンが持って帰ってきた地図では、16階層の開始は3つの分かれ道がある。真ん中が下層に繋がる道だ。試しに、地図ではすぐに行き止まりになっている。右側に入ってみる。地図通りに暫く行くと行き止まりになっていた。

 全面的には信じるのは早計かもしれないが、概ね大丈夫だろうという判断になった。


 もう一つの行き止まりは、エリンとステファナとレイニーとウミが探索してくる事になった。

 安全だとは思うが無理しないで誰かが危険だと思ったら戻ってくる事を条件に送り出した。従って、今前線はシロとオリヴィエが担っている。


 オークの集団が絶え間なく襲ってくる。


 武器は、斧が多いようだ。

 シロはオークにトドメを刺す事が多い。オリヴィエが斧を持っている腕を切り落したりしている。

 リーリアは直接攻撃する事無く、スキルで牽制したり、補助をおこなっている。


 数えるのが馬鹿らしくなるくらいのオークを倒した。

 エリンたちが戻ってくるまで階段手前で待っている事にした。


 山積みになったオークは、ライが処理している。

 オークを観察していると、一部がダンジョンに吸収されているようだ。スキルカードや魔核を残さないので気になっていなかったが、もしかしたら、ダンジョンコアが何かしらの意図を持って吸収しているのかもしれない。


 30分くらいしてから、エリン達が戻ってきた。

 今回は戦利品は無いようだ。


 17階層も同じ様に3つに分かれている。

 最初に短い行き止まりを探索してから、本命の探索を始める。

 16階層と同じ様に、もう一本をエリンが担当する事になった。何か有るかもという期待と、魔物と戦いたいという純粋な思いだろう。地図を見つけたときのように、何かを見つけたら、俺に褒めてもらえるという思いも有るのだろう。


 18階層・・・。19階層と進んだ。

 20階層は、分かれ道がなく、階層に降りた所から、階層主まで一本道だ。


 階層主は、ゴブリンの時と同じなら、数匹の上位種と大量の通常種が居る事になるだろう。

 シロを見ると疲労はしていないようだが、エリンに連れ回された、ステファナとレイニーが疲れ切っている。


 少し早いとは思ったが、今日はこの場所で休む事にした。

 ペネムに支配領域にできるか聞いたら問題ないという事だったので、昨晩と同じ様に、支配領域を作成してから食事をとって休む事にした。


 ゴブリンの階層主と同じなら、6名という制限があるのだろう。

 誰が行くのかを決めてから挑む事にしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る