第百四十八話
救出は無事に終わった。
ヤニックとアポリーヌは、地下牢に残るようだ。いつでも出てこられる状態なので、逃げ出す必要が無い。それに今まで食事を運んだり手伝っていた者がいきなり居なくなったら流石に怪しむだろうという考えからだ。
それに、屋敷の中にもまともな者が居るので、連れて帰るなり、ゼーウ街で働かせるなりしてはどうかという事だ。、デ・ゼーウが俺に対応する事を考えているのなら、ヤニック達の方が人質として価値が有るので、ヨーゼフ達の事がバレにくいのではないかという考えだ。
余計な事だが、偽妹と偽夫人は下半身は男性がついている。そして、男性との行為を好むようだ。それも入れる方として・・・。誰がそんな事を教えたのかは別にして獣にも一定数居るらしい。深く考えてはダメな部類の事だろう。それにしても、デ・ゼーウや武器商人、奴隷商人のお偉方をあの牢屋に押し込む時が楽しみでたまらない。
「なぁツクモ殿」
「なんだ?」
ヨーゼフは、フランクに話しかけてくる。
それはいいが、かなり馴れ馴れしいが、これが素だと言っていた。
「これから、ゼーウ街はどうなる?」
「知らないよ」
「あぁ悪い。言い方が違った、今代のデ・ゼーウはどうなる?」
「そうだな。殺すのは簡単だけどな。是非、絶望を味わってほしい。俺からシロを取り上げようとした事だけで、苦しむ理由にはなっているからな」
「絶望か?奴が絶望するのは、スキルカードがなくなることと、権力がなくなることだな」
弟の事を、奴と呼ぶ事から、なんとなく関係が解ってくる。嫌っているというよりも、どうでもいい存在という感じだな。
「権力は、知らないけど、スキルカードは確実になくなると思うぞ」
「そうか、それは是非最前列で見学したいな」
「入場料は高いぞ?」
「スラム街では足りないのか?」
「スラム街は、お前たちを安全に助け出すための対価だ。入場料とは別だな」
「そうか、払える物がないな。でも是非最前列で見学したい。牢屋に入れるのだろう?」
「もちろんだ。あの牢屋で暫く過ごしてもらうつもりだ。ふぅわかった、貸しにしておくから、溜まったら返せよ」
「お!話がわかるな!それで?」
「そうだな。レベル10を10枚で許してやるよ」
「な?!」
「お前の弟から受けた被害に対する弁済を含めてだ。安いだろう?」
ヨーゼフは俺を見てから、大きく息を吐き出した。
「わかりました。レベル10を10枚。
「あぁいいぞ。お前の代で返し終われよ。そうしないと、次世代に引き継がれるからな」
「はい。はい。わかっていますよって、なんで、妊娠しているって知っている?」
ファビアンの妹のまだ目立っていないお腹を見ながら、次世代と言った事で、妹殿もヨーゼフもびっくりした様子だ。
「歩き方と、お前のエスコートの仕方だな。そうだな。妊娠していなかったら、あのまま地下牢でも良かったのだろうけどな、お前が逃げ出す事を考えたのは奥方の事が会ったからだろう?」
「・・・」
ヨーゼフが俺を何か怖い者を見るような目で見る。俺が妊娠に気がついたのは、さっき言ったような事ではなく、”鑑定”を使ったからだ。妊娠していると、妊娠中と表示されるなんて便利な機能が搭載されていた。
確かに、あの環境ではお腹の子供には悪いよな。
食事事情も悪そうだからな。
「わかった、わかった、そんな目で見るな。身体が冷えるといけないから、場所を移動しよう」
「それは、僕たちにとってはありがたいけど、ツクモ殿は帰らなくていいのか?」
「どこに?あぁルチの宿屋なら、今偽ツクモと偽シロが居るから、帰らないほうが正解だな。明日にでも、どこかで入れ替わることにする」
「わかった。ファビアン。お前のところでいいのだよな?」
グラートと何か話をしていた、ファビアンに声をかける。
今から宿は時間的に無理だろう。そうなると、どっかで休めるところが必要になる。俺とシロならば、ライの中に入っている馬車をどこかで出して休む事が出来る。
「あぁすでに部屋は用意してある。ツクモ様たちも来られますよね?」
シロとオリヴィエを見ると、うなずいている。
問題ないようだ。
「そうか、それなら、今晩は甘える事にする。食事はいらないけど、お湯を溜める物は欲しい」
グラートが手配してくれるようだ。
了承の返事を貰った。
月明かりだけを頼りに、静かな街中を進む。
他人事の様に考えてしまうのだが、出来ることなら、関係ない住民には被害がないようにしたいとは思う。実際には、デ・ゼーウ次第だろうな。
暗殺してもいいけど、歴史は、テロ行為で停滞するけど、流れは変わらないだろうからな。暗殺の後で、ヨーゼフが立っても暗殺で権力を得たと言われてしまうし愚策だよな。
案内された場所は、それほど広くは無いが清潔感ある部屋だ。
俺とシロが同室になって、オリヴィエは控え部屋で休む事になった。あとは、興味が無いので聞かない事にして、さっさと与えられた部屋に移動した。
シロといちゃつこうと思ったところで、ドアがノックされた。
「あ?」
「ツクモ殿。少し話がしたいけどいいか?」
「俺とか?シロも連れて行っていいか?」
「できれば、ツクモ殿だけと話がしたいけどダメか?」
シロを見ると、うなずいている。
「まぁ大量のスキルカードをもらう事になるし、その位はサービスする事にしてやろう」
シロを部屋に残した。
俺の影には、ライの眷属が潜んでいるから、何か有った時でも対応が可能だ。
ヨーゼフに連れられて、案内されるがままに部屋に入った。
それほど広くはないが、話をするだけなら困らない部屋だ。
「ツクモ殿。まずは、お礼を伝えたい」
「必要ない。正当な取引だ。礼を言われるような事ではない」
「いや、助け出して貰った事ではなく、嫁の事を気遣ってくれたことへの礼だ」
「わかった、礼は受け取ろう。それだけか?」
「いや違う。これからが本当の話だ」
ふぅ・・と、ヨーゼフは息を吐き出した。
「ツクモ殿。デ・ゼーウや僕はどうなってもかまわない。ゼーウ街を助けてくれ」
「無理だな」
「・・・え?」
「なんで、俺が助けると思った?その方が驚きだよ。俺は、別にゼーウ街がどうなろうと関係ない。俺たちの街に手出しをしなければいいだけだ。お前とデ・ゼーウが権力を争って、街が荒れに荒れた方が俺としては嬉しい。スラム街をまとめて冒険者たちをまとめあげれば、第三勢力として、両方に力を貸しつつ、争いを長引かせる事も出来るからな」
「僕とデ・ゼーウが手を組んで対抗したら?」
「そうなったらなったで、全力で相手するだけだ。スラムの力はわからないけど、10の内2としよう。お前が頑張って、デ・ゼーウと対等な戦力を作れたとして、4:4:2になる。そうなったら、俺たちが全体のキャスティングボードを握る事になる。これが、例えば、5:3:2でも同じだ。解るか?そのうえ、俺たちは数を覆すだけの力がある」
「武力?」
「違う、情報とスキルカードだ。正直にいうと、ゼーウ街程度なら個の武力を使う必要もない」
「・・・」
「それで、お前はどうした?俺たちの力をあてにするのは間違っているぞ?」
「仲間を集める」
「それでいいのならいいけど、時間的な事も考えろよ?」
「時間?」
「そうだ。今、ゼーウ街は、チアル街に戦争をふっかけてきている。それは理解しているよな?」
ヨーゼフは苦虫をまとめて100匹噛み潰したような表情をする。こうなる前に止めたかったというのが本音だろう。
「残念ながら」
「パレスケープ区に向けて戦力を出しながら、ロングケープ区に大兵力を向かわせているよな?その上で、パレスキャッスル区にも戦力を向かわせている。総数で3万程度だろう」
「・・・」
この辺りまでの情報は掴んでいるのだろう。
「なんだ。俺が知っているのが不思議か?」
「いや、知っていて当然だという事を思い出しただけですよ」
「そうだな。俺がチアル街を出てから3日。戦端が明日にも開かれるだろう」
「僕の予想だと、あと2日くらいはかかると思うよ」
「ほぉ??」
ヨーゼフの予想は、ゼーウ街が保持している船ではそこまでの速度が出ない上に、船もそこまで用意できていない事が予測される。兵も詰め込んでいるだろうし、物資も搭載しているだろうという事だ。
そうなると、船足はもっと落ちてしまうので、俺の予想の倍程度だと思った方がいいという事だ。
「その後はどうなる?」
「どうなると思う?質問に、質問で返して悪いけどな」
「いや・・・そうだな。僕なら」
ヨーゼフの予想は根本は合っている。
合っているだけに惜しい。
「大筋は合っているよ」
「大筋?」
「あぁ俺がここに来た理由が抜けているから、70点だな。港を抑えるまでは予想通りだ。3方向に兵を出すなんて愚かな事をしたのだから、それ相応の対応をしてあげようと考えているだけだ」
各個撃破。
これが、ヨーゼフが考えた、俺たちが取る作戦だという事だ。
確かに、情報が乏しくて、俺たちの戦力が解らなければ、そういう結論になるだろう。各個撃破するのは、パレスキャッスルに向かった船団がいいと考えているようだ。そこを抜けて、ゼーウ街の港を抑える。
そこから、後はゼーウ街の船団を挟み撃ちにしていけばいいと考えたようだ。
「そうか?それで、答えは?」
「答え合わせは、実際に終わったあとの方が間違いが無くて良くないか?」
「そりゃぁそうだけど、僕たちにも出来る事があるかも知れないだろう?」
「ないな。そもそも、俺の計画では、お前はイレギュラーな存在で最初から計算に入っていない」
「え?それじゃ?」
「そうだな。助け出さなくても支障はなかった事になるな」
「・・なら」
「どうして?って聞きたいだろう?それは、俺にもわからない。お前が、先代のデ・ゼーウから疎まれて、今代のデ・ゼーウと敵対してまでやりたかった。いや、やろうとした事に興味があるだけだな」
「・・・」
ヨーゼフが何かを考えている。
話すべきかどうかを考えているようだな。
「そうだな。お前が居なかったら、俺が直接、ゼーウを統治しなければならなくなっていただろうな」
「・・・」
「そのときには、さっき見ただろう?偽ツクモを作成して、そいつに俺の代役をやらせるつもりでいた。偽シロも作れば完璧だろうし、ゼーウ街なら偽物でも十分ごまかせるだろうからな」
「・・・」
「俺が直接統治するのは面倒だからな。そうだな。この街の規模なら住民の代表は11名でいいだろう。あと、スラム街から3人と、商人の代表を3人と、俺の代官を1名と補佐を2名だして、20名と偽ツクモの21人で物事を決めさせるかな。何をするにも、その21名で話し合って、最終的には人数の多い意見が採用になる。その時でも、15名以上の賛同が必要になることにするかな」
「え?」
「商人の代表は、街に多くの税金を治めている奴と一番少ない奴を除いた奴にして、スラム街では顔役はダメで成人している者で最低でも女性を1名入れる事にすれば、バランスも取れるだろう」
「うーーーん」
「代官と補佐の3票は、意見の多かった所に入れるというルールにすればいい。そうしたら、12人をまとめ上げた意見が通る事になる」
「へぇ・・・あっそうか」
ヨーゼフは何か気がついたようだ。
領主の力が極端に弱まっていく事になる。
「偽ツクモは、象徴だな。最終的には、20名で決めた事に従う様にすればいい」
「それだと、20名が偽ツクモ殿を排除するかも知れないですよ?」
「そうなっても、代官と補佐の3票がある。ルールは決めたけど、話し合いの様子や内容は、俺の手元に来る。問題があれば潰せばいい。違うか?」
「そうか!潰すと思われているのだから、安易に自己の利益を主張しなくなる・・・はず」
「そうだな。ゼーウ街の人口・・・人数がどのくらいなのかわからないけど、それに合わせて、住民の代表を上下すればいい。そして重要なのは」
「重要なのは?」
そんなに前のめりになるなよ。
「代表の数を偶数にしない事だ。絶対に、各代表は奇数にすべきだ」
「なぜですか?」
「派閥が産まれるからだ」
「派閥?」
「意見が近い者・・・、もっというと利益が近い者同士で、連携するグループだ」
「そうか、奇数なら同数になる事はないというわけですね」
「あぁそれでいて、他のグループを取り込んだ時に、人数調整が難しからな。意見を通すのに、15名としているのもそういう理由だ」
「なんとなくわかります。ツクモ殿」
前のめりになるな。
俺は、女の方が、シロの方が数億倍好きだ。
「なんだよ。近いよ」
「ツクモ殿。この方法は?」
「あぁ俺の故郷で行われていた方法だな」
「そうなのですか?」
「あぁ、住民の中から成人している者が、自分達の代表を選ぶ、そして、代表の中から更に代表を選んで、そいつが物事を決めるときの旗振りを行う。会議の進行役だと考えればわかりやすいだろう」
「領主は居ないのですか?」
「居るよ。居るけど、会議に参加する権利はない」
「それじゃどうやって方向性を決めるのですか?」
「それは、”約束事”を決めてあるからな。その約束事に従って話し合いが行われる」
「へぇその”約束事”は誰が決めるのですか?」
「うーん。約束事を決めるのも、その代表の会議だな」
「え?それなら、好き勝手に出来るのではないですか?」
「出来るけど、やらない。やってしまうと、次の代表を選ぶときに、住民から選ばれなくなるからな」
「え?そんなに変わるのですか?」
「あぁ2つの会議があって、一つは4年ごとで、もう一つは6年ごとだな」
「そうか、それなら、ダメな奴は住民が変えられるという事ですね」
「まぁそうならない場合も多いけど、任期を決めておくのは必要だと思うぞ。デ・ゼーウも一度就任してしまえば死ぬまで変わらないから、取り巻きが産まれて、取り巻きがデ・ゼーウを動かすからやる事が淀んでいくのだからな」
また、ヨーゼフは何かを考えている。
共和制が正しいとは思わないけど、ゼーウ街が共和制を選択するのなら手助けをしたいとは思っている。そして、スーンらに調査と分析をさせて、問題点を洗い出させて、チアル街に共和制に移行出来るのかを考えさせたいと思っている。そのための実験場とする。
「さて、ヨーゼフ。どうする?俺に任せるか?自分たちで、自分たちの街を統治するか?」
「ツクモ殿。僕たちは、僕たちの街を作っていく」
これで、暫定的にヨーゼフを領主にする陣営が出来る。
最終段階の絵を修正したが、これなら上手くまとまりそうだ。兵の負担が無くなる代わりに、チアル街への借金が出来るから、おかしな事にはならないだろう。
街を守るための戦力は、チアル街から出してやれば、最終的に依存してくれるだろうからな。
さて、戦端が開かれるのを待つ事にするか・・・。
目の前でまだ何かブツブツ言っているヨーゼフの話では、2日くらいは余裕があるらしいが、実際はどうなのだろうな。ロングケープが先に戦い始めるかも知れないけど、その連絡が入ってから動いても間に合うのだろうな。
ヨーゼフと別れた時には、開けられた窓から、優しい光が差し込む。
かなりの時間話をしていたようだ。
あてがわれた部屋に行くと、シロが俺を待って起きていた。
優しく頭を撫でて、キスを交わしてから布団に入った。
ヨーゼフの予想が当たってくれる事を祈りつつ目を閉じた。
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