第百四十三話


 裏路地に入ったが、男たちはまだ襲ってこない。後ろから着いてきているだけだ。


 襲われないまま両替屋まで到着してしまった。


「旦那様。ここは私達が行ってきます」

「いや、ここは、ルチに教えられた場所の一つだ」

「え?かしこまりました」


 ステファナが俺に道を譲る。


 路地に入ってから地図を思い浮かべていた。

 ルチが印を付けた店の一つがこの場所だったと記憶している。地図を取り出して見るわけには行かないので確認はできない。でも記憶ではこの辺りだ。店に入ればわかるだろう。向こうからリアクションが期待できる。

 もしかしたら、愚か者どもが動かないのもスキルカードを得てから襲うつもりなのかもしれない。


「いらっしゃい。これは珍しい若い夫婦だね」

「ご老人。ここは、両替屋でいいのか?」

「そうですよ。魔核からスキルカード、スキルカードから魔核への交換をおこなっております。あと、スキル道具の鑑定なんかもおこなっています」


 ほぉ・・・。

 俺とシロを見て、確実に解っていながら、スキル道具の事を切り出したな。

 店の中には、スキル道具なんて一言も明記していない。


「店主。スキル道具はどんな物でもいいのか?どこにも書いていないが?」

「スキル道具なら何でも構いません。特に、認証のスキル道具とかなら歓迎です」

「ハハハ」


 笑いだしてしまった。

 ここまで直球で来るとは思わなかった。


「わかった、スキル道具は持っているし、認証ができるようになっているが、近くを小汚いハエが飛んでいる。それを排除してからの方が安心できるが、そう思わないか?」

「わかりました。少し確認したいのですが、そのハエは何匹でしたか?」


「レイニー。お前が認識したのは何匹だった?」

「え・・・あっ姿を見たのは、5人ですが、認識できた者を含めると11人です」

「可愛いお嬢ちゃん。それは、こんな姿のハエだったかい?」


 一枚の絵を見せる。

 男の人相が書かれている。俺は見覚えがない。シロも無いようだ。


「はい。この者が宿の前で見張っていた者です」


 ハエだって言っているのに、レイニーは”者”と言ってしまっている。

 別に問題はないが、店の前でこちらを見ているハエも居る事からあまり長話は良くないと思っている。


「お客様。その者達は私どもに任せて頂けませんか?」

「いいが、お前たちが、その者たちと結託していないという証拠は示せるのか?」

「そうですな。誰かお一人見てもらう必要がありますが、全員の腕なり足なりを切り落とす事にしましょうか?」

「お前たちは、アイツらが何者か知っているのか?」

「はい。スラム街に住み着いている裏稼業の者たちです」


 シロを見るが俺に任せるスタンスのようだ。


「わかった。店主に任せよう。レイニーとステファナを連れて行ってくれ、俺とカリンはここで待っている」

「旦那様!それでは、旦那様と奥様の護衛ができません」

「ステファナ大丈夫だ。なにかあったらカイかウミを呼び出す」

「ステファナ。ユリアンさんが大丈夫と言っているのです。大丈夫です」

「しかし、奥様」

「私とユリアンさんに危害を加えようとしたら、この辺り一帯は灰燼と期すでしょう」


 シロが老人を見ながら脅迫と取られかねない事を平気で話す。


「ステファナ。レイニー。大丈夫だ。俺もカリンもここで待っている。お前たちは、煩いハエを始末してきてくれ。俺たちが行くよりも安心できるだろう?」

「はい」「かしこまりました」


 話がまとまったのを見て店主がテーブルの上に紙を広げて、何かを書いた。

 ステファナとレイニーは、荷物を持って店の奥に入って欲しいという事なので、それに従うように二人に指示を出す。俺とシロは、店の者と話をして待っている事になるようだ。


「それで、旦那様。両替はどう致しましょうか?」

「ハエが追い払えるのなら必要ない。そうだ、スキル道具の鑑定を頼みたいがいいか?」

「もちろんでございます」


 後ろから見られていた雰囲気がなくなる。

 仕事が早いな。それとも、わかっていて準備を進めていたのか?


 ルチに、渡された認証のスキル道具を取り出す。

 それを見て、店主もやっと安心したのだろう。奥に下がってから、1人の男性を連れてきた。


「この者が鑑定を致します」

「そうか、わかった」


 奥の部屋で話をするようだ。念話で、シロに武器をいつでも取り出せるように準備しておくように伝える。


「お客様。ここでしたら、外に声が漏れる心配はありません」

「それを素直に信じろというのか?」

「それは手厳しい。ですが、信じていただく以外に方法はありません」

「そうだな。まぁいい。わかった、信じる事にしよう」

「怖い方ですね」

「なんのことだ。それよりも、スキル道具の鑑定はいいのか?」

「そうでした」


 男がポケットから対になるスキル道具を取り出した。

 俺が作った物で間違いないようだ。男が魔力を流す。俺も、認証のスキル道具に魔力を流す。


 お互いが同じ様に点灯する。

 男からホッとした雰囲気が伝わってくる。スキル道具が動作しなかったら話が進められないのは間違いないからな。


「私は、グレゴールといいます。お客様のお名前をうかがってもよろしいですか?」

「グレゴール殿。俺は、ユリアン。妻は、カリンだ」

「ユリアン様。私の事は呼び捨てでお願いします」

「わかった。グレゴール。それで、どうしたらいい?」

「暫くお待ち下さい。2時間程度で全部終わるはずです」

「わかった。この後でいいが、スラム街の裏稼業の事を教えてくれ」

「構いませんが?なぜでしょうか?」

「これ以上邪魔するのなら潰す。潰すのはもったいないと思えるようなら支配する」


 グレゴールは少し考えてから

「支配されるのがよろしいかと思います。今のスラム街のトップは、”長男”派閥の者です」

「長男か、話は出てくるが、俺のメリットが無い」


 グレゴールは、引き出しから書類を取り出して俺に見せてきた

「時間がまだ少しかかると思います。読み物になってしまいますがよろしかったら読んでみてください」

「これは?」

「先代のデ・ゼーウ様の施策と、今代のデ・ゼーウの施策です。それと、長男が行った事と今代のデ・ゼーウに粛清されるきっかけになった施策のあらましです」

「いいのか?」

「かまいません」

「わかった、ありがたく読まさせてもらおう」

「はい」


 グレゴールは一度部屋から出た。

 代わりに女性が1人入ってきた。飲み物を持ってきてくれているようだ。


 鑑定はしたが、ありがたくいただくことにしよう。


 今代が馬鹿な事がはっきりとした。

 自分たちが優位な立場だと思って、高値を付けて売りつけ始めた。そこに、俺たちが戦略物資になる魔物やダンジョン産の素材を絞り始めたから、作れる物が減ってきた。

 俺がドワーフに竜の鱗を渡して、それで武器や防具を作り始めたのも街としてダメージになったようだ。品質がいい物が安価で手に入ってしまう状態に慌てた、港を自分たちが抑えているので優位性は保てるが、それも時間の問題に思えたのだろう。

 そこで、俺たちを支配下に置く事を考えたようだ。


 それに真っ向から反対したのが、”長男”という事になる。


 そうか、長男は俺たちと”交渉”しようとしたのだな。

 その使節団が謎の集団に襲われて、長男が帰ってこないというのが、表向きの理由だという事だ。逃げたと噂されたり、サラトガの連中に殺されたのだという話も出ている。全部、今代のデ・ゼーウが流した噂で間違いないようだ。実際には、使節団がゼーウ街を出た事実がない事から、長男は街のどこかに軟禁されているという見方もできる。最悪はすでに殺されていると考えられる。

 長男が行おうとした施策は、武器と防具の販売からスキル道具の販売への変更だ。それも、生活を楽に豊かにする物を中心に開発/販売させて、最終的には武器と防具の販売から手を引く事を考えていたようだ。


 話が繋がるが、まだ隠された情報があるだろう。しかし、表向きはストーリーが描けてしまっている。


 これ以上読み込む必要はなさそうだ。

 既得権益を持つ連中が、次男?をそそのかしたのかも知れない。

 それなら、先代のデ・ゼーウはそんな事も見抜けなかったのか?


 先代のデ・ゼーウの基本的な動きは”バランス”を取る事のようだ。

 わかるのはバランス感覚に優れていたのだろう。どちらかに偏っている事はない。先々代は武器と防具を作る事を推し進めたようだ。先代になって、商業的な発展が行われているし、冒険者たちを使って、自ら仕入れる方法を取っている。サラトガダンジョンへの依存度を下げようとしていたようだ。

 先代は、街の発展に力を入れていた。

 今代は、私腹を肥やす事に力を入れている。どうやら取り巻きもそういう連中で固まっているようだ。


 問題なのは、もっとも大事な情報ミッシングピースが欠けている事だ。

 これはグレゴールから直接聞かなければならないだろう。


「ユリアンさん」

「どうした?」

「これを見てください」


 シロが見ていた資料は、ゼーウ街の財政に関する物だ。


 そうか、冒険者たちを呼び込むために使っていたスキルカードを”ポケットに入れた”のだな。

 それで、街に寄り付かなくなったの可能性があるという事だな。戦争を嫌ってという事もあるのだろうが、その前に冒険者が少なくなっていたのだな。


「ありがとう」

「いえ、不自然な流れだったので気になりました」

「あと、アトフィア教へのお布施も極端に増えているようです」


 別の側面もあるだろうが、確かに今代になってからアトフィア教に対するお布施が増えている。これは、ローレンツの情報になかった事から、教皇派閥に流れていると考えていいのかも知れない。


 ドアがノックされた。


「旦那様。奥様」


 ステファナとレイニーが戻ってきた。

 そんなに長い時間読み込んでいたのだろうか?


「悪いな。どうだった?」

「はい。つつがなく処分致しました。馬車も襲われました。そちらも全員捕らえたようです」

「え?そう?わかった。まぁ無事なのだろう」

「はい。問題なかったと伝えて欲しいと言われました」

「わかった」

「結局どうした?」

「はい。腕や足を切るのは、処理に困りそうだったので、スキルカードや持ち物を全部没収しまして、髪の毛を全部剃ってから、全裸にして両手両足を縛ってスラム街に捨てておきました。あっすみません。あそこを全員切り落しました。奥様を犯すとか言われて我慢できませんでした。申し訳ありません」


「ククク。ハハハ。そうかよくやった」

「ありがとうございます」「ありがとうございます」


 グレゴールも帰ってきた。


「グレゴール。それでどうだ?俺たちは合格か?」

「え?ユリアン様。話が逆です。私達を信じてくださいますか?」

「そうだな。殺さないで解放したから、向こうから接触してくる可能性があるだろう?」

「はい」

「そうか、すでに接触が有ったのだな」

「はい」


 グレゴールの後ろからルチが現れる。

 そして、店番をしていた老人や他に数名が部屋に入ってくる。


 それほど広い部屋では無いので暑苦しく思えてしまう。


 グレゴールが一歩前に出て、机と椅子を端に寄せた。

 そして、皆が一斉に跪いた。土下座のような格好になる。


「ユリアン様。いえ、カズト・ツクモ様。シロ様。お願いです。我らの願いを聞いてください」

「願いと言われてもな、グレゴール。お前、さっきの資料が全部じゃないだろう?」

「はい」

「話せよ。それを聞いてからだ!」


 グレゴールが、頭を下げながら語ったのは、俺の予想通り、隠された話だ。

 ルチと店主以外は、先代に仕えていた者だという事だ。


 屋敷に仕えていた者は、長男(ヨーゼフというらしい)が使節団としてサラトガに向かったと教えられた。今代のデ・ゼーウと武器商人/職人に邪魔されて使節団の後を追う事ができなかった。数日後に、サラトガに向かったヨーゼフが殺されたと教えられた。あまりにも早い展開だった。

 その報告がゼーウ街に告知された翌日に先代のデ・ゼーウが病死したと発表され、先代の遺言により、次男がデ・ゼーウを襲名する事になった。

 この襲名が正当な物でない事や、今までデ・ゼーウの屋敷に入る事が許されていなかった者たちが出入りし、自分たちが入る事ができなくなった。ヨーゼフの腹心だった者がスキルカードや武器の横領の罪を着せられて、財産没収と屋敷や身分証の剥奪処分となった。もともと、ヨーゼフはスラム街をなくそうとしていた。壊すという意味ではなく仕事を与えて身体が弱っている者に治療を行う施策をおこなっていた。弱者救済だ。その者たちを、冒険者として独り立ちさせて、大陸中心部の森から素材を持ち帰らせようとしていたのだ。

 弱者救済とスラム街とのやり取りをしていたのが、ヨーゼフの腹心だった男で今のスラム街のトップになっている者だ。


 これは、ヨーゼフに生きていて欲しい限りだな。

 俺が望む形での協力ができそうだ。

 でも、交渉は交渉として考えないとならないな。


「そうか、それで?」

「ファビアンに会っていただきたい」

「ファビアン?」

「ヨーゼフ様の腹心だった男です」

「俺は、そのファビアンの部下を捕らえて痛めつけたのだぞ?」

「それは大丈夫です。奴らは、ファビアンの支配に反対している者たちです」

「ん?先程の話と違うが?俺を騙したのか?」

「もうしわけありません」

「そうか、貸し一つな」

「はい。それでは?」


「わかった、会おう。そのかわり、会談場所は、ルチ!お前の宿屋だ、問題はないよな?ファビアンには、1人で来いと伝えろ、誰かが同席するのは許さない。こちら側は俺とシロとリーリアとオリヴィエと魔物が3体で出迎える」

「それは」

「かまわないだろう?それに、俺は別にファビアンで無くてもいいし、ヨーゼフがどうなってもかまわない。ゼーウ街が俺たちにちょっかい出せなくするのが目的だからな。デ・ゼーウの館を破壊して、中に人間もろとも潰してしまえば後腐れなくていいと思わないか?」

「しかし、それではまた」

「そうだな。そうなったら、また同じ事を作業のように繰り返すだけだ、面倒になったら、竜族に頼んで街にブレスを放ってもらうだけだ」

「わかりました。ファビアンに伝えます」

「いい答えを期待している。それほど長く待てないからな」

「わかっております」


 俺とシロが先頭で部屋から出ていく、ステファナとレイニーが後に続く。俺たちが部屋から出てから、何か話している声が聞こえるが気にしてもしょうがないだろう。


 俺たちにもメリットがある話だが、デメリットも存在する。

 さて、どうしたものかな?


 狭い部屋で大人数から迫られたから嫌な汗をかいている。

 夕ご飯にはまだ少しあるが、宿に帰る事にしよう。


 オリヴィエやリーリアも何か情報を掴んでいるかも知れないし、馬車襲撃の話しも聞かなければならないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る