第百三十四話


 非常に残念だ。

 すごく残念だ。そして、いろいろ納得してしまった。


「老。それは、間違いないのか?」

「ツクモ様。間違いないと、ワシは思っておる」


 ライの眷属からの報告、そしてそれを聞き取りしたフラビアとリカルダのまとめ。

 クリスとルートガーの裏付け。

 組織され始めたメリエーラ老の諜報部隊。


 今回一番活躍したのが、吸血族だ。メリエーラ老に協力する形で、モデストたちが各地に散っていた。これが情報の集約に一役かっていた。


 迎賓館の執務室に、メリエーラ老とルートガーとモデストが居る。俺の横には、シロ。近くには、ステファナとレイニーが控えている。フラビアとリカルダの役目が二人に委譲され護衛としての役目も担っている。


「ステファナ」

「はい。旦那様」


 ステファナとレイニーは、どこから話を聞いてきたのか(・・・俺は、メリエーラ老辺りだと推測している・・・)わからないが、俺とシロの事を、”始祖様”と呼ぼうとしていた。それをやめさせて、ツクモだと・・・シロも将来的に、ツクモ性になるので、カズトとシロと呼ばせようとしたのだが、それはできないと固辞されてしまった。そこで妥協点が、俺の事は”旦那様”。シロの事は”奥様”と呼ぶことだ。

 二人はまだ洞窟に来ていない。ログハウスで修練を続けている。洞窟には、俺とシロの結婚が決まってからシロ付きの従者として来る事になった。二人の部屋には防音のスキル道具が置くことが決まっている。二人の部屋を視察した、リーリアとオリヴィエから盛大な”ダメ出し”がだされて改修を行う事になった。洞窟の部屋もそれに合わせてリニューアル中だ。今度は、スーンとゼーロとヌラとヌルが自分たちで作るといい出して、全面的に任せる事になった。完成まで1ヶ月。俺とシロもログハウスで生活する事になった。

 ダメ出しも納得できたけど・・・俺とシロの好きにさせてとは言いにくい雰囲気が。豪華にしない事を条件にして、スーン達眷属の長が改修に加わる許可をだした。


 旦那様呼ばわりを、ルートガーが愉快そうに見ている。

 モデストが、自分たちも”旦那様”と呼んでいいのか?と再度交渉を持ちかけてくるのは時間の問題だと思われる。


「ヨーン・・・いや、イサークを呼んできてくれ、今の時間なら、自由区の自分たちのオームに居るだろう。居なかったら、ダンジョンに潜っているか確認してきてくれ」

「かしこまりました。旦那様。奥様行ってまいります」


 ステファナが、執務室を出ていく。

 レイニーが珈琲を出してくれる。


「そうだ。自由区に”喫茶店”なる物ができたようだが、何か知らないか?」


 老が俺に睨む。

 モデストが、気配を消し始める。


「さぁ・・・」

「そうか、その”喫茶店”では、この珈琲を始め、甘味が出たりするそうだが、酒精が一切なく、昼間だけの営業だという話だが、本当に知らないのか?」

「もちろんだ」

「ふぅ・・・まぁいいじゃろ。その”喫茶店”のおかげで自由区の女性陣からの情報が集まりやすくなっておる」

「へぇ・・・そうなのか?」


 モデストの提案で始めた喫茶店だ。

 カトリナや元冒険者など・・・甘味に魅了された者たちが店を出したりしているのだが、酒を少なからず置いている。俺たちがやった店は、酒類は一切置かないようにしている。店の従業員も、吸血族や神殿区に居た成人女性や連れ合いを亡くした未亡人がおこなっている。


「あぁ行ってみればわかるが、女性陣のたまり場になっておる」

「悪い場所では無いのだろう?」

「もちろんじゃ。諜報のための噂はなしの収拾ができる。問題ないのはいいのだが・・・」

「なんだ何か有るのなら言ってくれよ」

「女性陣が集まって・・・ナーシャ殿が・・・甘味地図を作り出してな」

「はぁ?なにそれ?」

「自由区や商業区・・・近くのSAやPAにある甘味を出す店の地図や店の情報を集めた物だな」

「なんだそれ?」


 ナーシャが主体となって、奥様や女性冒険者などが協力する形で、甘味を出す店の情報をまとめ始めているらしい。まだ出回っていないようだが、着実に数を増やしているという事だ。屋台にまで掲載対象になっているようだ。

 それだけなら笑い話しになるのだが、どうやら困った情報が載っているようだ。


・近隣の地図

 防犯上よろしくないのだが、問題になりそうな記述を消させる事で十分だろうという結論になった。

 道に迷うとかの理由で、街全体の地図の作成まで行おうとしていたようだが、それは許可しない事になった。


・オーナーの情報

 これが意外厄介な情報になりそうだ。

 オーナー個人情報というよりも、繋がりがある商隊や商店の情報が載せられている。

 ざっくり削除させる事にする。俺が実質オーナーになっている店もあるので、削除は必須条件だ。


「レイニー!」

「はい。すぐに、ステファナを追いかけて、ナーシャ殿と甘味地図を一緒に持ってくるようにいいます」

「頼む。もし、ナーシャが文句を言ったら、俺が”ナーシャのせいでペネム街に甘味が出回らなくなる”と言っていたと伝えてくれ」

「かしこまりました。旦那様。奥様行ってまいります」


 レイニーも執務室から出ていく。


「ツクモ様。二人はどうですか?」

「あぁよくやってくれていると思うぞ。シロへの忠誠心が凄すぎて若干引き気味になってしまうけどな」

「何かありましたか?」


 メリエーラ老がシロを見る。

 シロは俺を見て話していいのか聞きたい雰囲気を出している。


「簡単な事だ。シロが二人を選んだ理由とこれからの事。そして、俺とシロの種族の事を説明しただけだ」

「あぁそれで・・・」

「老が話して聞かせていたのだな?」

「それはすまない。まさか、伝説の種族が居るとは思いもしなかった」

「まぁいい。それで、二人が再度忠誠を誓ってくれたからな」


 メリエーラ老と話していると、ステファナとレイニーがイサークとナーシャを連れてきた。


「ツクモく・・様」

「ツクモ様。お呼びと伺ったんですが?」


 さすがに、ナーシャも空気を読んだようだ。少し危なかったが、許そう。


 まずは、簡単な方から・・・

「ナーシャ。甘味地図を持ってきているか?」

「・・・はい」


 提出させる。

 言われていた物以上でも以下でもなかった。

 問題箇所を指摘する。


「いいのですか?」

「ダメダメ言ってもしょうがないだろう?それよりも、店にしっかり許可を取れよ。あと、俺が言ったように、敵対勢力も居るのだから、盗まれても問題ない情報だけにしろ」

「はい!」

「あとな・・・」


 ナーシャに、載せる載せないの基準を明確にする事と、載せる事でスキルカードを要求したような話を聞いたら、関わった者全員に甘味禁止のお達しを出す事を宣言する。甘味地図でスキルカードを得ようとするなと伝えておく、そのかわり活動資金は行政区から出すようにする事にした。

 それを聞いていた、イサークが”酒精地図”を作っていいかと言ってきたので、同じ手法で行うのなら問題ないと伝えた。


 お前たち・・・冒険者だろう?

 そんなことばっかりしていていいのか?


 ガーラントは酒精を・・・ピムは食事を・・・イサークは両方が好き。

 ミーシャは甘味が好き。これで、パーティーとして”甘味地図”と”酒精地図”を作るのをメインにできると言っている。イサークには、酒精を出す店と同時に、宿屋の情報も集めさせる事にした。


「さて、イサーク。地図・・・の件ではない・・・ナーシャはどうする?居ても楽しくない話だぞ?」


 ナーシャは、イサークの顔を見る。


「ツクモ様。ナーシャを帰らせても、俺があとで話せば同じですよね?」

「そうだな。ナーシャに聞かれても困らないが、今までの事から考えて、これから話す情報が外に漏れたら、俺はまっさきにナーシャを疑う。そのつもりならどちらでも構わない」


 少し冷たい言い方だがこれはしょうがない。

 イサークは、少しだけ考えてから

「ナーシャ。ホームで待っていてくれ」

「わかった」


 ナーシャが執務室から出ていく。


「それでツクモ様。何が有りましたか?」

「まずは、これを見てくれ。それからお前の話を聞きたい」


 イサークに渡したのは、ルートガーが裏取りしてきた情報だ。

 攻略組の冒険者が、ゼーウ街と繋がっている事がわかったのだ。人数にして、27名。その元締めとなっていたのが、ミュルダ冒険者組合の前組合長”プロイス・パウマン”の息子だ。

 父親が俺たちに粛清されたときに、ミュルダに居なかった。パレスキャッスルでエルフ族との交易の交渉をしていた。帰ってきたら、ミュルダがなくなっていて、父親たちが粛清されていた。当然、ギルドに抗議・・・状況説明を求める。俺としては、火種を抱え込むつもりはなかったので、本人がこの処置に納得できなければ、大陸からの退去を言い渡した。

 それを説得したのが、イサークだ。交流があった事から、事の顛末を説明して父親が粛清されたのは当然の事だと説明した。納得させて、俺への忠誠を誓わせた。ミュルダを任せるのは問題があろうかと思ったのでイサークと相談して、サラトガ近くのPAの代官を任せる事にした。


「・・・ツクモ様」

「なんだ?」

「もういち・・・いえ、この始末俺にまかせてもらえないでしょうか?」


 黒幕は、デ・ゼーウで間違いない。

 耳元で囁いて、それを聞いてしまった者が、”ジュアネ・パウマン”。


「いいのか?」

「あぁ俺が介錯する」

「わかった、イサークに任せる。ただし、2週間だ。それまでに、ルートガーに報告を上げろ、なければ、俺・・・スーンが動く。その場合は、本人だけで済むと思わないほうがいい」

「・・・わかった。27名の名前は?」

「全員わかっている。ホームを持っている者たちも居る」

「そうか、その者たちは・・・」

「そうだな。状況次第だが、脅された形跡はない。大陸からの追放か鉱山区送りかな?」


 メリエーラ老とルートガーとモデストがうなずく。


「ツクモ様。冒険者の中に女性もいますが?」


 名簿を見ると確かに女性となっている者も居る。


「ルート。どうしたらいいと思う?お前の所で扱えるか?」

「無理です」


 メリエーラ老も、モデストも首を横にふるだけだ。


「カ、カズトさん。その者たちは、洞窟区の世話係としてはどうでしょうか?」


 シロが提案してくる。

 公の場では、カズトさんと呼ぶようにする事が、内々で決定している。

 徐々になれてもらう事になるのだが、まだなれていなくて、”カズトさん”と呼ぶときに照れがある。シロには、政治的な発言権がないとしているが、執務室で行われる会議では大丈夫だ。多くの者が集まる場所で、俺に意見するような姿を見せるのが好ましくないと・・・フラビアとリカルダ・・・を含めた多数から言われた。


 シロが言っている洞窟区とは、俺たちの本邸の事ではなく、元領主の家族や捕らえられた者たちの家族を閉じ込めている場所だ。吸血族が元々住んでいた場所の事をさしている。


 確かに、シロの提案は一考の価値はありそうだ。

 メリエーラ老が取りまとめる事になった。


「イサーク。何が必要だ?」

「はっ俺に・・違いますね。ルートガー殿一緒に行ってもらえるか?」


「ルート。どうする?護衛は、イサーク達で大丈夫だろう。対外的には、お前がパレスケープへの視察の過程で立ち寄ったというシナリオにもできる」

「ご命令とあらば!」


「よし、イサーク。ルートガーを護衛して、パレスケープに赴け。途中立ち寄るPAとSAはお前に一任する」

「はっ!」


 これで、内通者の締め出しができるはずだ。

 そして、もう一つの問題に取り掛かる。


 ルートガーとイサークが執務室から出ていく、残っているのは、俺とメリエーラ老とモデスト。それに、シロとステファナとレイニーだ。


 シロが、二人に命令して、新しい珈琲が淹れられる。


「老。こっちのほうが残念なのだけど・・・デ・ゼーウは本当に馬鹿なのか?」


 先程の内通者を特定する過程でわかった事だが、デ・ゼーウは、内通者達にゼーウ街の情報も渡していた。


 かなりの情報が俺たちの手に渡った。

 俺たちが紛れ込ませた欺瞞情報をそのまま鵜呑みにして居るようだ。裏取りとかしないのか?


 ジュアネ・パウマンや冒険者たちに対して、俺の暗殺に成功した時の報奨とかも書かれていた。同時に、ペネム大陸の全戦力を調べるように指示が出ていたりしたが、調査方法は現地の人間にまかせているようだ。そのために、俺たちが出した情報をそのまま確認もしないで流しているようだ。


 出征計画が、その情報を元に立てられている。


 現状の計画では、3ヶ所の港を同時に攻撃するようだ。

 まずは、俺たちが”掴んでいる情報”通りに、ロングケープ街の攻撃を開始する。これと同時に、パレスキャッスルの港を閉鎖する。その後、パレスケープの港を大兵力で攻めて占拠するという計画のようだ。

 その後、手中におさめた3つの港からペネム街を目指すという。


 総兵力(予定)は、30,000だという事だ。最初の計画で、20,000が導入される。かなりの数だが集まるのか?

 集まるだろうと、デ・ゼーウは言っている。どうやら、武器や防具の値段をあげて、値段が上がっているのは、ペネム街が資材を渋っているからで、奴らは”アトフィア教”に協力して、ゼーウ街を滅ぼそうとしていると吹聴しているらしい。

 それで、近隣の街や集落から人を集めているらしい。

 ただ船の問題もあるので、すぐに攻め込んでくる事は難しいらしい。言葉を濁して居るが、ようするに、スキルカードや魔核を送れという事らしい。何人かの冒険者がそれに従って、自分たちが得た魔核を送っていたらしい。


 冒険者たちが、デ・ゼーウに従っているのは、どうやら先代や先々代からの繋がりらしく、俺が感じたのは”草”として紛れている者たちのようだ。今代のデ・ゼーウに従っているというよりも、ゼーウ街に忠誠を誓っているように思える。


 まぁ冒険者の件はいい。

 問題は、俺たちの予想以上に相手が”情報”に疑いを持っていない事だ。


 老もモデストも耳を使って調べているが、どうやら奴らは俺が出した情報を鵜呑みにしているようだ。確かに、そう見えるように行動をしている。だがしかし!目隠しで盤上で勝負をしているわけではない。夜討ち朝駆け。後方攪乱。なんでもありの戦闘なのだろう?

 なんだか、俺だけが卑怯な事をしているような気がしてきてしまう。


 ゼーウ街には、俺たちが船を作っていない事も伝わっている。なので、奴らは港の占拠や海上封鎖の成功を疑っていない。一つの成功の予兆が次の成功を約束していると考えているようだ。

 思考誘導されているとは考えないのだろ。


 ここまで来ると、あとは簡単だ。奴らが集めた20,000人が海上に出て、引き返せない距離に来たときに、竜族で一斉に攻撃を仕掛ける。目標は、奴らが使っている港だ。港を占拠して、向かっている船を拿捕する作戦だ。


 パレスキャッスルとロングケープに向かっている船団を同時に襲う。

 スパイダーとビーナたちによる奇襲作戦を敢行する。旗艦の乗組員は全員死んでもらう。

 夜のうちにできるだけの船を拿捕する。他の船は積極的には殺しはしないが、手加減もしない。


 港の規模は今調べさせているが、10,000人が駐屯する事が考えられるので、海上と陸路を封鎖するだけで簡単に干上がるかも知れない。港の封鎖は調べられてから考えればいい。港がある場所の地形が解ればもっと詳細な計画が立てられる。


 相手が準備しているために、訓練ができる時間ができた。小型ワイバーンとビーナで飛行してスパイダー種を船(に見立てた物)に乗り込ませる訓練をおこなっている。


 これらの事をまとめて説明する。


「ツクモ様・・・ワシからは何もない」


 そのまま、作戦案をモデストに見せる。


「これは・・・ゼーウ街が可愛そうになりますな」

「それなら、来なければいい。遠くで幸せになってくれてもいいのだからな」


 二人に内諾をもらってから解散となった。後日、ミュルダ老とヨーンに説明して、作戦は実行に移される。

 メリエーラ老とモデストには、引き続きゼーウ街の監視を行ってもらう事になる。

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