第九章 帰路
第九十一話
/*** カズト・ツクモ Side ***/
俺たちは、ロングケープ街に戻った。
「ノーネーム殿」
ヴェネッサが声をかけてくる。
「食料だろ?少し待ってくれ。用意させる。さっきの子供が居た辺りで食料を配る事にしよう」
「頼む」
「いや、いいさ。どのみち、配給はしようと思っていたからな。さて、お前たちはどうする?配給に立ち会うか?」
二人は、配給に立ち会いたいという事だが、ヴェネッサは俺についてくると言っている。
「姫様」
「大丈夫だ。それに、さっきの戦いを見ただろう?ノーネーム殿だけではなく、二匹のフォレストキャットだけでも我らは勝てないだろう」
「し、しかし・・・」
「大丈夫だ。そうであろう?ノーネーム殿」
「あぁ」
食料の手配をどうするかだけど・・・楽なのは、スーンに送ってもらう事だけどな。
『ご主人様』
『リーリア。どうした?』
『はい。ご報告が遅れて申し訳ありません。突撃隊が拿捕した物資がもうすぐ届きます。どういたしましょうか?』
『グッドタイミング!リーリア。だれか護衛に付けて、街に運び込んで、食料だけでいいよ』
『かしこまりました。ヨーンに運んでもらいます』
『うん。頼む。あぁヨーンに、さっきの3人の女の子の中の二人が門で待っているから、食料の配給場所は彼女たちに任せると伝えておいて』
『かしこまりました』
ちょうどよかった。
足りないかも知れないけど、最初の配給としては十分だろう。
「ハツとチュン。さっきのヨーンは覚えている?」
「もちろんです」
「よかった。彼が食料を持ってくるから、配給先を指示してあげて欲しいけどいい?」
「わかりました」「わかった」
「シロもそれでいいよな?」
「はい」
ヴェネッサも問題無いようだ。
信仰が無くなったわけではなく、信仰の方法が間違っていたと考えているようだ。
さて、まずは簡単な方から行くことにしよう。
奴隷商のライマン夫妻に会いに行くことにしよう。
「シロは、少し待っていてくれ」
「・・・はい」
奴隷商の前で待たせる。
「ライマン殿」
「ツクモ様」
「考えてくれたか?」
「はい、妻とも話をして、ツクモ様にお世話になる事にします。しかし、老い先短い身ですし、ペネム街には優秀な人たちが多くいらっしゃるようですし、私たちが必要だとは思えません」
俺は、ペネムの名前はここでは出していない。
知っていたという事か・・・。
「それで?」
「ツクモ様。ロングケープ街をどうされるおつもりですか?」
「さぁな。この後で、会議場に閉じ込めている領主や街の有力者に会ってからだな」
「そうですか・・・それは・・・ロングケープ街としての役目を終えるという事ですか?」
「どうだろうな。領主達の出方次第だと思うが、俺としてはロングケープが、大陸の玄関口であり漁業拠点の一つである事は変わらないと思っている」
「それは、ペネムからの商隊の受け入れを行えという事ですか?」
「今でも少しはおこなっているのだろう?」
「・・・そう聞いています」
やはりな。
この夫妻は
「そう聞いている・・・か・・・俺としては、別にアトフィア教の教会が有ってもいいと思っている。ただ、布教活動や人族優遇を説いて回らなければだけどな」
「それは難しいかと思います」
「そうか、共存は無理か?」
「残念ながら」
「共存が無理なら、排除するしかないな」
「そうなってしまいます」
「わかった。それで、ライマン夫妻はどうしますか?」
二人を見る。
「そうじゃな。ツクモ様。この街に足りない”モノ”は何でしょうかね?」
「ハハハ。いや失礼。足りない?足りているモノがあったら教えて欲しい」
「こりゃぁ確かに儂の言い方が悪かったな。反論ができん」
「ライマン老。領主をやってくれ、代官でもいい。ライマン老の思い描く理想郷を作ってみてくれ」
ライマン夫妻を交互に見つめる。
「ツクモ殿。儂は・・・」「フフフ。いいじゃないアナタ。やりなさい。私も背中を支えてあげるわ」
どうやら、1番心配していた人材が埋まりそうだ。
奥さんの話を聞くと、二人には子供が居た。アトフィア教によって殺されたのだという事だ、詳しい経緯は語らなかったが、恨む気持ちも有ったが、それ以上にロングケープでの人族以外の扱いが酷いことを憂慮して、二人は奴隷商になる道を選んだのだという。
獣人を虐待したり、売買する事が目的ではない。犯罪奴隷が多かったのも、獣人を本当の意味で解放する時に、犯罪奴隷と交換したりするためだ。
職業によっては、獣人よりも、犯罪者の人族のほうが好まれる場合もある。それではどうやってスキルカードを得ていたのか・・・簡単な事だった。解放された獣人がスキルカードを寄付したり、護衛代として置いていったりしていたのだ。
夫婦二人だけならそれで生活ができるのだと笑っていた。
他にも、いろいろな情報を持ってきては、商売人に売っていたのだろう。
「ライマン老。夫人。ありがとう」
「頭を上げてくれ、それに実は、儂ら・・・ミュルダ殿と知らない仲ではないのでな。ミュルダ殿が言っていた、ツクモ様がこんなに・・・いや失礼」
「いや、いい。実際に、生意気な餓鬼だって事は理解している」
「ハハハ。ツクモ様。本当に、生意気なだけの子供は、自分の事を、生意気な餓鬼とはいいません。何にせよ。アナタが、ロングケープを掌握してからの話でしょうかね」
挑戦的な目で俺を見る。
要するに、そこまでは手助けするつもりは無いのだと言っているのだな。
当然だろうな。
昨日今日現れた人間にいきなり言われて、”はいそうですか”とはならないだろうからな。
「大丈夫だ。今日にも、ロングケープの上層部を飛ばしてやるよ」
「わかりました。吉報お待ちしております」
「そうだ、ライマン老。腹心になるような人物は居るのか?」
「大丈夫です。いろんな手足があります」
ニヤリと笑う顔は、今は言うつもりはないという事だろうな。
「楽しみにしている。あぁそれから、しばらくは、俺は”ノーネーム”という名前だから頼むな」
「かしこまりました。ノーネーム様」「いってらっしゃいませ。ノーネーム様」
屋敷から出る。
ヴェネッサは一切動いていないのではないかと思うくらい同じ位置で俺を待っていた。
「すまん。待たせたな」
「大丈夫だ。話は終わったのか?」
「あぁ次は、お前にも来てもらう」
「わかった。どこに行く?」
「会議場だ」
ヴェネッサの眉が少し上がる。
美人さんがやると迫力がある。
「ノーネーム殿。帰りで構わないが、雑貨屋に寄らせてもらえないか?」
「ん?なにか欲しい物があるのか?」
「ナイフが一本欲しい」
「ナイフ?」
「お願いできないか?」
「わかった。俺の手持ちでよければ貸すぞ?」
「・・・それでもいいが・・・もしかしたら、刃毀れができてしまうかも知れないぞ?」
「別に構わないぞ」
「それなら、一本貸してもらえないか?」
「わかった。宿でいいのか?」
「あぁ」
話ながら移動した。
領主達が待っている会議場にたどり着いた。
スパイダー達を肩に乗せたエントとドリュアスが俺に一礼する。
「変わった事は?」
「2度ほど、議会場を襲いに来られた方々がいましたので、捕らえて別室に放り込んであります」
「わかった。どんな奴らだ?」
「一度目は、アトフィア教の信者を名乗っていました。そちらの方が持っているようなシンボルを持っていませんでした」
「そうか・・・偽物の可能性もあるわけだな」
「はい」
「もう一組は?」
「こちらは、混乱に乗じて金目の物を盗もうとした奴らです」
「わかった、それは犯罪送りでいい」
「かしこまりました」
ヴェネッサを見る。
「シロ。アトフィア教を名乗った奴らを見に行くか?」
「いいのか?」
「あぁお前が見て判断しろ、たんなる犯罪者なら俺が処理するし、本当にアトフィア教の関係者ならお前が判断しろ」
「・・・わかった」
別のエントに案内させる。
やかましい部屋が二つある。
「どっちだ?」
「手前が、犯罪者です」
「わかった。カイ。ウミ。殺さない程度に相手してきてくれ。抵抗が激しかったら、構わない殺してしまえ」
『かしこまりました』『はーい』
カイとウミが部屋に入る。
一瞬、戦った音がしたが、それ以降音らしき物がしない。
3分後。
『主様。終わりました。全員気を失っています』
「わかったありがとう」
もうひとつの部屋も手前の部屋が静かになった事で、何かが行われたのだろうと考えたのだろうか?
徐々に静かになっていった。ヴェネッサに目配せして部屋に向かわせる。
ヴェネッサは部屋に入っていった。
最初大声でなにか怒鳴っていたが、徐々に声が小さくなっていった。
それから10分くらい経っただろうか・・・男の断末魔が聞こえてきた。
それから、5分後にヴェネッサが部屋から出てきた。すごくやつれた、泣きそうな顔をしている。
「どうだ?」
「ノーネーム殿。私は・・・どこで間違えたのだろう・・・いや、違うな・・・私は何も見ていなかった、何も考えていなかった。ただそれだけなのか?」
「それは、俺にはわからない。わからないが、お前が目を閉じて、耳を塞がない限り何かが見えてくると思うぞ」
「そうか・・・その前に、ノーネーム殿。奴らのことを話そう」
「頼む」
男だけじゃなく女も居たようだが、全部で19名。
二人は、本当にアトフィア教の信者だった。それも、1人は司祭で、もうひとりは聖騎士隊の副隊長の弟だったようだ。
そして、この弟が馬鹿だったようだ。
獣人を犯しても、アトフィア教の信者なら許される、俺は神に許されている。だから、俺たち正当なアトフィア教の人間が救い出してやろうと思っていたとかたったようだ。
その上で、隊長はいい女で、俺の女になる予定だったのに、兄貴に止められていたとか、議会場を襲ったのも、獣人どもがここを占拠したという情報が入ってきた。占拠したあとで、食料やスキルカードや武装解除された聖騎士達の武器や防具が大量にあると言う話になっていて、街で獣人を攫って売っていた奴らを集めて、ここを襲って武器と防具を手に入れてから、船で逃げ出すつもりだったとか・・・計画にもならない計画を永遠とかたったようだ。
隊長だとは気が付かないで、女だから股を開けば助けてやるし、総本山に連れて行ってやるとまで言ったそうだ。
自分たちが置かれている状況を客観的に見られない馬鹿は本当に困る。
ヴェネッサが1人だと思って、剣を奪おうとした所を返り討ちに有ったようだ。
それから、他の奴に話を聞こうとしたら、全部死んだ奴が悪い。自分は何も悪くない。助けてくれというだけだったようだ。
「そうか・・・それで、どうしたい?」
「正直に言えば、全員殺したい。殺したいが、それをやっては奴らと同じになってしまう。ノーネーム殿。奴らを犯罪者として遇してくれないか?」
「いいのか?アトフィア教の司祭も居るのだろう?」
「構わない。彼らに比べたら・・・街の外で出会った彼は・・・」
さきほどの獣人だろう。
でも、ヴェネッサは大きな勘違いをしている。
「いいか、ヴェネッサ。勘違いするなよ」
「勘違い?」
「あぁそうだ。俺は、アトフィア教が嫌いだ」
「あぁ」
「でも、それはアトフィア教全部が嫌いというわけではない」
「??」
「実際に、アトフィア教によって救われたという人は出てくるだろう」
「・・・」
「孤児院もやっているのだろう?」
「・・・あぁでも、孤児院に回される資材を・・・」
「アトフィア教全体が資材を横領したわけでは無いのだろう。一部の孤児院の関係者が資材を横領しただけだ。違うか?」
「・・・・そうだ」
「アトフィア教の教えが間違っていようと、それを信じて実行している人は居る」
「あぁ」
「俺が嫌いなのは、そうしている人たちを利用している奴らだ。さっきお前が切り捨てたようなヤツだな」
「・・・」
「アトフィア教は、腐りきっている。俺はそう思っている。でも、末端でアトフィア教のことを信じて救われようと必死に祈りを捧げている人まで腐っているとは思えない。違うか?」
「そうだ!」
「いいか、いま、お前は、獣人たちの”いい面”を見て、アトフィア教や人族の”汚い面”を見ている」
「・・・」
「獣人にも汚い面をもつ者も多い。実際に、襲撃してきた奴の中に獣人が含まれている。奴隷商に、獣人の子供を捕まえて売っている奴も居る」
「・・・」
「種族で区別するな。種族なんて、称号の一つと同じだ。目安でしか無い」
「・・・」
「ヴェネッサ。お前は、アトフィア教で隊長を務めるまで上り詰めた、”コネ”という事も有っただろう。でも、手を見れば努力をしてこなかった者の手で無いことは解る。人よりも多く剣を振ったのだろう。人よりも過酷な任務に志願したこともあるだろう」
「・・・」
「それを、”女だから”の一言で一括りにされて否定されたらどう思う?」
「・・・」
「それと同じだ。アトフィア教は、獣人だからの一言で思考停止して進もうとしない。獣人1人1人に歴史があり考えがある。それを考えれば、アトフィア教だからとか、獣人だからとか、くだらない事だとは思わないか?」
大きな目には涙が溜まっているが、それを隠そうともしていない。
でも、泣き顔ではない、なにか一つ考えがまとまったという様な顔をしている。
そして、思いっきり俺を見つめている。
「ノーネーム殿」
「すまん。偉そうだったな」
「いや・・・ありがたい。私は、まだ何も見ていないのだな」
「あぁそうだな」
「ノーネーム殿。ナイフを貸してもらえないか?」
「ここでか?」
「あぁ」
ナイフを取り出す。
カイとウミが俺とヴェネッサの間に割り込む形を取るが、俺は心配はしていない。
彼女は変わろうとしている。
ヴェネッサは、自分の綺麗な銀髪の毛を、渡されたナイフで切った。
鎖骨の下くらいまで伸びていた髪の毛を、首筋が見えるくらいの位置で無造作に切ったのだ。
「?!」
「ノーネーム殿。総本山に送りたい許可をいただけるか?」
「いいけど?」
「・・・そうだった。ノーネーム殿は知らないのだったな。アトフィア教の聖騎士での習わしだった・・・」
ヴェネッサが説明してくれたのだが、遠征で聖騎士が自害するような事になった場合には、遺体はその場で焼いてしまって、遺髪持ち帰るのだという。
確かに、遠征中に”自害”するような不名誉な事になったら、遺体を持って帰っても困るだろうからな。
特に、今回は”大敗”なのはどうやら間違いない、隊長が責任を取って自害した事にしても不思議ではない。
「でも、それでは、お前は死んだことになってしまうのではないのか?」
「そうだな・・・ノーネーム殿が許していただけるのなら、私は”シロ”としていろいろ見て、いろいろ聞いて、アトフィア教の聖騎士としての私ではなく、私個人の考えをまとめたい。ダメか?」
「ダメじゃないけど・・・名前は考えような。さすがに、シロは・・・」
「いや、私は”シロ”がいい」
「え?」
「私は、ノーネーム殿が付けてくれた”シロ”がいい」
「わかった。髪の毛は、一時俺が預かる。それでいいか?」
「あぁそれと、ナイフを返す。ありがとう」
ナイフの柄を俺に向ける。ナイフを受け取り、遺髪として総本山に持って帰る髪の毛を受け取る。
その時に、嬉しそうな顔をした理由がわからなかったが、気にしてもしょうがないだろう。
領主達に会いに行こう。
どうせ、面白くない話になるのはわかっている。
「領主に面会するか!」
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