第六章 開発

第六十一話

/*** サラトガ領主 Side ***/


 どういう事だ。

 ダンジョンに向かった者が帰ってこなくなり、ダンジョン入口に作成していた小屋が魔蟲に攻撃され、破壊された。

 それから、ダンジョンに入ることさえできなくなってしまった。


 最初は、ミュルダの奴らの嫌がらせかと考えたが、奴らは奴らで大変な様子だ。

 どうやら、ミュルダ老が引退したようだ。代わりは、ギルド長を努めていたもので、長老衆の承認も得ているらしい。


 情報が錯綜していて、何が正しいのかわからない。アンクラムもおかしな状況になっている。アトフィア教が完全撤退したという話まで出てきている。


「領主様」

「なんだ」

「そろそろ・・・」

「あぁそうか、今日は、商会だったか?イヤ、武器商だった?」

「いえ、教会関係者です」

「・・・そうか、お前が・・・わかった、そんな顔をするな。それで、奴らはどこに来ている?」

「あっ本日は、コルッカ教です」

「そうか!」

「ダンジョンの事を含めた、ご報告があるそうです」

「わかった。すぐに行く!」


 アトフィア教の奴らとは違う。コルッカ教は、獣人族だけではなく、エルフ族・ドワーフ族・ホビット族も人族と捕らえている。もっと言えば、大陸語であるレヴィラン語を話せる者なら、神の庇護下にあるという考え方だ。

 総ての物に神が宿るというのが根本的な考え方で。ダンジョンを神が作った試練と位置づけて、ダンジョンの研究も行っている。


「司祭様。ようこそ」


 応接室に入って、すぐに司祭に声をかける。

 何度か会談した事があるが、深刻な話でもあるのか、苦虫を噛み潰したような表情をしている。


「領主様。アンクラムの事はお聞きになりましたか?」


 アンクラム。半年くらい前に、いきなりミュルダを異端認定をして、サラトガにもそれに追随するように言ってきた。メリットがない事から、ミュルダ街から来ている冒険者を捕縛して、送る事だけを約束した。


「ミュルダの件は聞いている?それ以外の事か?」


 獣人族狩りに、ブルーフォレストに向かった事は知っている。それが、ブルーフォレスト内の獣人族の結束に繋がったらしい。その後、どういう経緯かわからないが、獣人街が出来上がった。


「アンクラムで、アトフィア教と領主が全面的な衝突が発生したようです。その余波で、ミュルダが難民で溢れかえっています」


 3ヶ月程度前の情報だ。

 俺もそれは把握している。わざわざその程度の事をいうために面会を申し込んできたとは思えない。


「知っている。その難民も、サイレントヒルとブルーフォレストの境にできた、獣人族の街に移動したと聞いておるぞ?」

「えぇそうですね」


 司祭は何を知ってる?

 そして、俺に・・・サラトガに何を求めている。


「司祭殿。腹の探り合いもいいが、毎回だと疲れてしまう。俺も知っている事を話そう。貴殿らコルッカ教は何を求めている」

「ハハハ。そうですね。アンクラムが街としての体裁が保てなくなっている現状を考えまして、率直に言わせていただきます」


 ちょっと待て、衝突したとは聞いている。それだけの事で、街としての機能がなくなっているのか?


「あぁそうだな」

「ご存知だとは思いますが、獣人族の街ですが、そこの代表が、前ミュルダ領主なのです。それで不思議なのは、息子は獣人族の街に行っていない。二人の孫の姿は、街で見かけるという事です。アンクラムは、ミュルダを異端認定してしまったために、食料が行き渡らななくなってしまったようです」

「あぁそれで?」


 ミュルダの冒険者たちが、俺の所にレベル7回復を求めてきたので知っている。

 ミュルダ老の息子は、アトフィア教の信者だ。それもかなり熱心だったと聞いている。老から見たら、孫になるが二人のうちのどちらか、多分孫娘なのだろうが、レベル7回復を必要とする病に侵されていた。それが、数ヶ月前から、屋敷の外に出て、街中で目撃されたりしている。


 アンクラムは墓穴をほったのだ。この辺りの食料は、ダンジョンから魔物の肉を確保するか、ブルーフォレストに入って恵みを奪うか、ミュルダから穀物を買うしか無い。


「レベル7回復」


 司祭様がぼそっと言葉を発した。


「え?」

「ミュルダが、貴殿たちが持っている、レベル7回復を求めていたのは間違いないようですな」

「・・・隠してもしょうがないようだな。確かに、何度か交換の交渉を持ちかけられた。断ったがな」

「えぇレベル7回復ですが、もう必要なさそうですよ。ミュルダ前領主の孫娘は、元気にしているそうですからね」

「・・・そうか、どうやって・・・司祭様は、その確認にいらっしゃったのですか?」

「いえ・・・まぁ確かに、それも有ったのですがね。ミュルダというよりも、獣人街がダンジョンを抑えたのかも知れませんね」

「なっそれは・・・」

「どうされましたか?」

「なんでもない」

「そうですか、解りました。我ら、コルッカ教は、本日を持って、サラトガの教会規模を縮小します」

「待て!どういう事だ!規模縮小とは?」

「言葉通りですよ?ダンジョンも入る必要が無くなりそうですし、今後この辺りの中心は、間違いなくミュルダになるでしょう。彼らも、我らを快く迎え入れてくれていますからね」

「待て!今まで散々優遇したではないか?」

「そうでしたか?我らが、ミュルダに教会を作ろうとした時に、不思議とその場所近くに、アトフィア教の関連施設が出来上がったのですが、我らが調べないとでも思いましたか?あぁ治療ができる司祭を1人置いておきます。冒険者たちもミュルダに移動し始めているようですし、それほど多くの人材は必要ないと判断しました」

「なっ!」

「商人たちも、移動を開始したようですよ?ご存知だとは思いますけどね」


 どのくらいそうしていたのだろう。

 目の前には、空になったカップと、司祭が座っていたソファーがある。


 確かに、ミュルダの情報は掴んでいた。アンクラムに関しても、商人を通じて情報はある程度入ってきていた。

 出した指示は間違っていない。


 どこで間違えた?


 獣人街ができたと報告が来た時に、無視したのがダメだったのか?

 ミュルダの冒険者ギルドから、ダンジョンに・・・ブルーフォレストに入られなくなった事を聞いた時に、今まで利益を独占してきたのに、”困ったら領主頼み”かと突っぱねたのが悪かったのか?

 街のために、ミュルダに教会ができる事を阻止したのがダメだったのか?

 獣人街から商人派遣の要請が来た時に、笑い飛ばして利益にならないと拒絶したのが悪かったのか?


「領主様!」


 執事が応接室に駆け込んできた。こんな事をする者ではない。


「なんだ!」

「はっはい。申し訳ありません」

「いい。それで何が有った?」

「はい。冒険者ギルドからの報告なのですが・・・」

「だから、なんだ!」

「はい」


 執事は、息と整えるように、一端言葉を切った。


「はい。領主様。ダンジョンが、ダンジョンが攻略されました」

「なにぃぃぃ!それは確かなのか?今、ダンジョンは入られないのではないか?」

「はっはい。今朝ほど、ダンジョンの確認に向かった、ギルド所属の冒険者が、ダンジョンに入られるようになっているのを確認して、ダンジョンに入ったそうですが・・・」

「魔物が一匹も出てこなかったのだな」

「はい。それで、コルッカ教の者と、冒険者ギルドで確認に向かった所、ダンジョンの攻略が確認されたという事です」

「・・・わかった。下がって良い。あっ皆を集めてくれ」

「わかりました」


 執事が下がっていく。

 スキルカードはまだ大量に残っている。1年や2年でなくなったりはしないだろう。問題は、その先だ。

 ミュルダと違って、サラトガはブルーフォレストに接している。農耕ができる場所が限られている。ダンジョンの恵みが有ったから、サラトガはやってこれたのだ。希少な素材を求めて、商人が来る。その商人相手の商売が必要になってくる。そして、ダンジョンから持ち返ってくる、スキルカードや素材がサラトガを富ませていた。

 そして、コルッカ教の教会も、この辺りだと、サラトガにある教会が本殿の役割を持っていた。そのために、熱心な信者は多くはないが、それでも巡礼に訪れる者は存在していた。固有スキルに治療を持っている者をコルッカ教が提供してくれていたのも大きな理由だ。


 総てなくなるのか?


/*** カズト・ツクモ Side ***/


「なぁスーン。なんで、ミュルダや商業区に関する決裁までこっちに回ってくる?」

「それは、大主様が作られた、SAとPAに、小規模の教会を作る許可でございます」

「だから、それは、商業区で判断すればいいだろ?俺の許可は必要ないと思うのだけどな?」

「いえ、SAとPAと商業区と居住区と宿場区とダンジョンと洞窟は、総て大主様の物です」

「だから、それぞれの代表を作って移譲しただろう?」

「いえ、その件に関しては、総ての代表から”自分たちは代理であって、代表はツクモ様”なる返事が来ています」

「それも言っただろう。代理なら、決裁権を渡すから、好きにしてくれと・・・」

「族表会議からは、最終決裁者はツクモ様という上申が来ています。商業区と宿場区からも同じです」


 はぁ何を言ってもダメなヤツだな。


「なぁスーン。ここで、申請が来ている、コルッカ教は、獣人族だけじゃなくて、魔物にも寛大なのだろう?」


 コルッカ教は、最大の宗教。だが、内部は細かく細分化されている。

 例えていうのなら、神への祈りの方法を定義したり、感謝の表し方を定義している。いろんな神を崇める事を推奨している。崇める神ごとに、教典が存在している。唯一存在するコルッカ教の教えは、”他の信仰を否定しない”それだけなのだ。だから、コルッカ教と言っても、いろいろな派閥が存在している。”すべての物に、神が宿る。神に感謝しつつ生活しましょう”が基本的な考えだ。また、魔物にも神が居ると考えていて、必要以上に、魔物を悪と決めつけない。


 ダンジョンの研究も進んでいて、ダンジョン魔物とダンジョン外の魔物はしっかり区別している。

 ダンジョン魔物は、ダンジョンの中でしか生きられない物である事が解っているので、狩る事が推奨されている。


「はい。ハーフも人族として認めております」

「それならいいか?デメリットはなさそうだけど、メリットもないよな?」

「人族でも、コルッカ教の信者は多いです。その者たちへのアピールにはなろうかと思います」

「あぁそうか、宗教なんて、所詮そんなものだよな。わかった。カスパル=アラリコ・ミュルダ・メーリヒに許可を伝えておいてくれ」

「かしこまりました」


 他の決裁した書類を持って、スーンが部屋から出ていく。


「ライ!」

『なぁーに?』


 今日は、ライが俺のそばに居る日だ。

 俺は、少しだけ、本当に少しだけわがままな事を考えていた。


「カイとウミも近くに居るのか?」

『カイ兄もウミ姉も、洞窟で寝ているよ』

「ライ。悪いけど、二人を起こして、すぐに出られる状態になってもらっておいてくれ。それから、カイにお願いして、あの猫族の子に連絡して、鼠族から馬車を一台内緒で用意しておいてもらってくれ」

『わかった。でも、馬車は連結馬車?』

「普通の馬車で頼む。1番最初に作った奴がまだあるはずだろうからな」

『でも、あれだと、ヌラやヌルたちじゃないとひけないよ?』

「それもあったか・・・ライ。手配頼めるか?」

「うん!わかった!」


 黙って出かけるのもいいが、スーンくらいには一声かけておくほうがいいだろうな。

 黙って居なくなったら、絶対に、眷属たちを総動員して探し始めるだろうからな。


『スーン』

『はい。何でしょうか?』

『10日くらい、ログハウスを開けるがいいよな』

『かしこまりました。共回りはどういたしましょうか?』

『不要だ。俺と、カイとウミとライと、後、魔蟲を少しだけ連れて行く』

『大主様!』

『決定事項だ。今回は、俺とカイとウミとライだけで行く。ヌラとヌルから数体出させるが、それだけだ。それ以上は認めない』


 サラトガに行ってから、ここのダンジョン以外のダンジョンにも入ってみたかったのだよな。

 その後で、商業区を通って、アンクラムに行ってみよう。そのまま、ミュルダを通って返ってくればいいよな。


 距離的には、数週間だけど、移動時間は魔蟲達が頑張ってくれるから、一日程度って聞いているから、大丈夫だろう。

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