変態探偵とお嬢様助手の特別相談部
セザール
第1話 周船寺佳一という男
そこに在籍していると聞けば、老若男女問わず感嘆の声を上げるような、都内有数の名門校、私立神代学園高等学校は、東京都渋谷区の外れに位置する。
その神代高校に今年度から入学した、一年二組の学級委員である姪浜唯子は職員室へ向かうため、本校舎一階の廊下を歩いていた。その間、すれ違う生徒たちは、男女問わず無意識に彼女に目線を奪われる。
それほど、唯子は可憐な少女だった。肩にぎりぎりかかるくらいのブラウンの髪は、彼女の透き通るような白い肌と制服のブラウスを目立たせ、生まれつきの茶色い瞳と抜群のコントラストを見せている。
歩く時の美しい姿勢と佇まいも、お嬢様育ちさながらだ。しかし今、彼女の丸く大きな瞳には、温室育ちを感じさせない、意志の強さが見られた。
唯子は、目的地である職員室につき戸を叩くと、礼儀よく担任の武田に用があることを告げ、その方に向かう。
「武田先生、また例の事件が起きてしまいました。今度はうちのクラスです。うちのクラスはもう二度目です」
「またか……」
報告を聞いた武田は、肘をつき、憂鬱そうに顔を抑える。眉間に寄せられたしわは、五十も半ばに入った顔をより老けて見せた。
「先生、そろそろクラスのみんなも気味悪がっています。なんとか対処のほどを」
「ああ。職員同士でも検討して、随時学校全体で対策を行っていくつもりだ」
「先生! このあいだも同じことを」
「ああ。わかっとるわかっとる。だがな、俺らも忙しいんだ」
武田は顔を唯子から離すと、わざとらしく目を細めながら、今日の職員会議で使う資料に目を通した。
唯子はその姿を見て、心の中で激しい憤りを感じた。学校内、しかも自分のクラスの中でも起きた出来事なのに、なぜここまで無頓着でいられるのだろう。
武田だけでない。この学校の職員みんながそうだ。
この学校の職員たちは、学校の偏差値と知名度を上げることしか頭になく、生徒個人の悩みや、学業に関わらない事には、あまり熱意を見せようとしない。
そのくせ、自分のクラスの成績が悪いと、クラスでは生徒たちに檄をとばす。
やはりこれはクラスの学級委員である自分がなんとかしないとならない。責任感の強い唯子がそう決意をしたところで、武田が気だるそうに口を開いた。
「ああ。そうだ。姪浜、あそこで相談してみるといい」
「あそこで、というと?」
「お前はまだ一年だから知らんか。まあ大半の生徒が知らんだろうが……、特別棟の三階に、生徒特別相談室というのがある。そこにな、こういうことを専門的に解決する暇な奴がいるから、そこで相談するといい」
「そうですか、分かりました。お忙しい中、ご協力、大変ありがとうございました。それでは失礼いたします」
まるで他人事のように話す武田にまたも苛立ちを覚えた唯子は、強い口調で言い放ち、職員室を後にした。
まったく、なんて無責任なんだろう。
唯子はむしゃくしゃするあまり、職員室に来る時とはまるで正反対、怒りを発散するかのようにドシドシと廊下を進んだ。
そして、神代高校本校舎の4階にある文芸部の部室に顔を出す。
唯子は入学して間もない頃から文芸部に所属していた。特に文芸に興味があったわけではないが、新入生勧誘の際、先輩たちが皆優しく、和やかそうな雰囲気、というよりほぼお遊びのサークルのような場所だったため、特にやりたいことのなかった唯子は入部を決めた。
今、唯子が部室に入っても、5、6人程度の女子が机を囲んでお菓子を食べながらおしゃべりしているだけである。その中でここの部長である横川朋美が最初に声をかけた。
「あ、唯子」
「こんにちは、朋美先輩」
先輩である横川朋美や他の先輩、同級生たちに挨拶をすると、唯子は椅子に座り、他の部員と同じようにテーブルのお菓子をつまむ。
「そういえば、あの事件がまた起きたんです」
「ああ、最近一年の間ではやってるって言うやつ?」
「ええ。うちのクラスではもう二度目なんです。しかも先生に相談しても、適当なことばっかりで、本当に信じられないです!」
唯子は怒りを露にし、置かれているクッキーを口に入れるが、この、女だけしかいない空間でも、人前ということで上品な姿勢、丁寧な食べ方を貫くのは、やはり育ちのよさだろう。
「おしまいには、特別生徒なんとかってとこで、相談しろって言うんですよ、まるで他人ごとのように」
「まあここの教師は勉強以外のことは適当なやつばっかだからね。まあでも、あそこに行くってのはありかもしれないけど」
朋美の言葉に、唯子は視線を向ける。
「その特別なんとかっていうのですか?」
「そうそう、中にいるのは変人だけど」
「へ、変人?」
「ええ。変人。しかも変態でもあるわ」
「ここの職員の方なのですか?」
「ううん、ちがうちがう。ここの二年の生徒よ。私たちと同学年ね」
唯子は驚いた。相談室というから、てっきり専門のカウンセラーのような人物がいるのかと思っていた。
「なぜそのような方が、そんなところに?」
「あれも一応部活らしいわよ。特別相談部っていう、生徒から悩みを剃段されたり事件とかを解決するっていう。部員ひとりだけの。まあ友達がいないんでしょうね。あんな性格だから」
そう聞いて唯子は首をかしげる。
「ですが、部員はある程度人数が居ないと創部できないのでは?」
「それが謎なのよね。部費の振り分けもおかしいのよ。あそこだけなぜか他の部より部費を多く貰ってるのよ。大した活動なんかしてないくせに、それで他の部が反発したことがあるんだけど、見事無視されたわ。とにかく、気味の悪いとこよ」
「……な、なぜ私はそんなところに相談を勧められたんでしょう?」
「それは……あんなんでも、一応は有能だからよ」
そこまで話すと、他の部員たちも、興味を示したのか、話に入ってくる。
「ああ。いるねえそんな人。確か成績学年一位のひとでしょ? 首席で入学した」
「まあ頭がきれるのは間違いないけど、唯子」
そこまで言って横川はじーっと唯子の体を、上から下までなめるように見つめる。
「気をつけなさいよ。あいつ、女ったらしで有名だから。あんたなんか可愛いから、すぐ目つけられるわ」
「そ、そんな、私なんて」
唯子は謙遜するが、この部室にいる部員たちの中でも、明らかに唯子はそのルックスにおいて抜きんでていた。それによって女性陣から嫉妬の目に晒されそうなものだが、唯子の優しく、誰にでも配慮をくばるような人柄によって、女性陣の敵意の目にさらされることを、無自覚に妨げている。
「ああでもそれも有名ね。とんでもない変態だとか」
「前この学校で痴漢したことあるらしいわよ」
一度火が付くと、女子高生たちの楽しい噂話はなかなか終わらない。特別相談室の謎の部員の話で、彼女たちはしばらく持ちきりだった。
そこで出てくるワードは、「変態」「女好き」「性犯罪者予備軍」など、とても穏やかなものではなかったが、最後には決まって、しかし有能だという言葉がついた。
それらを耳にすることによって、唯子の中にその人物への興味が段々と湧いてきた。
おしゃべりが止まらない女子部員たちの喧騒の中、唯子は伏し目がちに、ずっと考え込むように黙っていると、決断を下したように、ぼそりと呟いた。
「わたし、その人の元へいってみようと思います」
その静かな一声で場は静まり返り、部員一同、目を見開いて、心配そうな声をかける。
「ちょっと唯子、話聞いてた? そんなことしたら貞操があぶないわよ?」
「そ、そんなおおげさな……。私、こう見えて意外と力はあるんです。いざ襲ってきたら、返り討ちにしてやります」
そう言って唯子はブレザーをまくり、白く細い腕を曲げ、精一杯に力こぶを作った。
「そ、それじゃ」
ぽかんと口を開く部員たちを尻目に、唯子は逃げるように部室を出て、駆け足で特別棟へと向かう。その途中、唯子は例のその人物について考えていた。
彼女たちは散々な事を言っていたが、唯子は全てを真に受けたわけではない。
女子という生き物は皆、生まれながらにして噂というものが大好きなのだ。今までずっと女子高で育ってきた唯子は、誰よりもその事を熟知していた。
そして噂とは大抵、人づてに渡る過程で面白おかしく脚色され、真実から遠ざかる傾向にある。だから唯子は、決して人から聞いた伝聞、噂だけでは、人を判断しないようにしていた。
……とは言うものの、いざその特別相談室の前に来た時には、さすがに体が少し強張った。
確かに、敷地の離れにある特別棟の三階にその部屋はあった。しかし特別棟の教室で授業に使われるのはほとんど一、二階だけなので、今まで自分が知らなかったのも無理はない。
「変態」「性犯罪者予備軍」
決して伝聞から得た情報だけで人を判断してはならないと、唯子は改めて自分に言い聞かせるが、どうしてもそれらのワードが、これから会う人物のイメージを象ってしまう。
……世にも恐ろしい、悪魔のような顔。全身から妖気が漂い、長い舌は天井まで届くほど。まるで妖怪や悪魔のような風貌が、唯子の脳裏を離れない。
しかもただでさえ唯子は、生まれてからずっと女子高で生きてきたため、男性というものに慣れていない。高校も、当初は今まで育った私立女子中学校と一貫した女子高に進む予定だったのだが、このままずっとそうするわけにもいくまいと思い、共学であるここ神代高校へ進学したのだ。
それともう一つ、恋というものに憧れていたからというのは、親や友達には内緒だった。
しかしいざ共学に来てみたものの、未だに、男性との会話は得意でない。その容姿ゆえに、男子からは積極的に話しかけられるが、その度、唯子は逃げるように話を終わらせ、同性の友人の元へ逃げる癖があった。これでは本末転倒である。
こんなんじゃだめよ唯子。変わらなきゃ。いつまでたっても未熟なままだわ。
そう自分を奮い立たせ、なんとか喉から声をだし、戸を叩いた。
「し、失礼します」
「どうぞ」
瞬時に中から返事が返ってきたため、驚いた唯子の体は跳ねあがる。中からの声は低く、どこか大人びた声で、気品さえも感じた。
おそるおそる、唯子は扉を開ける。
「――――」
思わず、呼吸が止まった。
入るとまず目立つのは、この部屋の豪華さだった。部屋の中央に、漆塗りの長いテーブルと、座り心地のよさそうなソファが二つ、テーブルを挟むように置かれている。その奥には、まるで、大企業の社長室に置かれていそうな、高級感漂う光沢のある黒いデスクと、その手前には茶革のエレガントな椅子があった。そしてデスクの上にあるのはおそらく最新式のパソコン。壁際にある棚の上にはコーヒーメーカーまであり、本当に社長室のようだった。
しかしこの空間を気高く見せている最たるものは、その高級感漂う革椅子に、ゆったりと腰を下ろしている人物であることは、唯子の目にも明らかだった。
太い眉の下にある、唯子と変わらないくらい大きく、茶色い瞳。その二つの瞳の中間に線を描くような、真っすぐ通った鼻筋は高い。その彫りの深い顔立ちは、凛々しく勇猛な西洋人を思わせた。
そして後ろの窓から注ぐ陽の光がよりいっそう、彼をどこか高貴な存在に見せていた。
彼は今、肘をつきながら、優しく、しかし獲物を射止めるような凛とした目つきをもって、唯子を見つめていた。その瞳の深層に、唯子は吸い込まれるような錯覚すら覚える。
「なにか御用ですか? お嬢さん」
声を掛けられ、はっと唯子は我に返る。
「と、突然の来訪、申し訳ありません。こ、こちらは、特別生徒相談部というところでお間違いないでしょうか?」
緊張気味の唯子が恭しく訪ねると、その人物はにこやかに笑って答える。
「ええ、そうですよ。何かご相談ですか?」
「は、はい。そうなんですが、え、ええと、こちらの部員の方は?」
「はは。今目の前にいる僕です」
「は、はあ。そうですよね。ところで、こちらの部員の方は?」
「ですから、僕ですが」
「……え! あ、あなたが?」
唯子は思わず目を丸め、大きな声を挙げて驚いた。それほどまでに、目の前にいる人物の風貌は、先ほどまで自分がイメージしていたものと、かけ離れていた。
「そうです。周船寺(すせんじ)佳一と申します」
「す、すいません。失礼しました。わ、私は姪浜唯子と申します。本日はご相談があってまいりました」
失礼を詫びるのも兼ねて、深々と唯子は頭を下げた。
「なるほど分かりました。ではまあとりあえずそちらにおかけになってください」
そう言って周船寺は手のひらを、片側のソファに向ける。
「少々お待ちくださいね。ただいまコーヒーを入れますから。しかし僕も実に用意の悪い男です。こんなにも麗しいご令嬢が来ると分かっていたら、おいしいケーキでも用意したのですが」
周船寺はそう言うと、棚からカップを取り出しコーヒーメーカーのボタンを押した。
「い、いえ! そんなお構いなく! こちらこそ突然……」
唯子は今、この部屋に入る前とはまるで違った種類の緊張を覚えていた。噂を鵜呑みにしてはいけないと自分に言い聞かせていたとはいえ、どうしても頭に浮かんだ人物像とはあまりにもかけ離れすぎていた。眉目秀麗を絵にかいたような凛々しい風貌に加え、この紳士のようなもてなし。これがいったい何をどうしたら、あんな酷い噂が流れてしまうのだろう! 帰ったら絶対に先輩たちの誤解を解かねばならない。
……そして唯子は今、生まれて初めて、異性に対し、無意識にも胸をときめかせていた。
この気持ちは何だろうと、唯子が自問自答していると、周船寺はコーヒー二人分をテーブルに置き、反対側のソファに座った。
「それじゃあ、本題に入りましょう。ご相談というのは?」
「え、ええ。周船寺さんもご存じかもしれませんが、今一年生のクラスの間で頻発しているあの事件の事です」
周船寺は眉を寄せる。
「そんなものがあるんですか?」
「え? ご存じないんですか」
「ええ、申し訳ない。なにせ、授業以外は大抵ここにいるもので、世間のことは耳に入らないのです。できればご説明願いたいのですが」
周船寺は申し訳なさそうな顔でそう語った。
「わかりました。先月の後半あたりからでしょうか。女子生徒の財布が盗まれる事件が何件か続いて発生したのです。正確に言うと、今もまだ続いていて、つい先日も、私のクラスで女子生徒が被害にあいました」
「ほう……」
気のせいだろうか。周船寺の顔から、少し落胆の色が見えたような気がした。
「要するに窃盗事件ですか……」
言葉にも、先ほどまでの気力がないように思われる。
「それが、ただの窃盗ではないのです」
「……と、言いますと?」
「お金は盗まれなかったんです。カードとかもです」
「……? 中身は全部放り出して、財布そのものだけを盗んだという事ですか?」
「いいえ、違うんです」
周船寺がその言葉の続きを促す。先ほどの落胆が消え、どこか興味を持った様子だった。
「盗まれた翌日に、帰ってくるんです。そっくりそのまま。一円も盗まれずに」
そう聞いた途端、周船寺の瞳に、鋭い光が戻った。
「ほう! それはなかなか面白い!」
「お、面白くなんかありません! みんな不気味に思っているんです」
「おっと失敬。それもそうですね。なるほど。なるほど」
周船寺は一人でうんうんとうなづいているが、何に興味を示し、何に納得しているのか、唯子には見当もつかない。
「では姪浜さん、ご起立ください」
「え? ど、どうしてです」 周船寺の突然の言葉に、唯子は戸惑う。
「もちろん事件解決のためです。被害者の方々はあなたと同い年の女子生徒だったのでしょう? 僕は一年の女子がどういうあれなのかを知りませんからね。それを知ることが調査の第一歩です」
「は、はあ」
「あれ」とは何なのだろうか。それ以外にも意味不明な点は多かったが、唯子は言われた通り、その場で立ち上がった。
すると周船寺も立ち上がり、唯子の体をまじまじと、手に顎を当てて、まるで骨董品の鑑定でもするかのように見つめ、時折、ふむふむと頷いては、ほうと感嘆の声を漏らした。
その目線に唯子は緊張し、体が硬くなっていた。
「あ、あの、これにいったいなんの意味が……」
「調査に大事なことなんです。まあそう緊張なさらずに」
そう言って周船寺は視線を唯子の体に固定したまま、唯子の背後に回った。唯子は顔を少し横に向けて後ろを確認しようとするが、周船寺の動きが見えない。
「では後ろからちょいと失敬」
瞬間、胸に違和感を覚えた。何者かに鷲掴みされているような感触だった。それも当然、胸元を見ると、後ろから忍び寄る両の手に、両の胸を鷲掴みされていたのだから。
「ひゃあ!」
唯子は思わず、素っ頓狂な声を挙げながら、その手を払う。その瞬間、今度は尻をいやらしく撫でられるような感触を覚え、またも、甲高い悲鳴を上げてしまう。
体を逃がした後、後ろを振り向き、周船寺の方を見ると、難しい数式でも解くかのように、腕を組みながら、相変わらず凛々しい顔つきで、ふーむと唸っていた。
「な、なにするんですか!?」
「え、言ったでしょう。調査の一環です。まあ診断のようなものですな」
さも当然のような口ぶりの周船寺とは対照的に、唯子は未だ、顔を真っ赤にして、動揺していた。
「あなたは細くて健康的な体をしてらっしゃいますが、ちょっと胸のボリュームが物足りないと言ったところでしょうかね。まあまだ一年ですし、伸びしろは十分あります。まだ悲観することはない。お尻の方ですが、これは素晴らしい。文句のつけようがない実にいい尻です!」
小さく拍手をしながら、にこやかな顔の周船寺に唯子は大口を開ける。
「ふ、ふざけないでください! 何が調査の一環ですか! これはただのセクハラです!」
「ま、まあ落ち着いて」
変態、性犯罪者、部室で聞いた先輩たちの証言が、唯子の頭にフラッシュバックする。
「やっぱり噂は本当だったんだわ。紳士のようなふりをして、やっぱりただの変態だったんですね! 私、もう、お嫁にいけないわ……」
唯子は半泣きになりながら、その場に肩を落とす。周船寺はその唯子を慰めようとしたのか、彼女の肩に手を伸ばす。
「触らないでください!」
その手を唯子が力強く振り払うと、小さく「ちっ」と舌打ちをする音が聞こえた。
「え?」
その方を見ると、先ほどまでの紳士的な顔つきはもう消え、不満を露にした無骨な表情があった。
「……全く、やれセクハラだの痴漢だの、ちょいと触ったくらいでぴゃあぴゃあとすぐ騒ぐ」
「な……」
「しかもたいした胸でもなかったし……」
唯子は悟った。これが周船寺という男の、この学校で悪評立ち込める男の正体なのだと、あの紳士的な態度はただ羊の皮を被っていただけなのだと。
やはり、先輩たちの言っていたことは本当だったんだ……。
……もし、もし先輩たちから事前にこの人のことを聞いていなかったら、先ほども上手く丸め込まれて、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
「さ、最低な人ですね。このことは、先生たちにも言って、必ず問題にしてもらいます。私は泣き寝入りなんて、絶対にしませんから!」
「はあ。だがそうなると、その奇怪な窃盗事件。これからも続くでしょうな」
「あなたのセクハラと窃盗事件と……なんの関係があるって言うんですか?」
「僕が解決して犯人を特定するからですよ」
「あ、あなたのような方に解決できるわけがありません!」
周船寺はにやりと、笑みを見せる。
「じゃあ賭けませんか?」
「え?」
「僕がこの事件を解決できなかったら、どうぞ、先生だろうが警察だろうがFBIだろうが、お好きなところに突き出してください」
その自信に満ち溢れた発言に、唯子は腕を組み、目を細める。
「……まあ、そういうのもいいですね。どうせあなたのような方に解決なんて、できるはずないでしょうけど」
「ほう。そうですか! では僕がちゃんと解決し、犯人を突き止めた場合は、それなりの対価をもらいますよ」
「た……対価?」
「まあ大したことじゃありません。先ほどの続きをさせてもらうだけです」
その言葉で唯子はまた、あの感触を思い出し、体が強張るのを感じた。しかし、先ほどあそこまで言った以上、引くに引けなかった。唯子は生まれつき、負けず嫌いなのだ。
「い、いいでしょう。煮るなり焼くなり、お好きにして構いません」
「ほうほう! 煮るなり焼くなりね! いやあこれはがぜんやる気がわいてきたな! さあさ早速、調査に取り掛かかろうか」
もしかしたら、と不安が頭をよぎったが、どうせこんな人に解決なんてできるわけない。唯子は必死にそう言い聞かせた。
続く
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