第15話

「石田、傘ないのか? コンビニまで走るつもりか。なら、入って行けよ」と友人が傘を差しながら呼んでくれた。

「ああ、いいよ。すぐ着くし」

「ずぶ濡れになるぞ」

「平気」

「そこまで頑固なら、あと10分くらい様子見て走れよ。一旦、治まるかもしれないから」

友人が手を振って先に帰った。

そうだな、少し様子を見るか。いくら何でも、ローファーで走るのは無茶だよな。濡れる。昇降口でしばらく、ぼんやりだ。雨の勢いが治まりますように。


あれ、LINEの着信か?

さっきの友人かな。何だろう。


『5分待て』

友人、じゃない。あれれ、ナギさん? この猫の名前のアカウントはそうだよな?

シンガプーラが猫の名前で、人気のある小型種なのは検索して分かった。ナギさんぽい感じがしたけど、自らそれを名乗るなんて、もしかして自覚アリ?

自分の容姿に無頓着じゃなかったりして。だったら聞き流されているだけかと肩を落としたものだが。


「おまえな、傘を持てと言っただろう」

え。

スマホから目を反らすと、あの大きな傘を差してナギさんが立っていた。革靴が濡れてる。髪の毛が湿ってる。傘の石突から雫が点々と落ちて足元に小さな水たまりを作っている。

「忘れ物して戻ったら、広軌の傘が置いたままだったから。仕事切り上げて迎えに来た」

はあ、とため息をつかれてしまった。

「こんな凡ミスしていてどうするんだ。進学希望者」

「すみません」

「まあ、俺も忘れ物したから広軌の事を言えないけど」

ナギさんが傘の柄を持ちながら、オレに「持て」と言う。

「この傘なら、2人入れる。広軌の方が背が高いんだから持てよ」


あなた、本当に隙がありすぎます。脇が甘いんですよ。

このまま飛びついたらどうするんだ。


「早く帰るぞ。タクシー待たせてるから」

駅に近いから車は持たないって話してくれたな。でも、それって妹さんに車を買ってあげたからでしょ。結婚祝いにそれだけ出すなんて、どれだけ愛情深いんだよ。

「ぐずぐずしない。帰ったら温かいコーヒーでも入れるから。ああ、何か甘いものでも作ろうか?広軌は何が食べたい?」

あなた、人に愛情注ぎ過ぎだ。自分より他人を優先するなんて、あなたが誰より苦労して傷ついて来たか、カフェで自分から話したぞ。精神を守る防御本能って、オレをかばいながら。

隠してるつもりかもしれないけど、誰よりも傷ついてるのは、あなたですよね。

同じ苦労をさせたくないからオレを甘やかすと決めたんですよね? 

やさしさと強さが、見ていられない。あなたこそ誰かに甘えたらいいのに。


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