第8話

最近、ずいぶんと体が大きくなったような気がするんだ。

特にお腹なんかすごい立派になったんだよ。

これでボクも大人の仲間入りかな?


……え?

それは単に太ってるだけ?

なーんだ。


でも、ボク知ってるんだよ。

引っ越しのときは痩せちゃうから、少し余裕持たなきゃダメだって。

ここに引っ越して来たときも、少しだけど痩せちゃったんだ。

だから知ってるんだよ。


……ということはだよ。

ボク、また引っ越しなのかな?

卒業が近いのかな?


ここではずいぶんと勉強したよ。

おかげで体も大きくなったし、人間のしたいこともわかってきた。

ボクが行く競馬場ってところはどんなところなんだろう。

目の前を通りかかったわかめに聞いてみる。


……わかめ、ボクをチラッと見ただけで行っちゃった。

わかるわけないか。今度お兄さんに聞いてみよう。


そんな事を考えてたら、お兄さんがやってきた。

ボクが言おうとする前に、お兄さんこう言ったんだ。

「ミツ、入厩が決まったよ!」って。

入厩?

卒業のことみたい。

良かった。ボク、卒業出来るんだね。


その日の夜。

ボクの部屋の前はとっても賑やか。

まぶしいおじさんやお姉さんやお兄さん、そしてボクがここに来る前に一度会った人もいて、みんなでワイワイやってる。

ボクの卒業祝いなんだって。

みんななにか食べたり飲んだりしてて、楽しそうだね。

ボクの分は何もないのかなあ。

寝藁の牧草食べてるけど、たまには違うのも食べてみたいよ。


あれ?

お姉さんがお花を持ってきてくれたよ。

食べていいのかな?

一口もらっちゃおう。

みんなうれしそうだね。なんだかボクもうれしいよ。


次の日。

迎えに来た車に乗り込んだ。

みんなが見送ってくれて、ちょっとだけ泣きそうになっちゃったよ。

しばらく乗ってたら、別なところから何頭か他の馬が乗ってきた。

彼らは別のとこに行くんだけど、途中まで一緒なんだって。

なので、みんなで話しながら行くことにしたよ。


ご飯はどうだったとか、勉強はどうだとか。

よその育成場の話が聞けて楽しい。

ボクも自分のとこはこうだったよーって話をしたんだ。

大きな坂道のことを話したら、みんなびっくりしたような顔をしてた。

他にはないのかな?


ずいぶん長いこと車に乗ってる。外は真っ暗。

もう話すこともなくなって、みんな黙ってる。

ボクも寝ようかと思うんだけど、車の中って揺れるからあんまり寝られない。

じっとしてるよりないかなあ……。


やばい、さっきご飯の話してたからお腹空いて来ちゃったよ。

牧草はあるけど、桶のご飯が食べたいなあ。

向こうに着いたらご飯あるのかな?


育成場のみんなどうしてるかなぁ。

お兄さんやお姉さんはどうしてるかなぁ。

顔見たいなぁ……。


一緒に乗ってた仔たちが降りて、車が動き出した。

ここからは近いって聞いたけど、まだまだかかるんだね。

そろそろ走りたいなぁ。

いや、思いっきりゴロンって横になりたいや。

ずっと立ってるからね。


車が止まって、扉が開いた。

やっと着いたみたい。すっかり朝になっちゃってるよ。

なんか、建物がいっぱいあるね。畑に出来るようなとこあるのかな?

地面も固いし、なんだか今までいたところとは全然違ってて、ちょっとびっくり。

遠くで車の音がずっと聞こえてるのも、今までなかったよ。

すごいとこに来ちゃったみたいだ。


でも、ここが競馬場ってとこなんだね。

ボクが走る場所。

頑張って兄ちゃんみたいな競走馬になるからね。

じゃあ、ご飯が来たからまたね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る