第3話 作戦会議

 高くなった日射しに暖められ、次第に空気が熱を帯びていく。ただ立っているだけなのに、汗が吹き出してくる。それでも街中よりはまだましだと思えるのは、日射しをいくぶんか遮ってくれる木々の葉や時折そよぐ風のおかげだろう。


 川のせせらぎと時折聞こえる小鳥のさえずりが、溜まったストレスを洗い流してくれるようである。


 魚が釣れれば言うことなしなのだが、どうしたことか、まったく釣れなくなってしまった。それどころか、アタリさえない。


 ルアーの色や種類を変えたり、誘い方を変えたりしてみたが、それでもやっぱりだめだった。


 何がだめなのだろうと悩みながらリールを巻いていると、ふいに空腹を感じた。釣りをしている時は、空腹を感じることはめったにないのだが。それだけ、集中力がなくなっているのだろう。


 晴人の方は釣れているのだろうかと視線を向けるが、やはり釣れていないようだ。


「晴人、昼飯にしようぜ」


 真守が声をかけると、晴人は少し驚いた表情を見せたが素直にうなずいた。どうやら、そこまで時間が経っているとは思っていなかったらしい。


 ふたりは荷物置き場の切り株に腰をおろし、クーラーボックスから飲み物とコンビニで買ったおにぎりを取り出した。


 十分に冷えている緑茶をのどに流し込む。その冷たさは、ほてった体には心地よかった。


「……なあ、真守。ここって、こんなに釣れなくなることあるの?」


 おにぎりを半分くらい食べた後、晴人が真守に尋ねた。


「いいや。大抵、ルアーを変えれば2、3本は上がるんだけど……」


 こんなことは初めてだとばかりに、真守も首をひねる。


 魚の活性が落ちているのだろうか? それとも、魚がスレた――警戒心が強くなり、ルアーに興味を示さなくなってしまったのか。いくら考えてみても、釣れなくなった理由や原因はまったくわからなかった。


 ふたりが、答えの出ない謎に頭を悩ませていると、大きなバケツを手にした男性がやってきた。どうやら、放流の時間らしい。


 この釣り堀では、昼時に1回、魚の放流を行っているのである。


「お兄さん!」


 2個目のおにぎりを食べ終えた真守は、放流を終えて戻ろうとする男性に駆け寄った。


「やあ、真守君。今日は友達といっしょなんだね」


 真守はうなずくと、


「魚が全っ然釣れなくなったんだけど……」


「たぶん、魚がスレたんじゃないかな。そういう時は、底近くを狙ってみるといいかもね」


「そうなんだ、ありがとう!」


 そう言って、晴人のもとに戻ろうとした真守は、何かを思い出したように男性に向き直った。


「あのさ、『ぬし』ってもう誰かに釣られた?」


「いや、まだだと思うよ。お客さんを翻弄してるって話は、よく聞くけどね」


「ありがとう!」


 真守は、もう一度礼を言って晴人のもとに戻った。


 男性からの情報を晴人に伝える。先程まで悩んでいたのがうそのように、真守の表情は明るいものに変わっていた。


「じゃあ、もっと沈めれば釣れるかも?」


 晴人も期待を寄せる。


「ああ。それと、スローリトリーブのがいいかもな」


 スローリトリーブとは、リールをゆっくりと巻きルアーをゆっくりと泳がせることだ。ルアーを弱った魚に見立てて、大物を誘い出そうという作戦である。


「そう言えば、『ぬし』の話は聞いたの?」


 晴人が尋ねると、真守はニカッと笑ってうなずいた。


「まだ釣られてないって」


「それならよかった。……じゃあ、どっちが先に釣り上げるか、勝負しようよ」


 晴人が珍しく、勝負を持ちかけてきた。その瞳には、釣り上げる魚のサイズアップを狙いたいという密かな野望が見てとれた。


「望むところだ!」


 負けず嫌いな真守は、即座に承諾する。もともと、本日の真守のターゲットは『ぬし』だったが、勝負になったことで俄然がぜんやる気が出てきた。


 どんなルールにしようかと、ふたりは少し考える。ああでもない、こうでもないと話し合った結果、『使うルアーは1種類だけ』というとてもシンプルなものになった。もちろん、ふたりとも同じ種類を使う前提である。


「じゃあ、今からスタートな!」


 この真守の一言で、『ぬし』釣り勝負の火ぶたが切って落とされた。

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