ever...

カゲトモ

1ページ

「なんでそんな事を言うのよっ」

 金曜の夜。いつもなら客席は埋まっていることが多い筈なのに、今夜はそれが嘘のように静かだった。夏季休暇の前日だからか、それともこうなることが分かっていたからか。金曜はバイトに来てくれる斉藤君も、今日は偶然休みになっていた。

 店内には一人の女と二人の男。俺と蘭子さんと、それから浩太郎さんだった。

「やめなよ蘭子、お店の中でそんな大声を出して」

「出してないわよ」

 勢いで立ち上がった蘭子さんをなだめるように浩太郎さんも立ち上がってその視界に入ろうとした。蘭子さんは俯いたまま答えていた。

「どうしたの、そんなに怒って」

「怒ってないわよ」

「怒ってるでしょ?」

 蘭子さんの視線に合わせて顔を傾ける浩太郎さん。それを避けるようにまた顔を背ける。

 蘭子さんの言葉にはトゲがあって、それからその言葉は裏腹だった。第三者の俺でも蘭子さんが怒っていることは分かるし、浩太郎さんが怒らせたってことも分かる。

「オレの言い方に怒ったの?」

「だから怒ってないって言ってるでしょ」

「・・・そうやって目を合わせない時は蘭子が怒っている時だろ」

 そう言った後に吐いた息には、呆れたような空気が混じっているように思えた。顔は見えないのに、蘭子さんの眉間がグッと寄せられたような気がした。

 少しの沈黙。それを破ったのは浩太郎さんだった。

「蘭子」

「っ。もういいっ」

 肩に伸ばした腕は払い除けられ虚しく空気を切った。その時に見せた蘭子さんの顔は明らかに――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る