第2話 神獣と呼ばれし者
コレットも、エリアルも、そして、アスカ本人すらも凍り付いた時間の中、最初に動いたのは恐らく最もショックが少なかったであろうアスカだった。
「トカゲが映っとるぞ」
『それを見てトカゲと言うあたり、やっぱりアンタは異世界人だわね』
呆れたように言うエリアルに対して、どういうことだろうかと、首を傾げるアスカ。そんなアスカに、コレットが恐る恐ると言った様子で声をかけてくる。
「あの……神様でいらっしゃいますか?」
「記憶喪失の身分だが、んなわけないと思う」
自分自身が誰かも分からないような状況だが、「俺が神だ―――ッ!!」と宣言できるほどの勇気はない。というか、それを言い始めたらいよいよオカシイ人である。
一人だけ状況が理解できていないアスカの前に、エリアルが腰を下ろす。
『コレット、魔力を感知できるモノ……そうさね、インフェリオリスを持って来ちゃくれないかい? 純正のクリスタルに比べて劣るが、アレの方が魔力閾値はより大きいさね』
「う、うん!」
どたばたと部屋の奥に行って、ガチャガチャとし始めるコレット。そんなコレットを背に、エリアルが小さく吐息をついて、静かに、アスカに意味を浸透させるように声を掛ける。
『そうさね、どこから話すか……まず、さっきの鏡に映ったものだが、アレはトカゲなんてもんじゃなく、ドラゴンさね』
「ドラゴン……だと? 待ってくれ、俺の真の姿を映したんだろ? なのに、なんでドラゴンなんてケッタイなもんが映るんだ?」
『それがアンタの真の姿って事さね。まぁ、最後まで聞きな』
そう言って、アスカの言葉を遮って、エリアルは言葉を繋ぐ。
『この大陸……ルーフェニアで信仰されているのはドラグニア教と言ってね。この世界を守護していたドラゴンを神として崇め奉るというものなのさ』
「一神教ってやつか?」
『正確に言えば、レッド、ホワイト、ブラックの三柱だが、これを合わせて一柱とする考えもあるさね……少し話が逸れたね。ま、そんなこんなで、この大陸ではドラゴンはイコールで神と考えられている。コレットがアスカのことを神様と呼んだのはそういうことさね』
「……少なくとも、俺は自分がドラゴンだった覚えはないがな」
『記憶喪失なんだろう? 自信を持って言えるかい?』
「………………」
鋭い眼光をもって言うエリアルに、アスカは口を噤まざるを得ない。自分自身が何なのか……それは、アスカ自身が一番よく分かっていないのだから
と、その時丁度、部屋の奥で「あったー!」と声が上がった。パタパタとやって来たコレットの手には、白く濁った鉱石が握られている。
『それを、力を込めて握ってみな』
「……? 分かった」
本当はよく分かっていないが、とりあえず、エリアルの言うことに従うことにする。
アスカはコレットから受け取った鉱石を、力いっぱい握りしめた……その瞬間だった。
まるで、そこにもう一つの太陽が生まれたかのように、鉱石が眩い光を放ち――そして、甲高い音を立てて弾け飛んだ。
『ほぅ』
「きゃー!! アトリエ一ヶ月分の稼ぎが一瞬でー!?」
なんか妙に切実な悲鳴が聞こえてくるが、それは無視してアスカは自分の手のひらを見下ろした。その手の中に残っている鉱石の欠片は、先ほどとは異なって透明に澄んでいる。
意見を聞きたくて顔を上げれば、エリアルがアスカの顔を眺めていた。
『その鉱石はインフェリオリスと言ってね。魔力を鉱石の内に溜め込む性質があるんだが……あの大きさなら、魔力内包量は相当なものになる。それこそ、人間なら数年かかって魔力を注ぎ込んでもまだまだ空きがあるほどに』
「…………じゃあ、一瞬で爆散したのはどういう意味なんだ」
『そのままのことさね。アスカ……アンタが魔力を注ぎ込んだ瞬間、魔力内包量を突破して破裂したのさ。高位の幻獣ですらも無理な芸当さ。無論、アタシも無理だ』
それこそ、と言ってエリアルは視線を鋭くした。
『幻獣の上位存在……ドラゴンを代表とする神獣でもない限りね』
「…………俺は人間だ」
思っていた以上に切迫した声が出た。まるで、自分の正体が、化け物だと断じられたような気がしたのだ。そんなアスカに、エリアルは何か言おうと口を開き――
「ん、アスカさんが言うなら、そうなんだと思います!」
ニコッと――アスカとエリアルの間にあった緊迫した空気を払拭するような、向日葵の如く眩しい笑みを浮かべて、コレットが言う。打算も何もないその純粋な笑顔を前にして、アスカとエリアルは無意識に前のめりになっていたことに気が付いた。
ふぅ、とエリアルは肩で吐息をついて、軽く頭を振った。
『ま、ともかくアスカの真の姿がドラゴンか否かは置いておくとして……その身に宿した魔力は神獣並、ということは覚えておきな』
「知識の一つとして、頭の片隅に置いておくことにするさ」
可能であれば使わずに済む知識であってほしい。コレットからもらったパンを、今更ながらに齧りながら、アスカは渋い顔をする。
アスカが密かに懊悩する横で、コレットが自身の唇に人差し指を当てて考え込んでいる。
「でも、そんなに魔力があるなら錬金都市アルケミアに行けば、お仕事がたっぷりありますね。それこそ、選び放題だと思います」
『止めときな、止めときな。そんな桁外れの魔力を持っているんだ……実験動物にされるのがオチさね。そうでなくとも、あそこは奇人変人だらけなのに』
「あの、エリアル? 私、あそこの錬金術師学校の卒業生なんだけど……」
何とも複雑そうな表情で言うコレットを無視して、エリアルがアスカの方へと視線を向けてくる。
『ま、とりあえず今日は泊まって行きな。色々あって、考えがまとまらないだろう』
「良いのか?」
先ほどエリアル自身が、コレットに用心しろと言ったばかりである。
そんな当然の疑問を浮かべるアスカに、フッとエリアルは淡く笑みを浮かべる。
『それほどの魔力と力を持ってるなら、アンタがその気になればアタシもコレットも抵抗できずに消し飛ぶさね。無論、やるなら、こちらも全力で抵抗はさせてもらうけどね』
「待て待て、魔力があるとか言うが俺はその魔力の使い方も知らないんだぞ。そんな大量殺人犯みたいな言い方は止めてくれ、気が滅入る」
『それだけの魔力があるんだ……知るのではなく、感じな』
「一昔前の格闘マンガみたいなこと言ってくれるな」
渋い表情をしているアスカに尻尾を向け、エリアルはニヤッと牙を見せるような笑みを浮かべた。
『ま、後はコレットと相談して決めな。アタシはその子の決定を尊重するさね』
「アスカさん、今後の事は後で決めるとして……とりあえず、今日はここで休んで行ったらどうですか? 疲れているでしょう?」
アスカにとって都合が良すぎる提案。アスカは思わずコレットの顔を見返したものの、彼女は純粋無垢な笑顔を浮かべてアスカの返答を待っている。
言葉の裏を疑うこと自体が無粋とすら思えるような……そんな笑みだ。
「コレット……人によく騙されるだろ……」
「え、良く分かりますね?」
「分からいでか」
「あれー?」
「ともかく、今日はその厚意を素直に受け取っておくことにするよ。色々と整理したいことが多すぎる」
「はい、分かりました! 我が家だと思ってゆっくりしていってくださいね! あ、なら今晩は御馳走を用意しないといけませんね!」
嬉しそうにそう言って、さっそくコレットは台所の方へと走ってゆく。
こうして、アスカの異世界ルーフェニアの一日目はゆっくりと終ったのであった……。
ちなみにだが、コレットが作った夕食……汚泥のようなシチューは見た目同様に味もお察しであり、エリアルにもアスカにも大不評だったことをここに記しておく……。
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