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タチバナエレキ

「末っ子には不思議な力が備わる事が多いので上の者はきちんと面倒を見てやること」


私の父方の血筋にはそのような言い伝えがあるそうだ。

 曰く、昔は子供は長生きしなかったからこそ沢山産む事を良しとされた。しかし末っ子は両親が年を取ってから生を受けた子であるが故、特に体が弱い事が多かった。尚且つ両親も既に高齢であるが故に満足に育てる事が難しい家もあったのだという。そのため末の子は兄弟も協力し注意して育てる必要がある。その頃の名残ではないかという事だ。

元々父の血筋には昔から変わり者が多い、というのも紛れもない事実ではあるのだが。


父は四人兄弟の末っ子、そして私は三人兄妹の末っ子。

私はまさしく末っ子のエリートである。


父の一番上のお兄さんの長男、つまり私に取って一番上の従兄弟はとても年が離れている。隆之お兄ちゃんと呼ばれていて従兄弟の中ではやはり最も信頼されている。確か私とは十五歳位離れている。

隆之お兄ちゃんはまさに私とは真逆の「長男のエリート」であり、小さい頃から私のことをとても可愛がってくれた。

私には兄と姉がいて、こちらはこちらでそれなりに仲は良かった。子供の頃は喧嘩ばかりだったが、私が高校を卒業して就職する頃には皆大人になり喧嘩は大分減った。

その一方で隆之お兄ちゃんは会える機会が少ない割には確かに私を可愛がってくれていると思う。やはりそれは言い伝え通り「一番下の不思議な力を心配している」故の事だろう。


実際父方親族の中で「末っ子」に該当する人には不思議な人が多い。

それこそ隆之お兄ちゃんの弟は超難関の有名美大に一浪で入り、今はアメリカで活動している。

亡き祖父の一番下の妹、和枝さんは占い師だった。今はもう恍惚の人として老人ホームに住んでいるのだが、その一番下の息子さんは登山家となり遙か昔に山で亡くなったという。

父の二番目のお兄さんの所の従兄弟は二人姉妹で、お姉さんの方は堅実な看護婦だが妹の方はファッション関係の仕事をしている。

三番目のお兄さんのところの従兄弟は姉弟で、お姉さんはやはり役所関係のお堅い仕事をしているけれど弟の方はカメラマンとして世界を飛び回っている。今はインドにいるという。

四人兄弟の末っ子である私の父は仕事については至って真面目なサラリーマンである。しかし神社の娘である母と結婚したという事でやはり親戚の中では「ちょっと不思議ちゃん」というラベリングをされている。


そして私である。エリート末っ子である私である。


困った事に私は至って普通の子として育った。


少し料理が得意という理由で調理科のある高校を選び、卒業と同時に地元ではそれなりに有名なチェーン系のパン屋に就職する事が出来た。朝が早い立ち仕事で苦労はあるが、至って普通の生活を送っていた。

人並みに料理が得意なだけで、若くして有名ホテルの料理長に選ばれるとか、見知らぬ老人に声を掛けられ突然古い洋食店を継がされるとか、そういった面白い予定は今のところ全くない。

むしろ若くしてトントン拍子に出世コースに入った兄、好きなものを貫いて研究者になった姉の方にこそ不思議な力が備わっているのではないか、とすら思う事がある。

私はただ、大学に行く程勉強は好きではないが今時普通の高卒では将来的に職にあぶれると困る、だから高校の内に女でも働き口に困らない資格を取ってみよう、と思って調理科のある高校に進んだ。両親にせめて高校は出て欲しい、と言われていたから。

その選択について、とても合理的で現実的で堅実なお前らしくて良い、と両親も兄も姉も誉めてくれた。

調理科を選んだ主な理由は母が私に子供の頃から料理やお菓子作りを教えてくれていたからだ。

台所の仕事は得意だったし好きだったし、味覚だけは子供の頃から発達していた。ドレッシングを一口舐めただけでなんとなくどんな素材を使っているか、ラベルを見なくてもわかった。

母はいつも「あなたはお姉ちゃんより器用だから教え甲斐がある」と言っていたが、今思えば「仮に何か不思議な力が目覚めても料理が得意な女の子なら生きていくのにそうそう困ることは無いだろう」と古風に考えての事だったのだと思う。母は否定しているが、この話になるといつも目を白黒させるので多分図星に違いない。


そんな私がついに「不思議な力に目覚めてしまった時」の話をしようと思う。

パン屋に就職して初めての夏、もうすぐ十九才の誕生日を迎えようかという頃の話である。


申し遅れたが私は凪沙。中島凪沙。


子供の頃からお姫様になりたいとは思わず、むしろ森の中のピカピカのお城で働く人になりたいと思っていた。

そう、お姫様ではなくお姫様やお姫様の住むお城をピカピカにする人になりたい。お姫様のお付きの従者に感情移入する事が多かった。

そんな私は大人になり、見知らぬ沢山の誰かのためにパンを焼く人になった。幼い頃の夢が半分くらいは叶った、と思っている。

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