歪曲する街

でぃすさん

明晰夢

 夢を、見ていたような気がする。


 夢見心地という、身体のふわふわとしたこの浮ついた感覚が全体を包んでいて、それこそとても心地がいいと感じる。その心地よさに身を浸していれば、いつしか呼吸する苦しさを忘れて、永遠に眠れる程には、とても気持ちがいいものだった。 


 白い壁で閉ざされた無機質な部屋。隔離されていることを示すかのように、それはもう大きな白い壁が僕を四方で囲んでいる。


 現実感のない光景。吐き出す吐息は空間に消える。現実感がないからこそ、これは夢だと、理解することができた。


 いつの間にか僕は浮ついた感覚のままに、その空間の中を浮かんでいた。その浮きざまはとても心地が良いものだったが、浮き上がるたびに酸素を薄く感じて息苦しくなる。


 自覚している夢だ、自分の高さなんて、ものじゃないと思って沈むように夢を操作するけど、それは『設定』のように固定されて操作なんてままならなかった。

 

 ──息苦しさは、本当にそれが理由だろうか。高く浮ついた客観的に見た僕の中の誰かが問いかける。


 『下を見てみろよ』


 言われるがままに、夢の主の声に従う。


 俯くように下げた頭から見える景色は、それは美しい景色だった。


 天国というものがあるならば、こんな場所なんだろうと思えるくらいには美しい。大体の人が天国というものを想像したときに浮かび上がるであろう花畑のような景色が、そこにはあった。


 息が、詰まる。


 きっと、この息苦しさは浮遊した高さから来るものではないと理解することができた。


 息苦しさは、気まずさである。


 花畑の中では、少年と少女が走り回っている。追いかけっこをしているのか、それとも縦横無尽に走り抜けているだけだろうか。とにかく、その花畑を駆け回る姿が目に見えた。


 少年の顔はよく見えなかった。

露骨にモザイクをかけたように顔がよく見えない。おそらく、あれは僕だろうとそう思った。鏡をあまり見る習慣もないから自分の顔さえ覚束ない。自分をよく表している夢だと、そう思った。


 少女の顔に関しては、ひどく見覚えがあった。夢の中での彼女の顔は笑顔で飾られている。彼女が笑顔でいるほど、なおさら息苦しさを加速させた。


 夢というものは、記憶の整理だと誰かが言った。だとすれば。


 『この夢は、記憶の一部なのか?』


 夢の主は尋ねてくる。知らないよ、と一言返した。


 『これは自問自答?自問他答?他問自答?』


 知らないよ、と同じ答えを返した。もう、呼吸はできないでいた。

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