【短編】20XX-ボールゲーム

田中ビリー

【短編】20XX-ボールゲーム

「なにして遊ぶ?」

 八月を直前にした炎天、貨物列車は西から東へ叫びながら駆け抜けてゆく。

「ボールある? 大きいのでも小さいのでも?」

 カーリーヘアを刈り込んだ褐色の少年が問う。

「今日は両方あるよ」

 片袖がないTシャツを着た少年はその腕に一周のタトゥーが覗く、肌の色は灼けた黄色で伸ばした髪は編み込まれている。

「じゃあ行こうか。誰かいるだろ」


 生温い風が汗をかいた肌を滑る、ふたりの横をトラックが追い抜いてゆく。舗装が剥がれて割れた悪路、荷台が何度もバウンドする。

 だが何が落ちるでもなく、ひび割れ褪せたタイヤが空き缶を蹴飛ばしてゆく。


 ふたりはマーケットの前を過ぎた、割れたガラスはテープで補修されているがそのうえをさらに割られたらしい。もちろん店内は暗く人もいない。


「昨日は何か食べた?」

「トマトひとつ。君は?」

「鳥……たぶん。ハトかカラスか知らないけど。父ちゃんが獲ったんだ」

「……いいなあ……。肉なんていつ食べたかな」

「今度、父ちゃんに頼んでみるよ。ジェンにも食べさせたいって」

「ほんとに⁈ ありがとうトラウト」

 彼らにはファミリー・ネームがない。かつては誰もが持っていた、だが、いまはそれを持つのは旧世代のみになる。


「結構集まってるね」

 倒された鉄柵を軽々と飛び越えて、ふたりは空き地の中央へと歩いてゆく。真上からの太陽だった、影は足元で縮んでいる。

 陽炎。視界に小さな背中たちが揺れていた。


「サッカーとベースボール、どっちがいい?」

 子供たちの遊びは限定されていた、何をやるにも足りることはなく、そしていつも誰かがいない。その誰かは明日また会えるかもしれないが、もう二度と会わないかもしれない。

 彼らは「バイバイ」や「じゃあね」を言わない。わかれるときはいつも「またね」だ、それがあるとは限らないから、再会を言葉にする。



「ゴールは?」

 ひとりが尋ねる。

「じゃあ、あの窓。まだガラスが残ってる」

 人差し指の先には半壊した倉庫がある。

「バットは?」

 別の誰かが聞く。

「これでいいだろ」

 先端が鍵状に曲がったアルミニウムのパイプ。


「じゃ、どっちやるか決めるか」

 帽子を被った少年が手を開く、握っていたのは「100」と刻印された古いコインだった。

 弾かれたそれは回転しながら鈍い光をキラキラ跳ねる、そして砂の上に落下した。


「プレイボール!」

 誰かが叫んで痩せた背中の少年たちが散り散りに走り去る、それを陽が照らしていた。


 どこにでも見られた風景だ。ごくわずかな人々にとって遠い世界でしかなかった。

 そしてわずか先の未来において、その光景は世界のどこにでも見られることになる。


 過去と未来は現代を繋ぐ線なのだと、誰もがどこかで知っていたはずだ。

 そしてその日も青い空にボールが跳ねた。

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