第24話『魔族の血』
「なんだあれは!?」
一直線にこちらにめがけて突き進んでくる白い船影にフリックスが声を上げた。微妙な空気から開放された彩兼も調子を取り戻して笑みを浮かべる。
「あれが俺の船! 海洋調査船アリスリット号です!」
「なんという速さだ……あれが船だというのか!?」
「やっぱりニッポンのお船は速いね」
みるみるうちにアリスリット号。この世界の船ではありえない機動力に流石のフリックスも驚きを隠せない様子だ。
「アリス、ホバー航行に切り替えて上陸しろ」
『海岸全域に障害物多数。安全な上陸が出来ません』
パレットからアリスの返答が返ってくる。砂浜にいるリーパーの群れを障害物として認識しているのだ。
「排除しろ! イオンインパクトガン発射!」
『照準を進路上の障害物に指定。イオンインパクトガンを発射します』
彩兼が命じるとアリスリット号の左右に張り出した安定翼が開き、そこから2連装の砲口が現れる。
アリスは各種センサーによる情報と高度な判断能力によって、リーパーを生命体であると認識している。それでも構わず正確にリーパーに対して照準を定めるのは、アリスには所謂ロボット3原則のような枷が施されていないためだ。
そのためアリスは例え人が相手でも必要とあらば自己の判断で武器を使用する。
「危ないぞ、伏せてろ!」
「え!? なに!? きゃあ!」
ファルカの頭をかばうように抱く彩兼。突然の事に驚くファルカだったが、砂浜が突然爆発したかのような衝撃波に悲鳴を上げた。
それは砂浜に幾つものクレーターを作り出し、そこにいたリーパーを吹き飛ばしていく。
「これは魔法か!?」
流石にフリックスは驚きながらも無様な姿は見せなかった。どうやらそれを魔法によるものだと思ったらしい。
イオンインパクトガン。元素にまで分解した物質を再構成するシステム。M.r.c.sによって海水から水素を取り出した際の余剰イオンを電磁投射する、障害物除去用の装備だ。
射程が短く、装甲が施された艦船にはほぼ無力だが、至近距離ならば自動車を吹き飛ばすくらいの威力を持っている。
アリスリット号には両舷に合わせて4基が備え付けられており、その続けざまの射撃によって進路上のリーパーが駆逐されると、フロートを開きホバークラフトに変形したアリスリット号が、砂塵を巻き上げながら悠然と上陸を果たす。
「船が丘に上るとはな……」
「ニッポンのお船はすっごいね!」
「面妖な」
目を見開いてその光景を眺めているファルカとフリックス。
「さあ、2人共乗って!」
アリスリット号に駆け寄った彩兼は後部リアデッキから乗り込むように2人を促す。
『キャプテン彩兼、ミスファルカ、その他1名の乗船を確認』
「その他1名の乗船を許可する」
『キャプテン権限でその他1名の乗船が許可されました。ゲスト登録を行ってください』
「後だ!」
アリスの求めをとりあえず棚上げする彩兼。そのやり取りを見て怪訝な顔をみせたのはその他1名扱いされたフリックスだった。
「他に誰かいるのか?」
お約束の反応だったが、それに答えたのは既にそれを経験しているファルカだった。
「このお船は喋るんだよ。そうだよね? えっと、アリスさん?」
『イエス、ミスファルカ。はじめまして、お客様。ようこそアリスリット号へ』
「なんと奇っ怪な……」
「あなた方に比べたら全然大したことないですよ」
人魚、魔法、魔獣。この世界に当たり前のように存在する地球の科学では説明できない超常の数々。それに比べたらアリスリット号に使われているテクノロジーすら可愛いものだ。
「さあ、船を出します。しっかりつかまっていてください」
操縦席についた彩兼の操縦によってアリスリット号は180度旋回し、再び海へと出るとサクラとの待ち合わせ場所である港へむけて舵をきる。港に着くまでさして時間はかからなかった。
***
港ではサクラとマロリンが彩兼達の到着を待っていた。
マロリンの足元には体長2メートル以上のこと切れた熊が転がっているが、最上級といえる獲物がそこにあるにもかかわらず周囲にリーパーの姿はない。マロリンが現れたことでリーパー達は逃げて行ってしまったからだ。
そんなマロリンであっても、高速で近づいて来るアリスリット号の異様に驚いているようだ。
クーン……
マロリンも初めて出会う自分よりも速く巨大な存在に不安げな声を上げながら、サクラを守るように寄り添う。
「だ、大丈夫だよ、マロリン。ほら!」
白い船の上から人が手を降っている。ファルカだった。
「おーーい! サクラ先輩!」
操縦室上のハッチを開けてそこから手を振るファルカに、サクラが手を振り返す。
アリスリット号の速度を落とし、マロリンに近い桟橋へとバックで接舷する。
「まったく、器用なものだな」
既にリアデッキに出ていたフリックスが呆れたように呟いた。
彩兼はマニュアル操作でそれを行った。アリス制御でも同じことは可能だが時間は倍以上かかっただろう。アリスリット号の性能に助けられているとはいえ、船の特性と機能を使いこなす彩兼の操船技術は高い。
「おまたせしました」
「ア、アヤカネ君あんなのに乗ってきたんだ。す、すごいなぁ……」
「いやー、あなた方ほどじゃないです……」
彩兼はマロリンの足元に転がっている熊を見る。ヒグマかグリズリーサイズで、地球ならば間違いなく地上で最強クラスの捕食者だったはずだ。それをコンビニで買い物してくるように狩ってくるとは、驚くより呆れてしまう彩兼である。
「緊急事態だ。これを使わせてもらおう」
フリックスが港にあった係留用の綱を拝借してくると全員で協力して縛り付ける。熊は500キロ近くありそうだったがマロリンが咥えて持ち上げてくれたため、それほど大変な作業にはならなかった。
あとはアリスリット号に繋ぐだけだがそこで彩兼が待ったをかける。
「ちょっとまっててください」
アリスリット号に戻った彩兼は船尾に折りたたまれていたクレーンを動かす。
そこにいた全員が一瞬ナニソレ!? な顔をしたが、すぐにどういうものかを理解したようで先端のフックに綱を端をしっかりと結びつけた。その後クレーンを巻き上げ熊の亡骸を吊り上げる。クレーンは約3トンの荷重に耐えられるように設計されているため、このくらいは余裕である。
「日暮れが近い。急ごう」
「でも、これで奴らの気を引けますか? だいぶ怯えさせてしまいましたけれど?」
アリスリット号のイオンインパクトガンとマロリンの登場で海岸にいたリーパーが散り散りになってしまった。例え囮が上等でも多くを引き寄せるのは難しいように思えた。
「それなら大丈夫だよ」
ファルカは得意げな笑顔を浮かべたまま、おもむろに自らの手首に海水の透明な刃を当てる。よほど切れ味がいいのだろう。それだけで白く細い彼女の腕から赤い血が滴り落ちた。
「ひゃっ!?」
「おい!?」
サクラが目をそらし、彩兼が驚きの声を上げるのも構わず、その血を囮の熊に垂らす。
「あたし達魔族はね、魔獣にとってご馳走なんだ。リーパーは血の匂いに敏感だからこれできっとうまくいくよ」
あっけらかんと言うファルカだがフリックスが渋い顔をする。
「しかしそれは諸刃の剣だ。血の匂いに引かれてより強大な魔獣を呼び寄せる恐れがある。だからこそ我々もその手段を使わずにいたわけだが……」
フリックスの言葉にサクラもうなずいている。彼女も魔族であるが故にその危険性を理解しているのだ。
グルルル……
ファルカの血の臭いにあてられたマロリンが辛そうに喉を鳴らし、ゆっくりと巨体を揺らし背を向ける。
マロリンだからこそ耐えているが魔獣が渇望するその効果を実証してみせた形である。
もしもマロリンと同じ皇狼とまではいかないにしても、それに準ずる魔獣を引き寄せてしまったら、その被害は数万のリーパー以上のものになるだろう。この世界の人間にはマロリンクラスの魔獣に対してほとんど打つ手を持っていないからだ。
「ご、ごめん。マロリンが辛そうだからわたしたちは行くね。みんな頑張って」
「うん。マロリンごめんね」
マロリンはファルカに一瞥もくれずサクラを背に乗せて森へと消えていった。
「あはは……また怒らせちゃった」
「馬鹿やろ! お前何考えてんだ!?」
「ア、アヤカネ!?」
彩兼はファルカの腕を取る。傷はそれほど深くないから血はすぐに止まるだろう。
「脇を締めて、抑えてろ」
「アヤカネ? 何を怒っているの?」
「……いいから」
彩兼はベストのポケットからバンダナを取り出し、慣れた手付きで止血する。
それからファルカに手を貸しながらアリスリット号へと移ると、彩兼はまっすぐに結んでいた口を開いた。
「俺が手を貸さなかったら、お前どうするつもりだった?」
「それは……」
ファルカは一瞬言い淀む。その様子で言わなくても答えはわかる。ファルカは自ら囮を務めるつもりだったのだ。
目を伏せたファルカが静かに語り始める。
「海にはあたし達メロウ族でもどうにもならない魔獣がたくさんいるの。そんなときは誰かが囮になってそいつを遠くに誘い出すしかない。あたし達はそうやって生き残ってきたんだよ」
「……まったく」
本当にクソくらえな世界だと彩兼は心の中で吐き捨てる。
ファルカをフリックスにまかせて、自分は船内へ救急箱を取りに向かう。
「アヤカネ……」
「今回は軽率だったな。魔族の血はリーパーごときに使うものではない。無論、ファルカ殿が命をかける程でもない」
「うん。ごめんなさい」
その後戻ってきた彩兼はファルカの傷の手当を施すとアリスリット号に発進を命じる。
桟橋を離れるアリスリット号。その後クレーンに吊るされた囮を海上に下ろし、リーパーが集まってくるのを待つ。
それはさほど時間はかからなかった。
海岸から海上にかけての無数のリーパーがアリスリット号めがけて押し寄せてくるのが見えると、彩兼は追いつかれないように船を進めながらファルカに聞いた。
「さあ、これからどうすればいい?」
「夕日に向かって。メロウ族のとっておきをみせてあげるよ」
左腕に包帯を巻いた人魚の少女は、そう言って笑顔をみせた。西日に照らされたその顔に、彩兼も顔が熱くなるのを感じた。
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