第23話『人魚姫の大作戦!』

 海岸で迎え撃つという警邏隊の作戦はサバミコの町を襲われた時点で既に瓦解している。


 今の戦力では町を守るので手一杯だ。とても新たな群れには対処できない。しかも群れの規模は河川に向かった群れの倍だという。ある程度は海岸に仕掛けた罠で削れても多くは海に逃れ他の町へ向かうだろう。


 詳しい報告を受けたフリックスはやれやれと息をついて口を開いた。


「ここだけでは終わらんか。ケニヒスは?」


 一瞬鋭く目線を細めたものの、フリックスはすでに余裕を取り戻していた。マイヅル学園からの応援とメロウ族の加勢が到着した今、マリンリーパーがどれだけいようが負けはないと確信しているからだ。

 問題は、戦力をいかに効率よく配置するかである。


「ブチ切れております!」 


 包み隠さずそのままを報告する衛士。撤収中だった警邏隊はやむをえず海岸を放棄し、河川の方へ移動したという。


「そうか……ファルカ殿」


 ファルカに視線を送るフリックス。


「メロウ族の力で川にいるマリンリーパーを排除することは可能か?」


 フリックスの問にファルカは頭を振る。


「無理だよ。メロウ族は川ではまともに泳ぐこともできないよ」


 海中を自在に泳ぐメロウ族だが、それには海の精霊の力が必要でそれは淡水の川や湖には存在しないのだという。


 魔法が使えなければメロウ族はちょっと力が強いだけの人と変わらない。


 だがマリンリーパーは蛙やイグアナようにひれのついた四本足を持ち、海岸など浅瀬で生活に特化している。そのため河川をさかのぼることも可能だった。


「ふむ。こちらに向かって来るリーパーも更に増えるだろう。ケニヒスもすぐには手を打てまい。さて、どうするか……」

「マ、マロリンが入れば大丈夫だよ」

「そうだねぇ、一声で追っ払ってくれるぉ」

「いや、それは止めたほうがいい。奴らにマロリンは刺激が強すぎる。さっきみたいにあちこちに隠れられたら厄介だ」

「そ、そっか……」

「ぅーぅ。難しいぉ」


 サクラの提案にクレアが賛同するが、アズがそれを否定する。マロリンの力は強力だが、今のような場合にはむしろ事態を悪化させかねない。


 ネズミの群れの駆除に一匹の獅子を投入しても意味はない。ネズミは獅子の目の届かぬところへ逃れ、見えづらくなるだけだ。この場合有効なのは複数の猫である。


 フリックスもすぐには答えを出せず険しい顔でいる。今回のリーパーによる魔獣襲撃事件で警邏隊は常に後手に回り続けている。彼はそのことが気になっていた。


「大丈夫! 海岸の群れは全部メロウ族が引き受けるから! 警邏隊のみんなは町を守ってあげて!」


 そこで明るく声を発したのがファルカだった。


「だが、沖ならばともかく沿岸など浅瀬ではメロウ族も力を発揮できまい。リーパーの群れは既に上陸を始めている。そうだな?」

「はっ! その数は2万を下らないかと」

「まじかよ……」


 衛士の言葉にアズが唖然と言葉を漏らす。

 ファルカが連れてきたメロウ族はおよそ200人だという。フリックスも懸念している通り流石に手に負えるとは思えない。

 

「何か考えがあるのか? ファルカ殿」

「もちろん」


 ファルカは自信ありげに頷いて見せる。そして彩兼の方を見る。


「それでアヤカネに手伝ってほしいんだ」

「ああ。何をすればいい?」


 ファルカの作戦とは餌を使ってリーパーを沖へと誘導してほしいというものだった。海上でならメロウ族は最大限の力を発揮してリーパーを一気に殲滅出来るという。


 ファルカの言葉にクレア以外のこの世界の人間は渋い顔を見せる。この世界の船の性能ではおびき出そうにもすぐに追いつかれてしまうからだ。


 しかし彩兼のアリスリット号ならそれが可能だ。


「わかった。アリスリット号が必要なんだな」

「うん。アヤカネのお船なら奴らに追いつかれないで、群れを誘導できるでしょう?」

「ほう?」


 会話から彩兼が船を持っていることを察すると、フリックスが鋭い目で彩兼を見る。彼には以前船は海の底と言ってある。


「嘘は言っていません」

「アヤカネのお船は海に潜れるんだよ」

「何? 本当かそれは?」


 ファルカの言葉にフリックスも驚いたようだ。船が水に潜る。この世界にはまだ潜水艦の概念はないのだろう。


「ニホンの船とはそういうものなのか?」

「ええ、大体そうです」


 アリスリット号の特殊性を語るのも面倒なのでそう答えておく。どうせバレない。

 フリックスは何か気になることがあったようだ。しかしこの場では言わずにまっすぐに彩兼を見る。


「出来るんだな?」

「はい」


 はっきりと応える彩兼。実は彩兼はファルカの作戦がなくても沿岸部にいるマリンリーパーを殲滅する秘策を持っていた。もしこのまま話が進まなければ彩兼はこっそりそれを使用するつもりだったのである。


「わかった。それでいこう! 伝令。ケニヒスに伝えろ。海岸に現れた群れは俺とメロウ族で対処する。警邏隊は町を守りつつ河川に侵入したマリンリーパーを排除せよと」

「はっ!」


 衛士は鹿に跨ると彼の言葉を伝えるべく本隊へと向かって行った。


「あと必要なのは餌だが……」


 生憎それにはフリックスも彩兼にも心当たりがなかった。


「そ、それならわたしがマロリンと獲ってくるよ」


 そう言ったのはサクラだ。フリックスも頷く。


「頼んだぞ」

「とびきりの大物だからね!」

「う、うん。すぐに獲ってくる!」

「では俺は船を取りに行きます。港で合流しましょう」

「わかった!」


 サクラはマロリンの背に乗ると、森へと消えた。


「ぅーぅ? ボクは?」


 話についていけずに小首をかしげるクレアの手をアズが引く。


「あたしらは警邏隊の手伝いだ。隠れてるのを見つけて倒すのはあたしらの得意分野だからな」

「ぉー! 流石アズたん!」

「アズたん言うな!」



***



 彩兼を先頭にフリックス、ファルカの3人は海岸を目指して走り抜ける。


 来たときはこっそり侵入しようとしたため森を抜けたが、今は真っ直ぐ海を目指した。アリスリット号の隠し場所までは森を進むより海岸沿いを進んだほうが早い。


 巨大な太刀と具足を身に着けて先頭を走るフリックス。ふたりに合わせてかなり加減して走っているようだ。


 ファルカは走るのはそれほど速くないようだ。だがスタミナはあるようで息を切らすことなくついてくる。


 海岸へと向かう途中リーパーと出くわすが、それはフリックスとファルカが片付ける。


 あきらかにオーバーキルなフリックスの太刀の一振りはリーパーをまとめて挽肉に変える。


「すっげぇ……」


 目を奪われた彩兼は茂みの中から飛び出してきた1匹のマリンリーパーに反応が遅れる。


「ファルカ殿!」


 フリックスが叫ぶ。


「大丈夫!」


 彩兼を庇うように割って入ったファルカによってそのリーパーは縦一文字に真っ二つに切り裂かれた。

 見るとファルカの手には透き通った刀身を持つ小太刀が握られている。魔法によって海水から形成したものだ。


「メロウ族の技か。大したものだな」


 圧倒的な戦闘力を見せるフリックスからしても、ファルカの力は目を見張るものがあるらしく、感心した様子で言う。

 美しく洗練された形状を持つ海水の刃は、この世界の製鉄技術ではまだ不可能な強度と切れ味を実現させているのだ。


「これくらいなら楽勝! やっぱりアヤカネに貰ったこれ、すごくいいよ!」


 そう言って首から下げたペットボトルを見せる。


「変わった器だと思っていたが、あれはお前が与えたものか?」

「可愛くおねだりされてしまってつい……」

「水を操るメロウ族にとって、地上で水を持ち歩ける水筒は重要だ。普通は竹やひょうたんを使うが、あの器はそれより使い勝手が良さそうだからな。彼らにとって宝具と呼べる物かもしれん」

「そんな大げさな」


 実はただのゴミでした。とは言い出せない彩兼である。


 500ミリリットルのボトルの3分の1ほどが減っている。


 たったそれだけの量の海水を日本刀も真っ青な切れ味の武器に変えている。彩兼にはそっちの方が驚きだった。


 海岸へとたどり着いた3人だったが、目につくところはすでにマリンリーパーによって埋め尽くされていた。海岸では警邏隊が付けた火は既に消え、炭になった同族を踏み砕きながら上陸するマリンリーパー。


「これほどの数、一体どこから……」

「どこか人目につかない繁殖地があるのかもしれませんね」

「そうだな。沿岸全域を徹底して再調査することしよう」


 リーパー群れはこれまで襲った小さな集落程度では説明がつかない程の規模に膨れ上がっている。


 リーパーがこれだけ繁殖するには相当な量の餌が必要なはずだ。浜に打ち上げられた大型のクジラなどを餌にした可能性が高いが、それでも一頭分で賄えるものではないだろう。しかし群れで打ち上げられたならば、これまでの調査で発見できなかったというのも不可解だ。


 リーパーの繁殖能力は非常に高い。ここで群れを殲滅したとしても、繁殖地を発見出来なければ近い内にまた襲来し、人々を襲うことになる。


「でもどうしようアヤカネ? アヤカネのお船を隠した場所ってもっと森の近くだったでしょう? これじゃあ進めないよ?」

「うむ。森を進むとなると時間がかかる。それに海の中に船があると言ったがどうやってそれに乗り込むつもりだ?」


 フリックスひとりならばここを突破することも可能だろう。しかし彩兼とファルカを守りながらとなると流石に手が回らない。

 だからといって、森から向かうには迂回する必要があるため時間がかかる。


 そして海中の船にどうやって乗り込むのか?


 フリックスの言葉にニヤリとする彩兼。待ってましたと言わんばかりだ。


「いや、もうここで十分だ」


 確かにこの世界ではGPSを用いた遠隔操縦はできないが、この距離なら通常の無線誘導で呼ぶことができる。


 彩兼はバックサイドに吊っていたパレットを抜いて海に向ける。


 レーザー通信の有効範囲は5千メートル。潜航したアリスリット号が海上に伸ばしているであろう小さなブイは確認できないが、十分届く距離まで接近しているはずだ。


「船体浮上! 来い、アリス!」


 まるでフューチャーヒーローのように指示を音声で入力すると、送信のトリガーを引いた。


 ……爽やかな風が吹いた。


 砂浜に蠢くリーパーの耳障りな鳴き声に混じってコソコソと話し声が聞こえてくる。


「……ニッポンジンは何をやっているんだ?」

「……わかんないよ! ニッポンジンだもん!」


 微妙な空気は、タービンエンジンの甲高い吸気音が聞こえてくるまで続くことになるのだった。

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