ファルプファンタジア ~コスモリウムの人魚姫~
ぽにみゅら
第1話『潮騒のヒーロー①』
世界的な冒険家であり発明家としても知られた男である。
自ら設計したソーラーバイクで砂漠を駆けまわり、世界の名だたる山々をパワードスーツで制覇した。水蜘蛛の術で太平洋を渡り、竹馬で南極点にだどり着いた男。
冒険譚を綴った本は世界中で出版され、冒険で使用された発明品のレプリカは世界中で大ヒットした。
『鳴海ジョーンズの大冒険』なるゲームも発売された。
譲治が完全監修し秀逸なストーリーと、当時としては美しいグラフィックでゲームファンから高い評価を受けたが販売は振るわなかった。
天才と呼ばれた鳴海譲治だが、最後まで売れなかった理由が分からず陰謀論を唱えていたという。
そんな
ジャングルでワニに襲われ、海原で嵐に襲われ、荒野で謎の秘密結社に襲われても死ななかったあの鳴海譲治が、近所のコンビニに買い物に行った帰り道、酔っ払いの乗った軽トラに轢かれてあっさり死んだ。
乗っていたのは近所に住むおっさんで、古代の王の呪いでもなければ、陰謀渦巻く暗殺でもない純粋なただの事故死だった。
「あの
メディアを始め。譲治を知る人たちは皆そういって彼の死を悼んだ。
それから1年。物語が始まる。
***
2023年7月某日。夏の日差しに照らされた砂浜の上では熱い戦いが繰り広げられていた。
海の家の壁には『ビーチ相撲大会若浜場所』と書かれた横断幕。ギャラリーが取り囲む中、出場者達は力と技を競い合う。
女子の部の準々決勝の最後の試合が終わり、これからが本番とばかりに場を盛り上げる進行役の青年。
「見事予選を勝ち進み決勝トーナメントに進んだのは、なんと地元の女子高校生4人組! 海洋学科に通うキュートな女の子達だ!」
ギャラリーから歓声と拍手が上がる。
進行役の青年はその熱気の中で出場する女の子達を一人ずつ紹介していく。
夏の海水浴場には不似合いな競泳水着の上からTシャツを着たショートカットの少女。スラリとした長身で、ボート部のエース。大津美波。
束ねたロングヘアにアダルティな黒のビキニを着こなすのは日野春菜。4人の中で最も肉感的な身体を持つ彼女は否が応なく注目を集めている。
小さくて細っこい身体にボブカット。一見小学生のように見えるのは片瀬柚子。お前その旧型のスク水どっから持ってきた?
ポニーテールにしたセミロング。愛らしい顔立ちに均整の取れたプロポーション。クラスの……いや学校一の美少女と噂される楠木咲穂。清楚な白いビキニを着こなし、腰にはパレオ……ではなく両国国技館と書かれたバスタオルを巻いている。
県立若浜高校海洋学科に属する3年生女子はこれで全員だ。もっとも、彼女たちが所属する海洋学科は海洋実習や海難救助訓練といった実技や資格取得を重んじる特殊なクラスなので、男子も含めて18人しかいない。
大会には女子相撲の全国大会への出場経験もある選手も参加していたが、彼女たちはそれらを打ち破り、4人仲良く決勝トーナメントへと勝ち進んだ。
他の参加者が弱かったのかというとそんなことない。スポーツ経験者や体格の良い選手も混じっていた。
優勝候補だった全国大会にも出場経験もある現役相撲部員を破った美波は言った。
「土俵の上なら勝てなかったかもしれない。でも砂浜の上でうちらが負けるはずがない」
この場は海に鍛えられた彼女たちのフィールドだ。
ちなみに優勝賞品は地元名物へしこ食べ放題。
誰が優勝しても今夜は地の珍味に舌鼓を打つことになるだろう。
「まったく、あいつら受験生だってのに余裕だな」
その様子をブーメランパンツに監視員の腕章のついたパーカーを羽織った少年が双眼鏡を片手に遠くから眺めいた。
鳴海彩兼。地元の県立若浜高校海洋学科に通う高校3年生だ。件の鳴海譲治の息子である。
「……バイトしてる俺らが言うセリフじゃないけどな」
彩兼のぼやきに苦笑するのは友人の遠野詠。
彼等は現在海水浴場で監視員のバイト中だ。取りの巣箱のような監視台の上から、レジャー客の安全を護るのがしごとだが、今はクラスメイトの水着姿の監視に忙しい。
「決勝は大津と楠木か。どっちが勝つと思う?」
準決勝は美波と春菜。咲穂と柚子で行われ、決勝に残ったのは美波と咲穂だった。
「ボート部のアマゾネスに勝つのは無理だろ。楠木もだいぶ強くなったけどな……」
遠野の問に答える彩兼。体力において美波は4人の中で群を抜いている。咲穂が勝つのは難しい。それは遠野も同じ考えのようだ。
「まあそうだろうな。けど、あのお嬢さんは本当変わったよな」
「ああ」
「あの子、お前を追って海洋学科に入ったって噂だぜ? 責任とらなくていいのかよ?」
「そんなこと言われてもな。高校入ってクラスが同じになるまでほとんど話をしたことなかったんだぜ?」
咲穂と彩兼は小学校から同じ学校で、地区の行事などでもよく顔を合わせていた。もっとも小さな街だから、そういうのは別に珍しくはない。
だが、以前の
親が漁師だとか海に関わる仕事をしているという話も聞かない。
今の高校に進学し、そのクラスに咲穂の顔を見つけたときは、なんでこんなとこ来ちゃったの? と不思議に思ったくらいである。
「そうか。でもちょっとは気になってるだろう?」
「まあ、そりゃあ可愛いし。けどな……」
遠野の言う通り、気にはなってはいたがそれが恋心かどうかはわからない。恋愛に興味がないわけではないが、父親のような冒険者になりたいという夢と家庭の事情で、彩兼はこれまでそれどころではなかったのだ。
「お前、イケメンのクセに浮いた話、全くないだろ? 気になる子いるなら応援するぜ?」
「ほっとけよ……俺のモテ期は中学で終わったんだ」
彩兼は北欧出身の母親と日本人の父親とのハーフだ。
背は170センチをわずかに越える程でありそれ程高くは無いが、その容姿は日本人離れしており、すれ違う女性が頬を赤らめてつい目で追ってしまう程に整っていた。
短く刈り込んだプラチナブロンドの髪。深緑の瞳。コーカソイドにしては彫りが浅く、だが日本人には親しみやすい甘い顔立ち。
父親のような冒険家になることを夢見てトレーニングを続けていたため、身体も引き締まっており、小麦色の肌は夏の海がよく似合う。
中学の時、彩兼の人気はすさまじいものだった。父親が有名なこともあり、彩兼も雑誌やテレビなどメディアの取材を受けたことも一度や二度ではない。
告白を受けた回数は3ケタに及び、バレンタインになれば下駄箱に大量のチョコが詰め込まれ、卒業式には第二ボタンはおろか、カフスからワイシャツのボタンまで全てむしり取られた。
だがそんな日常も高校入ると波が引いたかのように静かになった。
現在では学校でも女子に避けられている感じで、話をする事もあまりない。
そんな高校生活を過ごし、一抹の寂しさを感じていた彩兼だが彼は知らない。
彩兼に憧れた少女達はいつしか彼の夢を見守るようになっていたということに……
本人非公認鳴海彩兼親衛隊の誓い。
『抜け駆けしない、フラグ立てない、腐らせない。王子が夢をかなえるまで、我らは静かに見守ろう』
楠木咲穂をはじめ、美波も春奈も柚子もその一員だ。
男子が圧倒的に多い海洋学科で、彩兼が腐らず貞操を守れたのは、彼の知らないところで暗躍していた彼女達の活躍によるところが大きい。
おかげで彩兼は学業や、資格取得に集中することができたのだ。
(楠木咲穂か……)
もし彼女から告白されていたら自分はどうしていただろう?
決勝戦が始まる。直前までのかしましい雰囲気と打って変わって、美波と咲穂の試合は真剣だった。ギャラリーも、遠目に様子を眺めていた彩兼たちも、息をすることも忘れて勝負の行方を見守る。
地力に勝る美波に必死に食いついていく咲穂。投げられそうになるのを耐えて、堪えて、最後の最後まで粘った末に咲穂は倒れた。
熱戦が終わると周囲から惜しみない拍手が両名に贈られる。
「強くなったね……」
砂にまみれた咲穂の背中を眺めて小さく呟く彩兼。にやりと笑みを浮かべる遠野。
「お前やっぱり」
「うるせー。お前はどうなんだよ?」
逆襲とばかりに遠野に話を振る。浮いた話が無いのは遠野も同じだ。だからそれは会話終了の合図だった。
それまでは。
だが、今日は違った。遠野が言いづらそうにそれを口にする。
「俺、彼女が出来たんだ」
彩兼は双眼鏡を落としそうになった。
「おっと……お前、初耳だぞそれ? まじなのか?」
「あ、すまん……言うのお前が初めてだからな。でもそんな驚くことか?」
「そんな様子なかっただろう? なんだ。紹介しろよ水臭い。同じ学校の子なのか?」
「いや、大阪の学校に通ってる子なんだけど……ほら」
遠野がスマホで自撮りした写真を見せる。
大阪にある大型レジャー施設だろうか? 遠野の横ではにかむように笑う少女が写っている。セミロングのアッシュブロンド。灰色の瞳……
遠野は長身の爽やかスポーツマンタイプで、見た目は決して悪くない。これまで彼女がいないのが不思議なくらいだったが、これはまたすごい美少女捕まえたものである。
海上保安庁に入ることを目指して猛勉強をしている遠野がバイトしているのは、デートの資金を稼ぎたかったからなのだろう。
「……すごい可愛いじゃないか。よかったな」
「ああ。お前の事話したら、向こうも会いたがってたから近々紹介するよ。是非親父さんの話聞かせてほしいってさ」
「そ、そうか。うん、俺も楽しみにしてるよ」
写真を見て一瞬彩兼の表情が変わったことに遠野は気が付かなかった。
彩兼は何かを言いかけたが、結局それを口にすることはなく胸の内にしまい込む。
事件が起きたのはその時だ。
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