第十話 カピバラのお土産

雪ノ下ゆきのした! 来てくれたのか!」


 エルガーさんが笑顔で歩みよってきた。

 肩にゆるく羽織ったタオルが男臭い。絶対真似しよう。


「前売りチケット買ってましたから。いいライヴでしたね」 


 和装男子は膝を折ってしゃがむと、野ネズミを袖に乗せた。


「ありがとな。今日はいいゲストが来てくれたんで盛り上がった」


 エルガーさんが目顔で笑いかけてくれる。俺はまた目頭が熱くなった。


「雪ノ下もカピバラパン、食べたか?」


「もちろんです。焼きたてパンがセットとは考えましたね」


「おう。好評でな、前売りも当日も完売だよ。次はラーメンセットだな」


 あははと二人の笑う横から、つぼみがひょこっと顔を出す。


「カピバラのパンですって? どこっ?」


「つぼみさんだあー! みんな、来いようー!」


 クロワッサンを配っていたカピバラが叫んだ。


「待ってえー」 「待ってえー」


 呼び声に応えて、森陰からカピバラの群れが走りでてきた。

 どんぐりクロワッサンを頬張る妹を、カピバラの群れが囲んで踊っている。

 この状況はいったいなんだ。


「つぼみさんはカピバラたちと親友なんですよ」


 雪ノ下さんが柔らかく頬笑んだ。


「彼女は異界の扉を開く特技をお持ちです。これからは相談されるといいですよ」


「異界?」


 そうか。ここは異界だったのか。

 そうだよな。冷静に考えたら、野ネズミだもんな。

 妹の話は妄想じゃなかったんだ。


 毎日だって、ここに来たいけど。

 罵倒してきた手前、つぼみに相談するのは気が引けるな。


「ねえ! なんの話してんのっ?」


 妹が両手にパンを抱えて戻ってきた。


「つぼみさんは頼りになる方だとお伝えしたんですよ」


 その人が猫のような笑顔で目を逸らす。


「なんだ。そう? 照れるー」


 妹が嬉しそうに笑う。


「明日も来るだろ? へるピョン」


 気づけばバンドのメンバーたちが、俺を囲んでいた。

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