第十一話 笑うヘルモクラテス

「明日は……」 


 妹の誕生日だ。


「明日、なんかあるのか? へるピョン」


「いや。別に――」


 妹が聞こえない振りをしてる。そんな顔すんなよ。



「お前はいつまで反抗期なんだよ!」


 いきなりベースのシベリウスさんが、左の肩から俺の頬を殴った。


「いてっ! いつの間に登ったんスか?」


「何があるんだ。言ってみな!」


 右の肩から、シンセサイザーのラフマニノフさんが俺の耳を引っ張る。


「へるピョン。反抗するのは親だけにしとけ」


 パーカーの袖からエルガーさんが笑った。

 ドングリJAPANの野ネズミが、俺の体中にくっついている。


「あの……。ええと……」


 みんなの眼差しが温かくて、面倒臭い俺が解けてゆく。

 どうして、こうも素直になっちまうんだろう。


「すいません。明日はうちの妹の誕生日なんで。俺、来られないッス」


 振り返ったつぼみが、目を丸くして俺を見た。頬が真っ赤だ。


「おめでとう! つぼみちゃん、いくつになるんだ?」


 エルガーさんが、つぼみの肩に飛びうつった。


「明日で十一歳です」


 ちゅーひーひー!


 ちゅーひーひー!


 ハッピーバースデー! つーぼーみー!


 ドングリJAPANが祝福すると、カピバラたちも一緒に歌いだした。


「妹、可愛いんだろ? なあ、へるピョン?」


 胸ポケットからドラムのガーシュウィンさんが小声で冷やかす。


「……はい」


 俺の歌を一番喜んで聴いてくれるのは、妹のつぼみなんだ。いつだって。



 それから、雪ノ下先生がライヴ会場の出口まで送ってくれた。

 妹はカピバラから誕生祝いに貰ったパンを、サンタクロースのように担いでいる。

 こいつは――。さっきだって大量に食ってただろ。


 街灯に照らされた碁盤目のような小径を、俺たちはゆっくり戻っていった。


「では、わたくしはここで。おやすみなさい」


 垣根の狭い隙間まで来ると、その人は心得顔で片目をつむった。

 暗がりにぼんやりと円い標識が立っている。


「おやすみなさい。ありがとうございました」


 妹は標識を見上げて、そこに何か見えるかのように眉をひそめている。

 すると、その人がくすりと笑った。


「お二人とも、またお目に掛かりましょう。ごきげんよう」


 妹の背中を押して木の間をくぐり抜けた俺は、その人を振り返った。

 だが、その姿も垣根の隙間もかき消すように見えなくなった。


「あれ? つぼみ。いまのは……」


「異界だよ! 信じた? すばピョン!」


 妹が得意気に笑った。なんかムカつく。


「すばピョンじゃねえし」


「あ、ゴメン……」


「おれは、へるピョンだ!」


 吹き出しちまった。妹の顔が面白くて。

                                < 了 >

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ヘルモクラテスは反抗期 <モフモフコメディ>甘い扉・Ⅲ 来冬 邦子 @pippiteepa

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