第六話 木登りヤンキー

 風に乗って、何処からか香ばしいパンの匂いが流れてきた。


 そういえば明日は妹の誕生日だったっけ。

 別に関係ないけど。


 オヤジが「ケーキ買って早く帰る」って言ってたな。

 俺は食いたくないし。つまんねえな。もう帰るか。


 ギターを担いで歩き出したら、頭にコツンと何かがぶつかった。


「痛って……」


 なにか小さなものが、足元の石畳にバラバラと跳ねた。

 屈んで拾ってみると、クヌギの丸っこいドングリだった。すると。


「やっちまえー!」


 甲高い声が頭の上から響いた。


「ええええっ?」


 ――なんなんだ?



 ビックリしていると、ドングリがあられのように降りかかってきた。


「あったりー!」


「ぎゃはははは!」


「もう一発!」


 ――だれなんだ?



 クヌギの木の上から、誰かがドングリをぶつけてくる。

 真っ暗で姿は見えないが、謎の集団が俺を狙っている。


 パーカーに当たっても、ぽふって感じだが、顔や腕の露出している肌ではドングリの尖った先が、チクっとした。そんなに痛くない。


 だが肉体のダメージ以前に、俺の心は深く傷ついた。

 やめてくれ。木の実で俺をイジめるのは。

 俺はギターをかかえて、その場にうずくまった。すると。



「もう泣いたぞー!」


「はやくねー?」


「ストップ! ストップ!」


 あっけなくドングリ攻撃が止んだ。



 この隙に逃げるのが正解だとは思った。でも恐くて。

 木に登るヤンキーとか得体が知れないし。

 逃げてもきっとどこまでも追いかけられて、ドングリをぶつけるに違いない。

 もうダメだ。俺は頭を抱えて震えていた。


 だが、いつまでたっても足音も聞こえないし、取り囲まれる気配もなかった。

 おそるおそる顔を上げた俺は、信じられない光景に悲鳴を上げた。


 ――どうしよう。お母さん。助けて。

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