第五話 探しても見つからない標識

「そこの垣根の間に、ビックリマークの標識が立ってたの!」


 生垣沿いの暗い道の先を指差して、つぼみさんの足が止まりました。


「標識のてっぺんに、顔の三つあるミミズクが留まってて。うちのこと、ジロってにらんで『童子わらしは寝る時間であろう』って言ったの。それも、三つハモって」


「もう十時をまわっておりますし、至極しごくごもっともかと存じますが」


「そこじゃなくて! また、あの『扉』を開けちゃったってことなの!」


「ああ、なるほどね」


「うち、止めたんだよ? それなのに、すばピョンたら、ズンズン入っちゃって」


すばるさんも、つぼみさんと同じ体質なのですか?」


「ううん。すばピョンは全然見えないみたい。うちが『扉』とか異界のはなしをしても、何にも信じてくれないし」


 つぼみさんの横顔は、心なしか寂しげでした。



 『扉』と申しますのは、こちらの世界から異界へ渡る出入り口です。


 現れたと思えば消えてしまうような、気紛れな代物です。ほとんどの方には見えないのですが、つぼみさんは見えるばかりか、必ず開けてしまう特異体質でした。

 わたくしのセラピールームに通われてくるのも、その人には言えない悩みが理由だったのです。



「要するに、つぼみさんがこじ開けた異界の扉に、お兄様が知らずして入ってしまった悲劇ですね」


「お兄様とか、ウケるー!」


 爆笑するつぼみさんに、言わずもがなのセンテンスが脳裏を過ぎりますが、わたくしは肩をすくめるにとどめました。


「しかしなぜ、いつものように腕ずくで引き留めなかったんですか?」


「だからあ。ビックリマークの標識だったんだもの!」


「と言いますと」


「知らないの? 幽霊出没注意の標識なんだよ! 探しても見つからないけど、毎晩この墓地のどこかに立ってるんだって! うち、幽霊なんか絶対見たくないから、雪ノ下先生を呼びに行ったのよ!」


「顔の三つあるミミズクと幽霊に、さほどの違いはないように思われますが」


「全然違うし! ミミズク、かわいいもん!」


「つぼみさん、ミミズクがお好きなんですか?」


「うん。フクロウも好き」


「そうですか。――ときに。それは、あのミミズクでしょうか?」


「ひいっ!」


 飛び上がるつぼみさんの真後ろに、噂のビックリマークの標識が立っていました。そしてミミズクが三つの顔で、こちらを睥睨へいげいしているのでした。

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