学校の裏側はゲームの世界?!

窪原 一夏

第1話 噂の《開かずの教室》は違う世界への入口?!




夏休み初日、宿題に使うプリントを、学校に置いたまま忘れて帰っていたことに気づいた松永悠海まつながゆうみは、生まれつき焦げ茶色をしている髪の毛を揺らしながら自転車をいで学校へ向かった。

用務員ようむいんさんに挨拶あいさつをして教室に向かった悠海は職員室の前を通っての教室のある校舎へと歩いていく。

午前中のすずしい時間帯じかんたい、先生達も職員室にいるとはいえ、せみの声しか聞こえない校舎こうしゃを一人で歩くのは少し心細こころぼそくて、少し急いで階段を上っていく。机の中にぽつんと一枚だけ残っていたプリントを手に取ると、ジージーとせみの声が一際ひときわ大きく聞こえた気がした。

窓の外は雲一つない青空で、今日も暑くなるんだろうなと悠海は少しげんなりする。


「こんなに暑いと宿題のやる気が起きないよね」


勉強はきらいではないが暑さに集中が切れて、ついベッドでゴロゴロしてしまう。

午前中とはいえ徐々じょじょに気温が上がってきているのだろう。悠海の首筋くびすじは少しあせばんできている。ポケットに入れてきたハンカチで軽くぬぐうと、うでにつけたままだった黄色のシュシュで、肩まで伸びた髪を高い位置でキュッと一つにむすぶと、机の中に何も残っていないことをもう一度確認かくにんして、プリントを持って教室を出た。


三階の教室から階段を降りて行く時、悠海はふと図書室をのぞいてみようかと思い立った。

夏休みの読書感想文の本は町の図書館で借りようと思っていたのだが、数日前に図書の先生が紹介しょうかいしていた本が面白そうだったので、もし誰も借りていないのなら借りて帰ろうと思ったのだ。

夏休みが始まった最初の週は図書室を開けているとお知らせがあったこともあり、二階で階段を降りるのをやめて図書室のある方へと廊下ろうかを曲がった。


「あれ?なんで閉まってるんだろう?」


開けていると言っていた図書室のドアにはかぎが掛かっている。図書室が閉まっている時は、ドアにある窓にカーテンがかけられているが、今はかけられていない。電気は消えているが、おそらく図書の先生は図書室を開けていたのだと思う。ただ今は席を外しているみたいだ。


「職員室で聞いてみようかな」


図書室の入り口から中をのぞいてみるが人の気配けはいはなく、やはり職員室に行ってみようときびすを返そうとした時、悠海の視界しかいに、ある教室の入り口が目に入った。


子どもが少なくなった事でこの学校には使われていない教室がいくつかある。図書室前の廊下ろうかたり、その教室もそのうちの一つだ。

カーテンが閉まっていて中をのぞくことができず、先生が出入りしているのを誰も見たことがない。窓の外には大きな木がえられており、図書室をとおぎたあたりから廊下ろうかにはかげが多くなり、ちょうどその教室の前でかげができるのだ。夏真なつまさかりの今は、緑にかがやく葉がしげっているため余計よけい薄暗うすぐらく、坂森西さかもりにし小学校の生徒達から《開かずの教室》と噂されるようになっていた。


「なんでドアが空いてるの…」


《開かずの教室》ドアが開いている。ほんの少しだが、たしかに開いていた。

だれかがいるのだろうか?図書の先生?それと別の先生?

悠海は自分の中に眠っていた好奇心こうきしん内側うちがわからむくむくと出てくるのを感じる。内気うちきなところがある悠海にしてはとてもめずらしい事だったのだが、目の前の開かずの教室に意識いしきが向いていて、いつもは躊躇ちゅうちょして足踏あしぶみしてしまうような状況じょうきょうであることを自覚じかくすることができなかった。

悠海は好奇心こうきしんに負け、その教室へとそろりそろりと近づいていく。


「失礼しまーす。」


くぼんでいる引手ひきてに指をかけると、ゆっくりとドアを開ける。さびびているのか途中とちゅうでキュルキュルという音がり、ビクっと悠海の肩が大きくれて静止せいしするが、またゆっくりと開けていく。

顔だけを中に入れ見回してみるが、電気がいておらず暗くてよく見えない。

廊下ろうかの方へとかえってみるものの誰も来る様子ようすはなく、悠海はゴクリとつばを飲み込んで《開かずの教室》へと一歩をみ出した。


「…先生?だれかいませ、っ……きゃーーーーーーー」


ゆかが抜けるような感覚かんかくの後、ちゅうほおり出されたような浮遊感ふゆうかんを感じ、そのまま下へと落ちていく。


「きゃーーー!いやーーー!助けてーーーーー!!」


ゆかたたきつけられる恐怖きょうふ想像そうぞうしてこわばらせるが、悠海の体は落ち続け、ゆかが見える気配すらない。


「いやーーーーー………学校ってこんな高さあるっけ?」


不自然ふしぜんなほど長く長く続いている落下らっかに、いくらなんでもおかしいだろう、そう考えた瞬間しゅんかん、落ちるスピードがゆっくりとなっていく。

こわさを感じるスピードから徐々じょじょ速度そくどが落ちていき、今はプールにかんでれるような、ちょっぴり心地ここちいい思ってしまうぐらいゆーらゆーらとれ、落ちていっているというよりは雲に乗っているような、ふわふわしたものを感じる。


「最初のこわさはなんだったんだろう。それなら最初からこんな感じが良かったな」




どれだけ時間がったのか。

おそろしさはなくなったが、いつこの状態じょうたいから変化へんかがあるのか分からないまま時間は流れていく。

時計が無いためはっきりとは分からないが、かれこれ一時間以上はっているのではないだろうか。

その間、とにかく楽な体勢たいせいになろうと悠海はジタバタと手足を動かしてみていたが上手うまく体を起こすことができず、尻餅しりもちをついたような体勢たいせいから、椅子いすすわってだらっと力をいたような状態じょうたいになるまで、さらに時間が必要ひつようだった。


楽な体勢たいせいになって余裕よゆうができた悠海は辺りを見回みまわしてみる。

周囲しゅういは真っ暗でなにも見えない。上も下も右も左も、とにかく暗い。しかし自分の姿すがたは光に当たっているかのように指の先までしっかりと見ることができ、なんでだろうと悠海は首をかしげる。


「もしかして私……」


悠海の頭の中にいや想像そうぞうが広がっていく。

ゆかけるような感じ、落ちていく恐怖きょうふ。もしかしてそれは本当にあった出来事できごとなんじゃないか。今の私は、もしかして肉体がない、幽霊ゆうれい?!

見たかったテレビ、読みたかった本、夏休みに遊ぶ約束をしていたこと、お父さんお母さん、悠海の頭の中に次々と思い浮かんでいく。

目になみだまっていき、悠海は家族のこと考えてはなを大きくすすった。


「私、…もっと、もっと、生き…っ、きゃっ」


どしんっと音を立てて悠海は尻餅しりもちをついた。

真っ暗だったため気がつかなかったが、地面じめんに近かったようで、そこまでの衝撃しょうげきはない。


いたっ…いきなりはびっくりするよ」


しかしおどろいた拍子ひょうしへん方向ほうこうこしひねってしまったようでいたみにうめいていた。

真っ暗だった空間は消え去り、悠海は大きな黒い机がいくつも並べてある部屋にいた。


「ここ…理科室?」


うすい水色と白いつくえには水道がついていて、つくえの上には丸い特徴的とくちょうてき椅子いすさかさまにならべられており、天井に下げられている蛍光灯けいこうとうは電気がついていない。

しかし部屋全体はんでいるかのように明るく、窓際まどぎわにある広い水洗い場にはい色のかげができており、今が日中にっちゅうであることをしめしている。

だが窓を見ても外は全く見えない。

正面には黒板らしきものがあるが、真っ白でうすく、さらにちゅうかんでいるため黒板と言っていいものか悠海には分からない。

近づいてみるとふでのような物がいてあり、これで書き込むのだろうかと、白くていている黒板を見上げた。

黒板もどきの横には部屋があり、そこにつながるドアにはかぎがかかっていた。おそらく理科準備室ではないかと思う。

そこは悠海の通う坂森西さかもりにし小の理科室の間取まどりと一致いっちするものも多々たたあるのだが、見たこともないものも沢山たくさんある。


坂森西さかもりにし小の理科室のつくえうすい水色と白の机ではなく黒い机だし、椅子いすも四角くて全てが木でできているのでこの椅子いすとはあまりにも違う。つくえの上には小さなモニターが設置せっちされており、裏庭側うらにわがわまどの下のたなは見たことがなかった。

児童昇降口じどうしょうこうぐちがわまどのところに水洗い場があるのは同じように見えるが、われているメダカの水槽すいそう見当みあたらない。


そもそも窓の外が児童昇降口じどうしょうこうぐちがある場所なのかも分からないため、ここが坂森西さかもりにし小の理科室だと言っていいのか悠海は確信かくしんが持てなかった。




「えっ、なに…ここどこ…」


悠海は教室の出口だと思われるもう一つのとびらに走った。

ドアはかたく閉まっており、どんなに力を入れても数ミリも動くことはない。ドアにある窓ガラスををのぞいても廊下ろうかを見ることはできず、念のため教室の左右の窓を全部調べてみたが、開くことはおろか、けられている鍵のつまみを下げて解除かいじょする事すら不可能ふかのうだった。


「出られない、…どうしよう」


なんであの時、開かずの教室に入ろうと思ってしまったのか、悠海ははげしく後悔こうかいしていた。

普段ふだんはあまり何かに率先そっせんして進むようなことはしない性格せいかくなのだが、夏休みということに少しかれていたのかもしれないと悠海はくちびるをギュッとむすぶ。目頭めがしらには悲しみの欠片かけらが集まってきていて我慢がまんすることができずいくつもこぼれた。


「どうしよう…」


びしょびしょにれた顔をぬぐってあたりを見回してもなんの変化へんかもない。いつの間にかゆかすわんでいた悠海はうようにして机の下へともぐりんだ。

なんとなく、何かからかくれたいようなげたいようなそんな気持ちだったのだが、視界しかいに入ってきたものにおどろいた。

机の下のスペース、悠海がんだ椅子いすを置く場所ではなく、その上にある授業のさいに教科書やノートを置く場所に、文庫ぶんこ小説しょうせつほどの大きさの本だと思われるものが目の前に見えたからだ。それは真っ黒で不気味ぶきみであったが、なぜか悠海は手をばしてしまった。


「きゃっ」


真っ黒な本は中央からゆっくりと開いていく。中からは強烈きょうれつな光があふれていき、あっという間に目の前をおおった。とっさに目をつむったがまぶたの後ろには光がしっかりと侵入しんにゅうしてきてしまい、少しの間、目を開けることができなかった。

光もおさまり、まぶたに写っていた光もうすくなってきたころ、悠海はおそるおそる目を開けてみた。

目の前には真っ黒な本ではなく黄色の本が広げられている。


「ん?あれ?さっきのやつと違う」


首をかしげながらも不気味ぶきみさや不可思議ふかしぎさよりもなぜか興味きょうみの方がってくる。ごくんとつばを飲み込むと、そーっと本に近寄ちかより軽く指先でつついてみた。

バッと頭をすくめ、両手を顔の前で交差こうささせるがなにも起こらない。またそーっと顔を出し、今度はつまんでみようと人差し指と親指を本へと向けるが、爪の先でなんとかしようと思っているからか何度チャレンジしても上手くいかない。

数分の格闘かくとうののち、段々だんだんと黄色い本にれてきた悠海は膝立ひざだちになって両手りょうてで持ち上げてみることにした。


机の上に乗っていた椅子いすをおろすと、短く息をくと大きくみ息を止める。

なぜだか分からないが、家に出た虫を駆除くじょするような面持おももちで本への対応たいおうをしている。それはまさしくどこからか部屋にまぎんだ緑色の物体を何とかれないように捕獲ほかくし外に逃がす時にする予防策よぼうさくの行動であった。

本が悪臭あくしゅうを放つことはなかったが、気合いを入れた悠海は両手でグッとつかむと体ごと大きく引き、そのまま机の上に放り投げた。


「…、……!!っぷはっ、動かした。動かしたよ、私!」


若干じゃっかん趣旨しゅしが変わっているような気がするが、悠海は達成感たっせいかんでいっぱいになりむねの前で両手りょうてこぶしをつくるとグッと力を込めてささやかに喜んだ。

悠海にとっては大きな関門かんもんだったことをやりげたことで、次のチャレンジもしてみようかと勇気が出る。


「うん、本を見てみよう」


中央から開いたままの状態じょうたいは、悠海が放り投げたことで音を立てて机の上に乱暴らんぼうに落とされても変わることはなく、一ページもずれていないように見える。

本自体は多少たしょうななめにはなっているが、いきおいよく放り投げたのに閉じることもなく悠海の目の前で開いた時のまま机の上にある。


そっとうでばしてページをめくってみようとするが引っかかるものが何もなく、めくることもまむことも、なぜか閉じることも出来できない。

距離きょりを取りつつそっと見てみるが、開いた場所には何かが書かれているわけでもなく真っ白であった。


「本なのにめくれないし、閉じれない。なんだろう…メモ帳?」


真っ白であるなら書き込めるのではないかと思い周囲しゅういを探してみるが、鉛筆えんぴつやペンは見当たらない。

教壇きょうだんにはチョークがあるのではと見てみるがチョークどころか書くものは見当たらず、黒板もどきのところにあるふでのようなものしかなかった。

これでもいいかとふでを取ろうとするが、何かにはばまれているかのようにつかむことができない。


「なにこれ、なんでさわれないの?」


何度ためして見ても透明とうめいな何かにはばまれてしまうため、悠海はあきめて本の前へと戻った。

どうすればいいのか分からなくて本を見つめて大きな溜息ためいきをこぼすと、机に寝そべるように上半身じょうはんしんを投げ出した。

左手を顔の下に置き右手でツンツンと本をさわってみる。感触かんしょくは本というより箱のような感じがした。大胆だいたんさわってみるとそれは顕著けんちょで、ダンボールのようなやわらかさはあるがどんなに力を入れても形が変わらないような不思議ふしぎさがある。顔を持ち上げ本をのぞんでみると、おもむろに本の真ん中へと右手を置いた。

そこにあるはずの感触かんしょくはなく、本の中へと手がまれていく。


「えっ、なになになに?!」


悠海はあわてて本にまれていく自分の手を左手で引っ張る。

怖くてたまらないが気がつけばひじのあたりまで本の中にまれていて混乱こんらんで頭の中がパニックにおちいっているが、無我夢中むがむちゅうで引っ張った。


しかし、悠海の頑張がんばりもむなしくついには肩の近くまで本の中に入ってしまっている。

いまにも泣き出しそうな顔で必死ひっし抵抗ていこうしていると、なんの前触まえぶれもなくんでいた力が無くなり、ぽんっと腕が本の中から出てきた。


「あいたっ!」


引っ張るいきおいのまま後ろにころがると後ろの机に背中をしたたかぶつけてしまった。

こしき出すように体勢たいせいを変え、そのまま後ろの机に手をつき体も預けて、こしのあたりをさすりながら痛い痛いとうめいていると、右手に変なものがくっついていることに気がついた。


白くて丸みがあって、ふわふわしていて、下にいくほど細くなり、うっすらけている。

大きさは手のひらぐらいしかないが、パッと見た印象いんしょうは一つしかなかった。


「お化けだーーー!!」





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