第6話 落ち人と喚れ人
教会の奥の部屋に梨生は案内された。ドアを開けたフィクスは梨生や後ろの三人にも入るよう促した。部屋を入るとドアの反対には窓が有り、開け放たれていた。風がそよそよ吹いているのがカーテンが靡くので分かる。
部屋には簡素なテーブルと椅子が四つあった。
フィクスは梨生に椅子を勧め、梨生は膝に子猫を乗せて座った。
そして彼は自らお茶を入れ、そのカップを梨生の前に置く。
もちろん前に座る自分にも。しかし梨生の後ろに立っていた三人には無いようだった。
フィクスが席に着き、カップのお茶を一口飲んだところを見て、梨生もカップに口を付けた。
本当は温かいお茶が出てきたところですぐに口を付けたかったのだが、父親に言われていた通り相手が口を付けるのを待ってから飲んだのである。何故父親がそのような事を自分に言っていたのかは梨生にはわからなかったのだが、父親のいう事なら間違いがないだろうと素直に従っていた。
こくんと、お茶を飲んでからカップを見た。それには甘い味が付いていたのだ。
そういえば、しばらく甘いものを口にしていなかったと気づいた。
温かい甘い味はどこか自分の気持ちを解してくれたのか、彼女の目から涙が溢れてきた。
「あっ。あれっ? 涙が止まんない」
次から次に涙が溢れてとまらない。
「ご、ごめんなさい。何でかとまんない……」
梨生はそうフィクスに謝った。
「いや、謝る事は無いんですよ。幼い君がずっと緊張していたことは分かりますからね。まずはゆっくり落ち着いてお茶でも飲みましょうか」
フィクスはそういうと、お茶をゆっくり飲み続けた。
梨生はそれを見て自分もお茶をこくこくと飲み干し、はぁと息をはきだした。
一度目を瞑って何かを考えるようなしぐさをしたあと、しっかりとフィクスを見て頭を下げた。
「温かいお茶をありがとうございました。ちょっと落ち着いたような気がします」
フィクスもまたゆっくりと頷き答えた。
「そう、落ち着いたならよかった。じゃあいいかい、さっき言った落ち人の事を説明しよう」
フィクスは『落ち
「この世界ではそれぞれの国に守護をしてくださっている聖獣さまがいらっしゃいます。例えば今いるこの国ファルニールでは白の聖獣さまに守られています。隣のグリュンガでは黄の聖獣さま、ルントでは赤の聖獣さまがいます。また聖獣さまは聖霊さまのもと健やかに過ごされています」
聖獣さまって? 聖霊さまって?
梨生の頭はクエッションマークに占領されそう。
「待って! メモをとっていい? 分からない言葉がたくさんあるの」
梨生はその背中のリュックからノートと筆箱から鉛筆をだした。
ノートを開いて、罫線だけの白いページにいくつかの言葉を書いた。
・ファルニール
・聖獣
・聖霊
「いいわ。続けて」
くすりと笑い声を小さくだしたフィクスはその続きを話し始める。
「ファルニールの聖獣さまは白く大きな獣です。話すことは巫女様を通してならできます。いたずら好きで時折他の世界から物や人を呼び出してしまうんです」
・白い大きな獣 いたずら好き
・他の世界から物や人を呼ぶ?
フィクスは梨生が書き始めると話すのをやめ、書き終えるとまた話を始める。
「その呼ばれた人や物は『喚れ
・喚れ
・落ち
え? 関係ない巻き込まれた人が落ち人なの?
はっと、梨生はフィクスを見た。
「ええ、全く関係ないのに巻き込まれただけの人が落ち人なんです。ああ、大丈夫ですよ。どちらの方も巫女の館にある戻し召喚陣で戻れますから」
フィクスは梨生の不安そうな顔をみてすぐに大丈夫だという。
「ずっと前に落ち人が
梨生がこくんとうなづくと、最後にと付け加えた。
「ただし、悪い事をする人は別ですからね。いい子で巫女の館からのお迎えを待っててください」
「はいっ!」
それはもうとても良いお返事だった。
「あの、私はここにいつまで居ればいいんですか?」
フィクスは少し考えて答えた。
「これからあなたの事を巫女様に連絡してその後ですから、少なくとも十日ぐらいはここで待つことになります」
梨生と子猫はしばらくこの街に滞在することになった。
しかしその間、教会に男と二人っきりという訳にはいかないだろうと村の宿に泊まることになった。
そしてそのお金は国から出るようなので梨生としてはほっとした。
とりあえず住むところと、ご飯は何とかなりそうだ。
後ろで聞いていた三人も、幼い子が(しばらくとはいえ)親から無理矢理離された事がかわいそうだと思っていたのでいろいろ手助けしてやろうと思っていた。
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