第2話 どこに行こう
仔猫を抱き上げたまま、梨生は森を歩き始めた。もちろん、リュックは背中に背負っている。
「猫ちゃん、わたし、どーしようかなぁ。こっちでいいのかなぁ。誰かいるのかな」
答えてくれないのはわかっていても、寂しさと不安で口から言葉が漏れていく。
そういえば、父さんが森を歩くときは長袖のシャツを来ていた方が良いって言ってた。
梨生はリュックから長袖のシャツを出して羽織った。袖は通したものの、前を閉めてしまうと暑すぎるのだ。
お腹も空いてきた。リュックにはまだ食べ物は有るけれど、ここがどこか分からないし、食べ物がいつ手に入るかも分からない。森をキョロキョロ見回すと、そこここに森の恵みが有るのがわかる。
でも、知らない植物を口にするのは恐い。
小さな赤い実を採って、少しだけ腕に擦り付けてみた。
すると、仔猫をがそれを舐めたのだ。
「猫ちゃんっ! 大丈夫? ダメだよ、分からないものを口にしたら。少しずつ、試すんだよ」
猫はぺろぺろと美味しそうに舐めていった。
「みゃうん」
まるで美味しかったと言っているみたいだった。
「これは食べられるのかな?」
独り言でも、少しずつ声が大きくなっていく。
「にゃぁーん」
そうだよと、梨生には聞こえた。
「猫ちゃん。ん、ん、ん。いつまでも猫ちゃんじゃ変だよねぇ。名前、つけていい?」
梨生は先程の指先ほどの大きさの赤い実を、布袋に摘み取りながら、猫に聞いてみていた。
「にゃん!」
まるでそれは、いいよ!って言っているみたいだった。
「キミは真っ白いからなぁ。シロ? じゃつまんないし。あ! そうだ。ふわふわで真っ白だからマシュマロ! マシュってどうだろう?」
「にゃぁーん」
はーいって言ってるのかな? なんてかんがえながら、すでに布袋の半分ほども赤い実を摘み取っていた。
割りと得意なんだよね、とか思いながら梨生は袋を覗きこんだ。
どこかで水も汲まないと。
ペットボトルのスポーツドリンクは猫とともに飲み干してしまった。
木の実を食べるにも水はいるだろう。
ああいうものは食べたあと、喉が渇くものだから。
キョロキョロしていると、どこかで水音がしている。
どこだろう?
耳を澄ませていると、抱いていた白猫がぴよんと飛び出したのだ。
「マシュ?! どこいくの?」
腕の中の温もりが消えると、不安が涌き出てきた。独りっきりというのがひしひしと。
「待って! マシュ!」
必死で追いかけた。まだ少しは冷静だったのか、木の実の入った布袋はしっかり手にもったまま、足下に気をつけながら、白猫の後を追いかけた。
あっ!
ジャブジャブ、聴こえた!
水音だ!
森から出て、ゴロゴロした石を踏みしめて、梨生は川原に到達した。
白猫のマシュはその水をペロペロ飲んでいる。
梨生も走って水を汲めるところまでいくと、片手に汲んで臭いを確かめた……
我慢が出来ず、何度も何度も掬っては飲んだ。
生水は沸かしてからと、父親に教えられてはいたが、我慢できず飲んでいた。
ふぅ。
あー、父さんがいたら叱られていたな。
勉強でも何でも出来るだけでいいと言う父親だったが、健康に関してだけは煩かった。
まあ、仕方ないや。喉が渇いていたんだもん。
ペットボトルにも水をたっぷり汲んで蓋をしめた。これで水も確保できた。
ついでに木の実も出して洗い口に含む。
甘くて酸っぱいそれは、とても美味しかった。
そして、やはり食べたあとに喉が渇いて水を再び飲んだのはいうまでもない。
マシュにも木の実を差し出したが、今度は食べなかった。何故だろう。
と……
仔猫のはずなのだけど、マシュは狩りが出来るの? 水の中の魚を狙いすませている。
見てると、ふいに前足が動いた。
「にゃぁーん」
何だか得意気に鳴き声をあげた。
見ると、魚が川原で跳ねている。
マシュ、すごい!
梨生は慌てて魚を捕まえた。
リュックから十徳ナイフを出して目の横にキリを打った。
ナイフに替えて、腹を出す。ついでに中を洗った。父さんは内臓も美味しいというが、梨生は苦いのが苦手でいつも出している。
「マシュ、すごい。どうする? 生で食べる? 火で炙る?」
そう言いながらも、梨生は川原から少しだけ森の方に行き、石を組み始めた。枯れた小枝と枯れた草等を集めている。すっかり、焼く気である。
「なぁんなん」
マシュはその傍で目を瞑っていた。
小枝で組んだ中に草を詰め、そこにライターで火をつけた。ジワジワ火が回りについて、炎となった。小枝に魚を刺し、火で炙る。
調味料が無いのが残念である。
大きな葉があったので、それを二枚採ってきた。
そして魚が焼けるまでの間に、二本の細い枝を箸に使えるようナイフで削いだ。
こうして梨生が次々と考えて動けるのは、父親に山に川に海にと連れ出され、見て手伝って来たからだ。
そしてリュックにそれだけの物が入っていたのは、父親に持っていけと言われたからだった。
重いのに、祖父母のところなのにと不満だったのだが、今ではそれで助かっている。
父さんはさすがだと梨生は思っていた。
そして焼けた魚は、一人と一匹で半分こにして食べた。
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