可愛い猫と異世界生活~家出中に飛ばされた?
こーゆ
第1話 プロローグ
その場所は鬱蒼と茂った森の中に有る小さな社。
周りは背の高い落葉樹に囲まれ、酷暑の熱を感じさせない涼しい風が吹いていた。
がさがさと草をかき分け細い坂道を歩いてきたのは、リュックにシャツとジーンズという姿の少女であった。首にはタオルがかけてある。
少女の名は七里梨生(ななり りう)といい、小学六年生である。
彼女は夏休みの間、母方の祖父母の家に滞在することになっていた。
いたが、祖父と口げんかのすえ家出をしてきた。
もともと、旅行姿のままである。リュックの中にはペットボトルのジュースやお茶、昼食に食べる筈だったおむすびや菓子が入っている。もちろん滞在中の衣服も夏休みの宿題もである。ポケットにはスマホと口が寂しい時の飴やおしゃぶり昆布が入っている。
汗をかきながら、口の中ではぶつぶつと祖父に対する文句をつぶやき続けている。
「じいちゃんは、お母さんの味方ばかりして……分かってないんだ……」
そう、彼女は両親の離婚の話し合いの間、田舎に預けられることになっていた。父親が好きで、母親が嫌いな彼女は祖父に対しても良い感情を持てていなかった。
着いたそうそう、宿題の事をいわれ、休む間もなく祖母の手伝いを言いつけられ、お腹が空いていたこともあり荷物を持って飛び出してきてしまった。
お腹の音は先ほどより鳴り続けている。喉もカラカラだ。汗は噴き出し流れているし、たまに目に入って痛い。
こうなったのも、じじいが悪いと言い続けている。
確か、この先に小さなお社があったはずなんだ。前に父さんと一緒に来たもん。
風が吹いて、少し涼しく感じたその時、小さなお社が目の前に見えた。
建物は小さいが、ちゃんと階段もあるし廻り廊下もある。扉には鍵がかかっているけど、さい銭箱の向こうはゆったりした廊下もある。これで座れるね。そう思って階段を二三段あがろうとしたとき、床下から鳴き声が聞こえた。
「みぃみぃ」
小さな小さな声。
梨生は階段を下りて、床下を見た。そこには真っ白な子猫がいた。
「お前、親はどうしたの? お腹が空いてるの? 何かあったかなぁ」
リュックを肩から下し、階段に腰かけて中を探る。出てきたのはスポーツドリンクとおむすび。
彼女はドリンクをごくごくと飲んで、おむすびを半分食べた。そしておむすびが包まれていたラップを階段に置き、左の掌にくぼみを作ってドリンクを入れ子猫の口元に持って行った。
ぴちゃぴちゃと音をたてて掌の水をなめとる子猫の背を、梨生はただ撫でていた。
みゃあみゃあと鳴く子猫を抱いて撫でていたのだが、急に周りが暗くなり、梨生は気を失った。
その同日、同時刻。
とあるコンビニの中でたむろしていた高校生がいた。
男女四人組の彼らは、補習授業の帰りらしく、制服の肩にカバンを提げ、買ったと思われるジュースを店内で飲んでいた。外は暑すぎるのだ。他に客の姿が見えないせいか、店員は少々騒がしい彼らに注意をする事も無く仕事をしていた。
トゥルルントゥルルン。店の自動ドアが開いた音楽が流れて、人が入ってくる気配を感じた店員はいらっしゃいませの声をあげようとしてそちらを向いた瞬間……
店内の棚という棚がガシャンガシャンと音をたてて倒れていき……
少年たちが、影が薄くなるようにして目の前から消えていった……
その消える様子は、店内の防犯カメラにも映っており……
店員は何度もワイドショーの中でビックリしたと言っていた。
高校生の四人の少年たちは、気がつくと石畳の上に寝ていたことに気づいた。
そして、自分たちの周りには中世ヨーロッパのような服装をした人々がいる事にも気づいた。
とりあえず立ち上がり、友人たちも一緒にいることに安心する。
周りを見回していると、真っ白なドレスを着た女性がこちらに歩いてきている。髪は輝く金色で肌は北欧人のように白く、瞳は空色だ。
なんだ、これは。
まさかこれは、あの、異世界召喚か!
俺たちは、勇者か聖女か!
とりあえず、わくわくしてみる。
その白い女性が問いかけてきた。なんだ。
「あの、聖獣さまはどちらにいらっしゃるのですか?」
せいじゅう? 成獣? 聖獣? それは、名か? 種族か?
いつも行動が一番早い背の高い方の少年が聞き返した。
「あなた方は誰ですか? あなたの言うせいじゅうとは何ですか?」
はっとしたように、女性は背筋を伸ばして答えた。
「ここはファルニールという国です。我が国の聖獣さまが異世界というところに飛ばされたみたいなので、取り返すために返還の召喚をしたのですが。どうやらあなた方ではないようです」
「は? 俺らは間違えて召喚されたのですか?」
「えーっと……ただ、巻き込まれただけのようですわね」
間違えられただけ……ま、まあ戦ったりしないですむかもしれない。
今まで答えていた少年の前に、背が小さい方の少女が少し震えながら前に来て言った。
「あの、私たちは帰ることが出来ますか? 家族のもとに帰りたいです。帰してください」
それだけいうと、うっうっと泣き出した。
白いドレスの女性は答えた。
「この召喚陣に魔力が溜まれば動かせるのですが……」
そこからは目を伏せて言った。
「どれくらいの時間がかかるか分かりませんけれど、溜まりましたらお帰しいたします」
帰ることが可能と分かると少年たちはほっとしたようだ。
「帰るまではこちらの仕事を手伝って貰うのは大丈夫でしょうか」
仕事があると言われて、話し合う四人は不安そうな一人の少女を除いて頷いた。
「こちらで衣食住は面倒を見ます。申し訳ありませんでした」
そう白いドレスの女性は言って頭を下げた。すると後ろの方で見ていた人々がざわざわし始める。
「巫女様が頭を下げた。あの者どもは……」
「たかだか異世界人、放って置けばよいものを」
「あやつらの国が聖獣さまを喚んだからではないか」
不穏な空気が流れる。
そんな中、巫女様と呼ばれた女性は大きな声でいさめた。
「だまらっしゃいっ。この方々に迷惑を掛けたのは見てのとおりです。これ以上聖霊さまの怒りを呼び起こさないでください」
どうやらこの巫女様はとても位が高そう。
「ありがとうございます。帰ることが出来るまでお世話になります」
ここに何の伝手もない俺らが生活するのを手助けしてくれるっていうのだからお願いしよう。だいたい、召喚陣とやらもここに有るのだし。
そうして彼らは時が過ぎるのをこの王城で待つことになった。
一方、少女と子猫は……
梨生が目を覚ました時、やはり森であった。何となく植生が違うような気もしたけれど。
座っていた木で出来たお社は無くなっていて、傍に有ったのは小さな石板が地に張り付いていただけ。
さい銭箱も、何も無くなっていたけれど、リュックサックは傍に有ったし、子猫も一緒にいた。
家出をしようと思っていたんだからちょうどいいんだ。そう、思いこむことにした梨生は泣きそうな自分を我慢して、子猫をしっかりと抱きしめた。
「猫ちゃん、一緒にいてね。どうしたらいいか分かんないけど、頑張る。な、泣いちゃうけど一緒にいてくれたら頑張れる気もする、の……」
何が何だか分からないまま、梨生は歩き出した。とりあえず、人のいる所に行こうと思って。
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