第365話 反逆者たちの願い

「報告! 上空からアドナが接近してきます!」

 伝令が作戦会議室に息を切らせながら飛び込んできた。地図に注がれていた私たちの視線が彼に集中する。

「攻撃の予兆は?」

「いえ、ありません! アドナの底から足は出ておりません。このまま進めば、海上に出ます」

 プロペーの問いに、伝令は答えた。海上ということは、レギオーカたちが布陣する海岸に向かっているのか。そこからなら、こちらが築いている野戦築城が俯瞰で確認できる。まさに神の視点で戦場を見渡すことができるだろう。

「ふむ。あの攻撃は連発できないという、アカリ団長の推測は正しいかもしれんな」

 プロペーが私を見ながら言った。

「当たってなければ困る、というのが本音ですかね」

「それもそうだな。この作戦は、全て仮説に仮説を重ねた希望的観測も甚だしい推論の上に成り立っている」

 第一段階はこれでクリアだ。長距離の砲撃機能があるなら、ターゲットを捕捉し、着弾確認するために望遠機能のようなものがアドナに設定されているはずで、その機能を使ってこちらの動向を探っているのはほぼ間違いない。テオロクルム総動員で行っている野戦築城を確認しながらあの砲撃を撃たないのだから、何らかの制限がかかっている可能性が高い。もしくは、撃つ必要もない、と考えているのかもしれないが。

 だからと言って、今いる場所から動く必要はなかった。なのに、わざわざこちらに来るという事は、アドナはマルティヌスの性格を反映して動いていると考えていい。

 これまでの言動から類推するに、奴は自分の力を誇示したいタイプだ。その力で相手が驚き、慄くリアクションを間近で見たいと考えても不思議ではない。私たちが必死の思いで練った作戦を、自分たちが操るレギオーカたちが蹂躙していく様を見て酒を楽しむような性格だと思うし、そうであってほしい。

 その慢心を突く。

「一つでも仮説が違えば敗北は必定。だが、自分たちよりも強いという事しかわからない、今まで戦ったことのない化け物を相手にするには、こちらも色々と賭けなければならんという事だな。出来ることなら、こんな危ない橋を渡るのはこれで最後にしたいものだ」

「私もです」

「そうなのか? 流石は経験者だと感心していたのだが」

 意外そうな顔で驚かれた。

「ドラゴンを相手にしているのだから、生態のよくわかってない化け物と戦うのは慣れたものではないのか? てっきり命を懸けて、自分の推論が正しいと証明していくのが大好きなのだとばかり」

「慣れることはありませんし好きになれるわけないじゃないですか」

 どこのキチガイだ。

「私だってできればこんな苦労したくはないんです。ですが、行く先々でのっぴきならない事情が生まれて逃げ道を塞がれて、突破するしかない状況にどうしてか陥ることが多いんです」

 だが、こんな状況でもいいことはある。逃げ道を閉ざされたことで、諦めることができなくなる。唯一の利点は、今の私にとって丁度いい。

「陛下こそ、よく兵や民を説得できましたね」

 燃え上がりそうな炎を腹の内に隠して、話を変える。

「いや、私が皆を説得したのではない。私が皆に覚悟を決めさせられたのだ」


 数時間前、テオロクルムの民に対して、プロペーは演説を行った。今国に起こっていることを包み隠さず話した。レギオーカに包囲され、明日の朝には攻めてくること。それを耐え凌いでも、今度はヤハタ山を消し飛ばしたアドナの砲撃が狙っていることなどだ。勝ち目は薄い戦いになる、と。

 全てを説明し終えた後、プロペーは民に投降すること、もしくは国を捨てることを許した。また、逃亡資金を国庫からわずかながら負担すると約束した。

 半分残れば上々、元々の本命のための目くらましが出来るだけの人数が残れば良いと考えていた私は、テオロクルムの民を侮っていたと認識を改めた。

 誰一人、逃げ出す者がいなかったのだ。これにはプロペー自身も驚いたらしく

「本当に良いのか」

 と思わず問い返した。すると、第一王子であり、テオロクルムの将軍でもあるジオが答えた。

「陛下と共に戦えることは、我らの誉れでありますから」

 彼に従う多くの兵、そして集まった民衆が呼応した。慌てたプロペーは更に言葉を重ねる。

「確かに、予言では最後に鳥を落とすとあった。傭兵団アスカロンも、様々な仕掛けをしてアドナを落とすために尽力してくれている。しかし、それでもだ。予言には我らの旗が落ちる、という記述もあるのだ。どれほどの被害が出るかわからん。お前たちの命の保証は出来んのだ。それでも、ついてきてくれるというのか」

「陛下は何か勘違いをなさっておられる」

 ジオは一度後ろを振り向いた。兵たちが彼を見て、頷いた。彼らの思いは一つだった。

「我らは予言に従うのではありません。我らはプロペー王。あなたに付き従うのです」

 今度こそプロペーはきょとんと呆気にとられ、そして熱くなった目頭を押さえた。

「すまぬ」

「いいえ。陛下。我らにかけるのは謝罪ではなく、号令です。テオロクルムが勝利するための鼓舞です」

 「さあ、お願いします」ジオが振り返り、集まった皆に向かって手を伸ばした。プロペーは大きく息を吸い、自分を見つめるテオロクルムの民たちを見つめ、語る。

「遠い昔、我らが祖先モルスーは龍神教開祖ウィタによって追い詰められた。しかし生き延び、テオロクルムを創った。彼の後ろには、彼を慕う者たち、ウィタによって迫害された者たちがいた。彼らを守るためにモルスーは戦い、国を創ったのだ。そして今、我らはモルスーと同じ危機に瀕している。神を名乗るマルティヌスは、我らに降伏を要求してきた。確かに、降伏すれば命を奪うことはしないのかもしれない。だが、待っているのは理不尽である。人の尊厳は踏みにじられ、奴らに都合の良い家畜として飼い殺される未来である。私は、それを断固拒否する。祖先に恥じぬ生き方を、子孫に誇れる未来を、私は望む。諸君らはどうだ!」

「「「祖先に恥じぬ生き方を! 子孫に誇れる未来を!」」」

「よろしい。ならば共に戦おう! 敵は一騎当千の神兵レギオーカの軍。そして災厄振り撒く鳥アドナ。相手にとって不足なし! これより、我らは神に反逆する!」

 その日、テオロクルムが震えた。


「陛下のご人徳の賜物でしょう。だから皆があなたについてきたのでは?」

「いいや、それは違うぞアカリ団長」

 照れくさそうに頬を指でかき、声を潜めてプロペーは言った。

「私は、これまで予言の通りにしていれば大丈夫だと考えていた。先代から当たり前のように受け継いだこの国を、予言に従っていれば何の問題もなく息子に、ジオに譲れると思っていた。しかしこの度、国が滅亡の憂き目に遭うかもしれないとなった時、私は予言を疑い、心が揺らいでしまった。予言に寄りかかりすぎて、自分の考えがないことに気づいてしまった。だが、兵たちが、民たちが、息子が、彼らの思いが教えてくれた。この国に住む一人一人が、国に誇りをもって生きていることを。大切にしてくれていることを。だから、覚悟ができた。予言に従って戦うのではなく、皆が誇れる国を守るために戦う覚悟だ」

 齢五十にもなって、まだまだ学ぶことがあるとはなあ。プロペーは苦笑いを浮かべた。

「だからこの戦い、必ず勝つぞ」

「ええ。もちろんです」

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