狼煙は上がり、天秤は砕け落ちる

第363話 死か服従か

「何があった」

 テオロクルム王プロペーが私たちに向かって当然の疑問を口にした。

 私たちが王に謁見する少し前、リムス中にマルティヌスの演説が響き渡り、彼らが駆る全翼機アドナが空と人の視線を独占した。

 アドナはテオロクルム上空から発進後、その巨体を見せつけながらルシャナフダ、アーダマス、コンヒュム、アウ・ルムと、大陸の真ん中を横断。アウ・ルムから折り返し、アーダマスとルシャナフダの国境辺りでホバリング、そして、ドラゴンのブレスすら上回る一撃を放ち、ヤハタ山を消滅させた。

「突然空に巨大な鳥が現れ、我が国の信仰の対象であるヤハタ山を破壊。その後、各国に対して降伏と服従を要求してきた。返答の期限は三日。それまでに返答しなければ、ヤハタ山のように地図上から消える、とのことだ」

「敵の正体は、彼らから聞いた」

 カステルム王カルタイが、先に到着していたジュールたちを指さした。私は、彼らの方を見ることができない。

「まさか、オルディ少佐が裏切るとは。これに関しては、見抜けなかった私に責がある」

「いえ、結局私たちも、敵の目的を阻止することはできませんでした。依頼を達成できず、申し訳ありません」

「謝罪も反省も後だ、二人とも。今は、空に浮かぶあの忌々しい鳥を落とすことを考えよう。まずは何があったか、順を追って説明してくれ」

 君たちと一緒に帰ってきた連中の事もだ。そうプロペーに言われ、私は記憶を遡りながら話を始める。


 海底の遺跡から命からがら脱出した私たちは、まず緊急時の信号弾で迎えをよこしてもらった。迎えに来たテオロクルム軍は、私たちと一緒にいたアポスたちを拘束した。先に戻っていたジュールたちから、敵の正体を聞いていたためだろう。彼らとは協力関係にあると説明したが、船長は拘束を解くのを拒否した。当然のことながら、首脳陣には先に戻されたアスカロンの団員たちの情報がもたらされており、コンヒュム軍は敵だと知らされている。しかも、人質を取られていたという情報もあるから、私たちがまた人質を取られ、脅されている可能性も否定できない。

「疑われるのは当然だ。後々釈明出来ればよい。それよりも、今は時間が惜しい」

 そう言ってアポスたちは抵抗せず、大人しく捕らえられた。大人しくしていれば、手荒な真似は受けないだろう。それに、アポスの言う通り今は時間を優先するべきだと判断する。

 港に戻った私たちを、アスカロンの団員たちが出迎えてくれた。彼らは私たちの無事を喜んでくれたが、ずっと泣いているティゲルと、私たちの中に一人いないことにすぐ気づいた。

「なあ、団長・・・。プラエは・・・?」

 ジュールが尋ねた。いつもの飄々とした笑顔は、悲痛で塗りつぶされそうになっていた。ここに彼女がいない理由をすでに察していても、それを認めまいとしていた。だが、耳に届いた声は震えていた。

「・・・すみません」

 胸倉にジュールの腕が伸びてくる。

「何でだよ!」

「ジュールさん!」

 ムトが私たちの間に割って入る。しかし、それでもジュールは止まらない。

「何で団長、あんたがいながらあいつが死んでんだよ!」

「すみません」

「すみませんじゃあねえだろうがよ!」

「ジュールさ~ん~!」

 ティゲルがジュールの腕にしがみつく。

「違うんです~! プラ、プラエさんはぁ~、私たちを、守るために~!」

 私たちを脱出させるために塔から締め出し、最後までレギオーカを操っていたことを伝える。

「どうしようも、なかったんです~。本当に、ぎりぎりで、みんな、死ぬかもしれなくて・・・」

 私を掴んでいた手から、徐々に力が抜けていく。

「何でだよ・・・」

 ジュールは、そのまま膝から崩れ落ちた。ムトと、後ろにいたテーバが彼を抱きとめる。

「団長、悪いが、王様たちが待ってる」

「ええ。すぐに伺います」

 テーバに促され、私たちはそのままテオロクルム城の会議室に向かう。悲しむ暇も、悼む暇もなく、そしてそれは、プラエが望んだことでもない。彼女に託された仕事を果たすために、私は石畳を進む。


「なるほど、やはり、あれが災厄の鳥か」

 説明を聞き終えたプロペーが顎を撫でる。

「アドナ、とか言ったか。あれは結局何だ。一体何ができる?」

「古代文明の遺産です。性能は大陸を横断する長距離飛行とホバリング機能、山一つ消し去る砲撃と、先ほど話にも出た人型兵器レギオーカを操ることができます」

「マキーナ、ラケルナよりも性能は劣るが、それでも一体でコンヒュム兵や海賊を蹴散らした力があるのか」

「はい。そして、海底にはそのレギオーカが何百体も眠っていました」

「・・・考えたくはないが、もしそいつらが目覚めたら、どうなる?」

「そうですね。普通の怪物が人を襲うのは、餌を得るためか、縄張りや仔を守るためです。余程の理由がない限り、離れれば襲ってはこないでしょう。ですが、奴らは違う。ただ命令に従い、人を殺し、いなくなるまで戦い続けます。合理的に、効率的に、隊伍を組んで人と、人で形成される国を丁寧に擦り潰していくでしょう」

「後には何も残らない、というわけだ。マルティヌス司教とやらに従わない限りは」

 カルタイが皮肉げに口を歪めた。

「ちなみに、降伏する気は?」

 今後の方針につながる大事な質問を口にした。

「降伏、服従の先に待つのは理不尽だ。しかも、あそこにいるのはコンヒュムの司教だろう。全てとは言わないが、龍神教関係者は我々を邪教扱いし、迫害してきた。同盟として手を組んだ今も、良く思っていない。普通の関係者でそうなのだから、龍神教の中枢で、しかもオリジナルの龍の書に触れていた奴が我々をどう扱うかなど火を見るより明らか。国民を守るためには、抗うしか道はない、が」

 プロペーが顔を伏せ、言葉を区切る。交戦するも何も、相手は空から攻撃し放題。対して、地上を這う人間にアドナをどうにかする方法はない。そのことを彼は理解していた。勝てないのなら戦う意味がないのだ。そうなると、自分はともかく兵士や国民が戦うという選択肢を選ぶだろうか。死か隷属か、その二択しかないのであれば、生命としては生存を選択するのは当然で、負けるとわかっている戦いに命を懸けることはできない。よしんばできたとして、モチベーションを保つことなど不可能。戦いのさなか、裏切りが出ても不思議ではない心理状況に陥る。戦いどころの話ではなくなってしまう。全員が一致団結出来なければ、戦いに踏み切る決断はできないだろう。そして、団結するためには勝てる希望、確率がなければならない。

「勝率があれば、協力していただけますか?」

「勝てるのか?」

 勢いよくプロペーが顔を上げる。

「正直、確率は低いですが、色々と仕込みはしています」

「それは、一体・・・」

 説明しようとした時、口の代わりに会議室の扉が勢いよく開かれた。飛び込んできたのはテオロクルム兵だ。

「会議中申し訳ありません! また演説が始まりました!」

 全員が顔を見合わせ、その後に外につながるテラスへと向かう。

『テオロクルムに住む者たちよ。裏切り者、モルスーの子孫たちよ』

 外に出ると、マルティヌスの声が響いていた。

『我こそは救世主マルティヌスである。我は、貴様らの過ちを正しに来た。感謝するがいい』

「余計なお世話だ」

 聞こえるはずもないが、プロペーは思わずといった風に毒づいた。

『神の教えに背きしモルスー、そしてその子孫である貴様らは許されぬ存在である。故に、滅びなければならない。しかし、我は慈悲深い。我は貴様らを救済しよう。我に服従を誓う者の命を助けよう。しかし、従えぬというなら、貴様らの命は明日の朝日を見ることが叶わぬと知れ。・・・海岸を見るがいい』

 海岸へと視線を向ける。

「おい、あれ・・・」

 テーバが呟き、指さした。海面から顔を覗かせたのはレギオーカだった。それも一帯ではない。レギオーカが海から砂浜に次々と上がってくる。砂浜に上がったレギオーカは、兵士のように整列した。広い砂浜が狭く感じる程だ。

『一日、猶予を与えよう。我に服従を誓うなら、テオロクルムから逃げ、ヤハタ山跡地へと向かうが良い。明日の十二時、その場にいる者に救いの手を差し伸べる。しかし、従わぬ者、それに組する物には、老若男女問わず何人の例外なく、一切の情け容赦なく、神の裁きを下す』

 よくよく考えることだ。声はそこで終わった。海から現れた化け物の軍勢が自分たちに襲い掛かってくる。視覚から入る情報で、テオロクルムの民は簡単に神の裁きを理解してしまった。

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