第359話 災厄の鳥

「助かったわ。ありがとう」

「いえ、ご無事で何よりです」

 互いの無事を確認し合った後、すぐに情報を共有する。

「じゃあ、皆は最初の取り決め通り、テオロクルム軍に応援を求めに行ったのね」

 最悪の事態、例えば今回のように敵対勢力に制圧されるとか、予言で言うところの災厄が目覚めてしまった場合の取り決めをしておいた。誰かが合言葉をテオロクルム軍にさえ伝えれば、緊急事態に備えて動いてくれる手はずになっている。

「ええ、団長が通信機を取り返していることを皆は知らないから、同行した監視役の目を掻い潜って、というひと手間がどうしてもかかりますが」

 一刻も早く体制を整えてほしいところだが、こちらの身の安全を考慮しての行動を責めることはできないし、責めるつもりもない。皆が最善を尽くしている。これ以上望むべくもない。

「最初から後手に回っていたのだから、そこはもう諦めましょう。代わりに、善後策のための情報を可能な限り持ち帰る」

「仕切り直しのために、というわけですね」

 私とムトが視線を向ける先に、塔が聳え立っている。

 全翼機が浮かんできたのは、塔側で何らかのアクションがあったからだ。

 他にスイッチがないという消去法からみても、あからさまに存在する塔に何もないわけがないというRPGの経験則からみても、高確率でこの考えは間違いないと思う。その理由以外にも、マルティヌスたちが逃げ込んだ先を調べるのは必要だ。

 塔に向かおうと私たちが一歩進めた足を、残念ながら下げる羽目になった。鈍い音がしたかと思うと、目の前にマキーナ改の剣が落ちて来たのだ。だが、剣の先には腕しかなく、途中から金属のいびつな断面や、その奥から極太のワイヤーが垂れているのが見えた。

 ねじ切られたのだ。廉価版とはいえあのマキーナ改の腕が。

 恐ろしい力技を見せつけた張本人が、私たちの行く手を阻むように立っている。

 ラケルナの足元には動かなくなったマキーナ改があった。胴体を踏みつけ固定し、両腕を掴み上げる。パロスペシャルの亜種みたいな方法で引きちぎったのか。

「マナーが悪いわねオルディ少佐。人の前に物を投げ捨てるなんて」

『人、だと?』

 ラケルナが転がっていたマキーナ改を足で海に蹴落とし、左足を前、右足を後ろにした半身で構えた。

『俺の前に、人はいない』

「は?」

『先の手際、見させてもらった。団員の力も借りたとはいえ、普通の人であれば逃げ出す化け物を前にして一歩も引かず、弱点を見つけるやいなや間合いに飛び込み鮮やかな手際で討ち取ってみせた。なるほど、これが一騎当龍か』

 納得したようにラケルナの首が上下に動く。

『初めて聞いた時は、たかが小さな団の団長にどんな尾ひれがまとわりついたのかと笑ったものだが、もう笑えないな。貴殿は、俺が知る人の範疇を超えている。化け物を殺せるのは化け物のみ』

「か弱い乙女を化け物呼ばわりとは、カステルムの兵士は随分と失礼なことを口にするじゃない。それとも目玉に問題ありなのか・・・あと、後ろで笑ってる部下は後で説教と減給ね」

「笑ってませんよ。誇らしげに同意しているだけです」

「とまあ、冗談はさておき、オルディ少佐。そこを通してもらえる? 私たちは敵対している場合じゃない。訳の分からない敵が、足の下に何十、何百といる。あいつらが全部覚醒したらどうなるか想像に難くないでしょう? で、おそらくそれを止める術が、塔の中にある」

 再び進もうとした私たちを威嚇するように、ガン、とラケルナが足裏を叩きつける、中国武術の震脚で威嚇してきた。

「・・・時間が無い中、かなり懇切丁寧に現状を説明したと思ったのだけど、それを理解する頭もラケルナに改造されちゃったの? それとも」

【ご明察だ】

 聞くだけで人を苛つかせる第三者の声が張り詰めた空気に横槍を入れる。

【安心してもらって構わない。化け物どもは大人しくしておいた】

 マルティヌスが自信満々に告げる。

「団長、これはもしかして」

 ムトが小声で呟く。彼も察したようだ。頷き答える。

「ええ、奴らの目的は、初めからこれだったようね」

【いろいろと教えてほしいだろうが、もう少し待つがいい。役者が揃ったら、私自ら教えてしんぜよう】

 喋りたくてうずうずしているのが声色でわかる。往々にしてこういうタイプの話はつまらないことが多い。

 後方に人の気配を感じて振り返ると、門から数人の人間が現れた。苦しそうなプラエと、彼女を支えるティゲルとファナティ。そして。

「ロガン!」

 ムトが叫ぶ。現れたロガンは顔を腫らし、両手を頭の後ろで組んでいた。

「すまねえ。捕まっちまった」

「無事なのか? かなり痛そうだが」

 ロガンは上半身裸で、そこかしこに赤く腫れあがっている個所があった。ムトから聞いていた通りアポスと格闘戦を繰り広げた結果だろう。

「問題ねえ。押し気味だったんだが、もう少しってところでジジイの仲間が戻ってきてよぉ」

「嘘を吐くな若造。ぼろ雑巾になっているのはどっちだ」

 彼らの後ろから、数人の僧兵をつれたアポスが現れた。彼も鼻から血が出た跡がある。

「生きてるんだから、俺の勝ちだ。二度殺しそびれたてめえの負けだ」

「減らず口を」

【揃ったようだな。では皆の者、塔への入室を許可する】


 アポスに後ろから小突かれながら塔最上階に到着したが、中は無人だった。

 塔の入り口は一つしかなかった。階下に入れそうな部屋も見当たらない。

 視線を巡らせる。リムスには似つかわしくない、金属板と液晶画面。用途のわからない小さなスイッチがたくさんついた板。もし私の想像通りであれば、あれは入力のためのキーボードだ。先史文明は、私の知っている文明に近かったのかもしれない。

 天井を支える柱が見当たらない、ただ機材が外壁に沿ってぐるりと存在する空間の中、中央部の床二畳分が他の床材とは違う色で作られていた。違う色の床の真上、天井側は同じく二畳分少し出っ張っていて、あの色違いの床の枠内に入ったら、上から天井が降ってきそうだ。

「マルティヌス司教。全員連れてきたが、あなた自身はどこにおられるのか」

【ここですよ将軍】

 アポスの呼びかけに応えたか、ガラスにマルティヌスの姿が映った。おお、と驚きの声が上がる。

【このような形で失礼。少々取り込んでいるものでね】

「司教、これは一体」

【遺跡の力ですよ将軍。龍の書にある神の威光です】

「神の、威光・・・。これが?」

 いまいちよくわかっていないアポスは、ガラスに映るマルティヌスに指を伸ばした。当然、返ってくるのはガラスの質感だ。

【あなたの堅い頭では、一生理解できないでしょうから、簡単に言いますと、魔女が持っていた通信機に姿まで送れるようになった、と思っておけばいいでしょう。それよりも将軍。一つお願いがあります。そこにいる裏切り者、ファナティを、中央部にある四角い床の上に連れてきてもらえるかな】

「・・・わかった」

 マルティヌスの物言いに少し嫌悪感を表しながらも、アポスは素直に従った。怯えるファナティの腕を掴み、色違いの床の上に連れてくる。強引に腕を引かれ、ファナティは着慣れない服に足を取られそうになりながら彼についていった。

「連れて来たぞ」

【ご苦労。将軍は少し離れて】

 アポスが離れた途端、天井から透明のガラスが降ってきた。ガラスの中にファナティがとじ込められた形だ。驚くファナティの体が床ごと沈んでいく。駆け寄るもガラスに阻まれ、ファナティの不安そうな目で見上げる角度がどんどん上がっていく。ほぼ垂直になったところで、角度的に姿が見えなくなった。かなり深いエレベーターになっている。では、マルティヌスたちが脱出した方法もこれだろう。証拠に、マルティヌスが映る画面からファナティの声が聞こえてきた。

【さて、約束通りあなた方には、我々が手に入れた神の威光について、レクチャーをしてあげ】

「そこに浮いている全翼機と水中にいる連中の制御方法、と言ったところかな?」

 横合いから口を挟んでみる。マルティヌスが黙ってしまった。

「申し訳ない。どうぞ続けて」

【・・・テオロクルムから情報を得ていたようだな。我々と同様の資料が、そちらにも残っていたのか】

 咳払いして、マルティヌスが続けた。

【神を乗せて運んだ鳥『アドナ』、そして忠実なる兵士『レギオーカ』たち。これがこの地に封印されていた神の威光。神の力だ】

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