第222話 百聞を黙らせた一見
「答えろ」
アーダマス王がマグルオににじり寄る。
「どういうことだ、と聞いている」
王の後ろには大団長、そして近衛兵たちが武器を構えて取り囲んでいる。
「これは、何かの間違いです?」
三度息をゆっくり吸って、ゆっくり吐いてから、マグルオは答えた。
「間違い?」
「はい。間違いです。昨日までアラーネアは我々の意のままに操ることができていました。それが今日になって操れないなど、ありえません」
「ありえないもなにも、事実、目の前で操れていないのだが?」
「可能性はいくつか考えられますが、おそらくは、誰かが私をはめようとしているのだと思います」
「貴様を? 何故だ」
「理由はわかりませんが、いくつか可能性は考えられます。例えば、トリブトム内に私を陥れようとする者がいる、他国に我々の計画が洩れ、それを妨害しようとしている、などです」
「なるほど、可能性か。しかし、トリブトムのマグルオともあろうものが、可能性を一つ見落としてはいないか?」
「私が、見落としている。何をでしょうか」
「貴様が、他国のスパイだという可能性だ」
何を言われたか、マグルオは一瞬理解できなかった。間抜けにも口をぽかんと開けて、不遜にも王の顔をまじまじと見つめてしまった。そんなマグルオを置き去りにして、アーダマス王がとうとうと語る。
「貴様の計画はこうだ。我にラクエウスの成功例を報告する。我が自分の眼でも確認したいというのを貴様は見越しており、凶暴な砂漠の化け蜘蛛『アラーネア』を準備する。そして、我の目の前でアラーネアを操り、我を暗殺する」
どうだ? とアーダマス王がマグルオを見た。
「とんでもない誤解でございます。私が王を裏切り害するなど、あり得ません。我ら傭兵は依頼人に対して売るのは力だけではありません」
「他に何を売るというのだ?」
「信頼です。もちろん傭兵は金によって主人が変わりますが、依頼を達成するまで裏切ることなどありません。何よりアーダマスを敵に回すような、団の不利益になることをするはずがありません」
「ほう、ほう。では、我が言う様な事実はない、というのだな?」
「もちろんです。失礼ながら申し上げますと、先ほどのアーダマス王の話にはいくつか無理があります。もし仮に、私が話の通りに暗殺を企てたとしたら、魔道具ラクエウスは私が使わなければなりません。ですが実際使っているのは部下です。また、アーダマス王が中庭に来ていただけるとも限らない。事実、今はこの広間にてご観覧されている。そんな不確かな暗殺計画など、私は立てません」
「と、こ奴は申しておるが、どう思う?」
ふいに、王が振り返った。王が見ているのは自分たちが通ってきた広間と廊下をつなぐドアだ。ドアが開き、一人の男が入ってくる。男は王の前で跪く。
「面を上げよ」
「ははっ」
その男の顔を見た時、今度こそマグルオは驚愕で目も口も限界まで見開かれた。男が平然とした顔で、マグルオに言う。
「どうしたマグルオ。亡霊でも見たような顔をして」
「ヒラマエ・・・お前、死んだんじゃ」
それ以降は声にもならない。口をパクパクとさせるだけだ。そんなマグルオから王に向き直り、ヒラマエは進言する。
「今マグルオが言ったこと、それも奴の策かと思われます」
「その理由は?」
「マグルオは一つの策しか持たぬ男ではありません。失敗してもそれを逆手に取り、必ず自分の利益へと還元し、二の矢、三の矢を放ちます。しかも、自分の手を汚さないように最新の注意を払って。此度の件にしてもそうです。部下に魔道具を操らせ、自分とは関わり合いのない事と言い逃れしています」
「確かにな。いつもであれば、我は安心して中庭に向かっていた。貴様の忠言を聞いて、広間に変更しておいてよかったわい」
「アーダマス王のご慧眼によるものです。ですが奴の智謀はまだ続きます。失敗したとしても、まず先ほどの通り部下の失態として切り抜け、今下で暴れているアラーネアを自ら鎮圧することで信頼を得ようと画策します。自分で火消しをすることで、更にアーダマス王に近づくことができます。言葉巧みに自分に非がない事を言い連ね、そして、大団長。全てをあなたの責任としてなすりつける計画です」
「俺に?」
「はい。マグルオは上昇志向の強い男です。この責任をあなたに取らせ、大団長の座を奪い取る。そういう絵を描いたに違いありません。証拠に、偽のグリフの件ではあなたにアーダマス王の非難を向けさせ、自分はラクエウスによって株を上げようとしていたのではありませんか? ラクエウスの件で話をする時、大団長を押しのけていたのでは?」
そう言われれば、とアーダマス王も顎を撫でさする。そして心当たりが多く存在する大団長は、憤怒の形相でマグルオを睨みつけている。
「そうなると、グリフが偽物だったこと、これすらもなにやら怪しく思えてまいりませんか?」
ヒラマエのダメ押しに、大団長は背中を押された。左腕でマグルオの首を圧迫するようにして壁に押し付け、右手に持った剣を鼻先に突き付ける。
「貴様、最初から俺をはめるつもりだったか!」
「ち、違う。全て、そいつの、ヒラマエの妄言だ! 奴こそトリブトム、そしてアーダマスに仇なす元凶! 他国のスパイです!」
「ううむ、これは困った。二つの食い違う意見。我としては、どちらが本当かわからんな。どう決着をつけてくれようか」
「アーダマス王! 大団長! 私が言っていることが真実です! ヒラマエに騙されてはいけません! 奴は、我らの中を裂こうとする悪魔なのです!」
「マグルオはこう言っておるが、お前はどうなのだ? ヒラマエ。我に申したいことはまだあるか?」
「そうですね。正直、私はマグルオのように弁は立ちません。ですがアーダマス王の許可を頂ければ、別の方法を用い、たった五分でマグルオを黙らせて見せましょう」
「ほう、面白い。やってみよ」
「かしこまりました。では、失礼して」
ヒラマエがマグルオの方へと近づく。まさか、殺すつもりか? とマグルオは身構えたが、そうではなかった。体をまさぐられ「お、あったあった」とヒラマエがマグルオから取り上げたのは、ノリのスマートフォンだった。なぜ奴がスマートフォンを? この魔道具の使い方はノリと、その説明を受けた自分しかいないのに。混乱するマグルオを他所に、ヒラマエは画面を不器用ながらも操作する。
「ええと、確か、ほおむがめんから、ぎゃらりぃ? だったか。ああ、この絵を押すんだったか。で、それから三角のマークがついている、四分三十二秒の、うん、これだ。これを触ると」
操作し終えたヒラマエが、アーダマス王にその画面を見せる。画像は少し荒く、音声も雑音が酷いが、なんとか聞き取れた。画面は隠し撮りなのか、映る二人の人物は体が横に向いている。
『おい、本当に、カリュプスは俺を貴族にしてくれるんだろうな?』
マグルオの背筋が凍った。自分の声だ。だが、こんなこと言った覚えがない。
『もちろんですともマグルオ殿。カリュプス王はあなたの忠誠と能力を高く評価しております。アーダマス王暗殺を成功させれば、旧ラテル領をあなたの領地として与えると約束してくださっております』
『ふん、簡単に言ってくれるが、王を暗殺するなど、そう簡単にできる話ではないぞ』
『分かっております。まずはこれを』
映っている一人が何かを差し出す。
『こいつは?』
『魔獣を操る笛でございます。これをアーダマス王に献上することで、近づくことができます』
『こんなもので、どうしようっていうのだ? 近づいたところを殺せと?』
『いえいえ、これから引き抜こうとしているあなたをそんな危険な目に合わせるわけにはまいりません。私に策があります。これより以降、アーダマス王の遣いであるグリフから、特殊な魔道具を回収するように命令が来るはずです』
『来るはず? なぜお前にそんなことがわかる・・・もしや』
『お察しの通りです。そのグリフは本物ではない。私どもの仲間です。まずその件がいずれアーダマスにばれる。アーダマス王は大層お怒りになるでしょう。あなたはその責任を大団長に被ってもらい、かつ代わりにこの魔道具を差し出すことで王の怒りを鎮め歓心を得られます。大団長の椅子が、それで手に入るでしょう』
『報酬の前払い、というわけか』
『はい。そして、ここからが本題です。アーダマス王は必ず、その結果を見たいと言うでしょう。あなたはそれまでに、どこかで一匹、それなりの魔獣を捕獲しておいてください。そうですね、砂漠が近いので、スコルピウスやアラーネアあたりが丁度良いかと。アーダマス王であれば、近くで見たいと言い出すでしょうから、近づいたところを魔獣に襲わせれば』
『まてまて、それだと魔道具を操作した俺が疑われるではないか』
『そこで、これです』
誰かは、もう一つの笛を取り出した。
『こちらは、魔獣を興奮させる笛です。王、もしくは別の誰かに、すり替えたこちらの笛をお渡しください。大人しかった魔獣が突然暴れ出します』
『ふん、成功しても失敗しても、俺に火の粉は降りかからない、ということか』
『はい』
『・・・わかった。やるだけやっておいてやる。成功しても失敗しても、俺にはとりあえず大団長の椅子が手に入るしな。だが、お前の策だけでは弱いな。アーダマス王の関心を引くためにもうひと手間加えるか』
そして、動画は止まった。マグルオも心臓が止まるかと思った。
「申し開きはあるか?」
アーダマス王が画面からマグルオへと視線を移す。
「ち、違う。違うんです。それは私ではない。別の誰かです。私はそんなことは言わない。言ったことがない。この場所だって知らない」
「画面は少し見辛かったが、それでも貴様だとわかったぞ。声もそっくりだが?」
「偽物です。こんなもの、記憶にありません」
「貴様の記憶にはないが、ほれ、こうして記録にはあるぞ? そもそも、この魔道具は貴様の部下の物であろう。貴様たち以外、誰がこれを映せるというのだ?」
「それは、それはっ・・・!」
騙されていることは確実だ。だがどうやって騙されていることを証明すればいいのかわからない。マグルオは五分で黙らざるを得なくなった。
「決着は、ついたようですな」
黙って見守っていた大団長が、再びマグルオを締め上げる。
「うむ、ヒラマエの言う通り、マグルオは我の暗殺を目論んだ。それだけで極刑に値する。トリブトムも連帯責任として処罰すべきだ、が。我の命を救ったのも、またトリブトムのヒラマエである。であるなら、我の方からトリブトムに対して責を問うつもりはなし。その代わり」
「はっ。早急に、こちらでけじめをつけさせていただきます」
大団長が剣を振りかぶる。その腕を、ヒラマエが掴んだ。
「大団長、けじめはせめて、かつての戦友として私につけさせていただきたい」
「・・・よかろう」
大団長が手を払う。せき込みながら、マグルオは距離を取った。そんな彼に、ヒラマエは剣を向けた。
「ヒラマエぇ、なぜ生きている。なぜ、俺の邪魔をする!」
「マグルオ・・・」
「お前さえ、余計な真似をしなければぁ!」
剣を抜き、マグルオがヒラマエに飛び掛かった。マグルオの剣が上段から振り下ろされ、ヒラマエの脳天をかち割ると思われた、その瞬間。ヒラマエは半身でそれを避け、前に出た。すれ違いざま、マグルオの胴を薙ぐ。一拍遅れて、マグルオの胴に真っ赤な線が浮かぶ。線から血が流れ落ち、血の勢いに押されたか臓物が線からはみ出る。どうとマグルオはその場に倒れ伏し、二度と動くことはなかった。
「許せとは言わん。さらばだ。友よ」
偲ぶヒラマエの脳裏に、かつての、苦しくても楽しかった日々が浮かぶ。瞑った目から、すうっと涙が流れた。
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