第120話 舞台裏

 一日時間を遡った、ドンバッハ領にて。


 戦いの後の略奪行為について、以前の私なら野蛮な行為だと蔑み、忌避していた。死んだ者から物を剥ぎ取って奪い、金銭に替えるなんて、死者を鞭打ち尊厳を踏みにじる、卑しい行為だと思っていた。

 だが、時と場合と置かれている状況を鑑みると必要な場面が出てくる。何故なら、相手の持ち物を探ることで、相手がどこの誰かがわかり、彼らの仲間の戦略を推測することが出来るからだ。相手の次の手を推測できれば、生き残った相手を出し抜ける。

「団長、こいつ、何だろうか」

 敵の死体を探っていた団員の一人、セイーゾが、私のもとに駆け寄ってきた。

「おそらく、魔道具の類だと思うんだが、用途がわからねえ」

 彼がそう言うのも無理はなかった。今でこそ、私プロデュースのプラエ作品で、様々な魔道具を見ているセイーゾたちではあるが、基本傭兵にとって魔道具はイコール武具、戦うためのものだ。剣や斧、もしくは鎧や盾の形をしている魔道具が一般的である。

 しかし、彼が持ってきた物は、確かに私たちの想像する魔道具とはかけ離れていた。タコの吸盤を大きくしたような円形の部品があり、円の周囲と中央から複数のワイヤーが伸びている。ワイヤーの先には四角い箱がついていて、ワイヤーは箱の側面に収束する形だ。その反対側から太めのワイヤーが伸び、先端に小さなコップ型の部品がついている。その後も、他の死体を探っていた団員たちが次々と同形状の魔道具を発見していた。

 始めてみるものだが、形状からなんとなくピンとは来た。確証を得るためにプラエを呼ぶ。

「面白い魔道具があるって?」

 案の定彼女は館から飛んできた。肉体労働や運動を厭う彼女だが、魔術や魔道具関係になると話は別だ。

「はい。敵方すべての死体から発見されました。この魔道具の用途を調べてください」

「了解了解。・・・へえ、これか。明らかに武器関連じゃないわね」

 魔道具をまず大まかに全体像から見て、各パーツごとに調べていく。

「ほうほう、この箱が魔力を取り込むトリガーね。起動させるとどうなるのかな?」

「おいおいプラエ、大丈夫か?」

 セイーゾが心配するのも構わず、プラエは魔道具に魔力を送り込んだ。送り込みながら、円やコップを持ち上げたり地面に向けたりしながら調べていく。彼女が魔道具を送り込んで数分ほど経ったか、傍から見ている分には目立った変化はない。やがて魔力を送るのを止めたプラエが、こちらに魔道具を掲げながら言った。

「結論から話すと、こいつは音を大きくする魔道具ね」

 やはり、そういう用途か。見た目が何となく、医者が使う聴診器に似ていると思ったのだ。

「音を? 何だそりゃ。俺たちが使っている通信機みたいなもんか?」

 ピンと来ていないセイーゾが尋ね返す。

「そうね、使い方によっては、通信機みたいに使えるかもしれない。けど多分、主な用途は盗み聞きよ」

 プラエはまずコップの部品を持ち上げた。

「魔力を流すと、こいつから音が聞こえるようになった。周囲の音を拾い上げて、このコップ型の所から流れるって仕組みね。で、この円部分が音を拾い上げる場所。ついているワイヤーは、音を拾っている方向を示してるんじゃないかな。この箱に、ワイヤーがついている方向と同じ場所に小さなボタンがある。これを押すと、他の部分の音を遮断するか抑えるかして、押した方向の音をメインに取ろうとする」

「じゃあ、例えば館の壁に円形の部分を取り付ければ、中の話を盗み聞きできるってことか? で、例えば二階の話を聞こうとしたら、この上のボタンを押す?」

「だと思うわ。試しにやってみる?」

 館に向かおうとしたプラエたちを、私は止めた。訝し気な顔をする彼女たちを館の中に連れていく。

「何よアカリ。仮説の後は実験、実証しないと」

「わかっています。でも、その仮説が正しかった場合、私たちがこの魔道具の用途を知っていると思われたくない」

「? どういう意味?」

「先ほどの王女とファルサの話で、敵はプルウィクス王妃が雇った暗殺者と判明しました。暗殺者と戦ったことはありませんが、彼らの仕事上、任務の失敗というのは私たち以上に許されないはずです」

「まあ、そうでしょうね。対象に生き残られたら、守りは当然さらに堅くなるし、掴まれば依頼主までたどり着かれてしまうだろうし」

「そんな職種の人間であれば、様々な保険をかけているものと推測できます」

「なるほどな、団長。言いたいことが分かったぜ」

 セイーゾが自分のあごを人差し指と親指で挟むようにして当てていた。

「どっかに、暗殺者集団の生き残りがいる、ってんだろ? で、今も俺らを監視している」

 頷く。そういうこと、と声には出さず口だけ動かしてプラエも納得した。

「趨勢を見守り、他の仲間に情報を持ち帰る役割を持つ連絡係がいるのでは、と思いました。考えすぎかもしれませんが」

「いや、充分あり得る話だ。王女を狙う人間がこの程度の人数で済ますはずがない。そもそも、王族の護衛を切り崩すんだから、かなりの人員が投入されているはずだ」

 ここでの立ち話ももうやめた方が良い。セイーゾの意見に私たちも否やはなかった。全員に切り上げを指示し、館へと引き揚げさせる。こちらの行動を、みすみす見させるわけにはいかない。どうせ教えるなら、無意味なものを覚えていってもらおう。


 ザジとファルサを呼び、一室に集める。突然のことに、しかも筆談で呼び出されてザジは驚いていたが、我々の表情を見て切迫している状況だと悟り、疑問を呈することなく指示に従ってくれた。王女を呼ばなかったのは、ザジの前ではまだ王女ではなく使用人の一人だからだ。もし王女だとばれると、今回の襲撃がただの夜盗ではないことを知られてしまう。今だけは、ただのしつこい夜盗集団にしておく。

『これから、敵に嘘の情報を流します』

 ザジが驚いた顔をしたが、何とか声をこらえてくれた。ファルサは呼び出された時点で依頼に関することだと察していたため特に驚くことなく次の話を待った。

『敵は盗聴する魔道具を用いてこちらの動向を探っています。行動を読まれたのも、この魔道具の可能性があります』

 ファルサが挙手した。彼に紙と木炭を渡す。さらさらと文字を書き連ねる。

『敵が盗み聞きをしているのはわかった。だが嘘を流すとは、どうやって?』

 再び紙を持った私はこう書いた。

『一芝居打ってもらいます』

 彼らに【台本】を手渡す。脚本は諜報担当のジュールと、意外にもセイーゾだ。どうせ聞かれてるなら嘘を流しては、と提案したのも彼だった。

『探し回って散開している敵は動きが読みづらく、またこちらは発見されやすい。なので、嘘の情報で相手をひとまとめにして動きを制御できればと考えています』

 台本をペラペラとめくる二人に流れを説明する。

 まずは敵の接近に気づいていないというふりをするために生活音を出す。その中に索敵魔道具『カンプース』『センタゲレ』の音を定期的に鳴らして紛れ込ませ、敵の位置を探る。まだ大雑把な位置しかわからないが、東西南北前後左右、近いか遠いか程度で問題ない。

 敵の反応が比較的近づいていることが分かった時点で芝居を開始し、嘘の護衛任務の話をする。

『ここで重要なのが、領主様の説明です』

 目を真ん丸にしてザジは自分自身を指さした。大きく頷く。

『領主様には、偽の情報を私たちに伝えてほしいのです。例えば、村人しか知らないプルウィクスへの最短ルートがある、というような』

 不安しかない、と顔に出ていた。しばし逡巡した後、わかりましたと口を動かしてくれた。

『時間が惜しい。早速芝居内容を詰めても良いですか?』

 神妙な顔で二人が頷く。



 三文芝居を終え、タイミングを見計らって、プラエが魔道具カンプースを鳴らす。手元の受信機であるセンタゲレの反応を確認すると、先ほどよりも遠ざかっている。念のため少し時間をおいてもう一度鳴らしてもらう。反応はかなり遠い。点滅した時間から、百メートル以上は離れている。

「もう、大丈夫だと思います」

 ようやく普通に声を出す。瞬間、館全体で大きなため息をついた。全員が思い思いに弛緩する。顕著なのはやはりザジだ。かなり緊張していたのか、その場にへなへなと腰砕けになった。

「大丈夫ですか?」

 手を差し出す。ザジが震えながら手を出したので、力を込めて握り引っ張り上げる。

「緊張しました。ものすごく。あれで、大丈夫だったでしょうか?」

「・・・ええ」

 ドラマや映画、舞台に出演する俳優業の人たちは凄いな、と改めて気づかされたことは言うまい。私も面の皮が厚くなったものだ。

「おそらく、敵は南に布陣しようとするでしょう」

「しかし皆さんは裏をかき、北を抜けるわけですね?」

「いいえ」

 ザジの答えに首を振る。地図を開き、ドンバッハ村を人差し指で押さえる。そこから、すっと一文字に滑らせる。たどり着いた先は、広大な森林地帯。

「東を突っ切ります」

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