第121話 支払いは現物支給で

「無茶だ!」

 ザジが大声で叫んだ。何事かと周囲の団員たちがこちらを見ている。大丈夫、と手を上げ、作業に戻らせる。

「東の森には、本当に恐ろしい化け物が住んでいる。突っ切るなんて危険すぎます」

「サルトゥス・ドゥメイ、ですね」

 名を出すのもはばかられるといった様子でザジが頷いた。

 サルトゥス・ドゥメイは主に森林、密林地帯に生息するドラゴンの中でも上位種に当たる。危険度は以前戦ったペルグラヌスと同等以上だ。

「私は、子どもの頃一度だけ遭遇したことがあります。運よく生き残れたものの、あの時の絶望感・・・今にも夢に見ては飛び起きる。悪いことは言わない。通常の北ルートを通るか、私たちと一緒にラーワー軍の到着を待つべきです。奴らも縄張りである森からは出てこない」

「残念ですが、そのどちらも私たちは取れません。確かに今の芝居で、多くの敵を南に誘導できたでしょう。しかし、完全に北の道から人を排除したわけではない。人数を分けたとはいえ、高確率でこちらよりも多数の人間が待ち受けている。ならば、遭遇すれば確実にこちらを襲ってくる兵数が上の相手と、遭遇するかどうかわからず、遭遇しても襲ってくるかはわからないサルトゥス・ドゥメイであれば、後者の方が幾分マシだと思っています」

「東の森を通る理由はわかりました。龍殺しとあだ名されるあなたをはじめ、団員の皆様の腕前が良いのは重々承知しています。けれど、それでも奴は危険すぎます。通るくらいならここで待った方が」

「それもできません」

「どうして! ラーワー軍が来るまで二、三日ですよ!」

「二、三日、ここが襲われる可能性がある、という事でもあります」

 ハッとした顔で、ザジが後ずさりした。彼の頭の中で、天秤が揺れたに違いない。

「それはできません。しかし、私たちも依頼を完遂したい。両方叶えようとするなら、これが最も成功確率の高い方法です。私たちは移動したという痕跡を残しつつ、行き先をわからないようにかく乱出来るのが理想です」

 これは依頼主の意向でもあります、と付け加える。

「つまり、皆さんは私たちのために囮となる、というわけですねぇ」

 ザジではない誰かが私たちの会話に介入した。

「ティゲル!」

 ドアの隙間でこちらを伺っていた彼女が、ザジの声に照れたような、困った笑みを浮かべていた。ドアを開け、こちらに近寄ってくる。

「休んでいろと言っただろう」

「申し訳ございません。しかし、流石の私もこの状況では眠れませんでした」

 父親に弁明し、それから彼女はこちらを向いた。

「アカリさん。東の森を抜ける、というのでしたら、私をお連れください」

 ザジが飛び上がるほど驚いた。

「ば、おま、ティゲル! お前は何を言い出すんだ!」

「いえいえ、お父様。至極まっとうなことを言っているつもりですよ」

「どこをどうとったらお前がついていくことがまっとうな事なのだ! 昔から言っているだろう。突拍子もないことを言うなと。お前は言葉が少なすぎると!」

「あー・・・申し訳ございません」

 しょんぼりと項垂れる彼女の後頭部を眺めながら思う。

 彼女は頭が良すぎるのだ。私も彼女がどういう意図でその結論に達したかはわからない。けれど、彼女の中で様々な計算が働いて、今の言葉の裏には多くの言葉、理由が隠れている。言いたいことがたくさんありすぎて、でも言語化することが出来ず、しかも自分の中では完結していて、他人もその結論に至れると思っているから言葉が足りないのだ。

「ええと、理由はいくつかあるのですが、まず一つ目の理由は、東の森についての知識、特にサルトゥス・ドゥメイについての情報を多く持っています。特性を知ることで、襲われるリスクを下げることが出来る、と思います。第二に恩返しです。アスカロンのおかげで私は村に無事帰ってくることが出来ました。そして今回の襲撃で、領主であり父の命を救っていただきました。加えて、村を出ることで敵の気を引き、村に被害がこれ以上及ばないように配慮までしてくださっています。これほどの恩に報いなければ、貴族のメンツが立ちません。最後に、報酬です」

 ティゲルが再び父親を見た。

「お父様。傭兵団とは、善意では動きません。依頼をしたわけではないですが、私たちは彼女たちを雇ったのですよ」

 ザジが目を見開き、己が肩の傷口に触れた。

「ティゲルさん、それは」

 さすがに声をかけた。私自身も覚えがある。初めてこの世界にきて、ロストルムという小型の龍種に襲われ、そこをガリオン兵団に命を救われた。助けられてやれやれと思ったが、次に襲い掛かったのは身に覚えのある請求だった。頼んだわけではないが、助けられた。何よりも高い命を助けたのだから、相応の値段は支払って当然という考えが傭兵にはある。正当なる押し売り、と言ったところか。

 私も常であれば請求をした。だが、失礼な話だがこの村に支払い能力はない。しかも今回の事で収益が減ったところに、更なる追い打ちをかけるようなことをすれば、彼らは確実に破産し路頭に迷う。コルサナティオとの確約も彼女を生きて王都に送り届け、その後関係各所に話が通ってからの支払いになるだろうからずいぶん先の話になる。もし請求するにしても情勢が落ち着いてからにするつもりだったのだが。

「アカリさんはお優しい。しかし、先ほども言いましたが貴族のメンツがあるのです。働いてもらっておいて支払いを踏み倒すなど、あってはなりません。しかし、悲しいことに、この村の財政は常にひっ迫しています。ゆえに」

 バン、と自分の胸を叩いてティゲルが私に詰め寄った。

「私が体を使って支払います」

 今度こそ、ザジは絶句した。白目をむいて倒れそうになっている。それはそうだろう。自分の娘が、父親の前で『体で支払う』というのだ。しかもほぼ男所帯の傭兵団への支払いを。普通は【そういう意味】ととらえるだろう。父親の胸中は察するに余りある。

「大馬鹿者ぉ!」

 立ち直ったザジがティゲルにげんこつを落とした。

「い、いたぁ」

 頭を押さえてうずくまる彼女に、今度は言葉の雷を浴びせる。

「ティゲル! お前は、自分が何を言っているのか分かっているのか!」

「え、え? だからぁ、体で支払」

「親不孝者!」

 自分がどんな失言をしたか理解していない彼女にげんこつ第二弾が降り注いだ。

「お、お父様ぁ、これ以上喰らったら背が縮んでしまいますぅ~」

「背が縮むくらいなんだ! 嫁入り前の娘が何を言っているのだ!」

「えぇ? 私そんな変なこと言いました?」

「お前はぁ!」

「領主様、領主様。その辺で。おそらくお互い勘違いされています」

 見ていられなくなって間に割って入る。


「なるほど、お前はここに到着する前にも、知識を代金に傭兵団の皆さんをお助けしていたと」

 ふうふうと肩で息をして、ようやくザジが落ち着いた。

「そうですよぅ。他の何があるっていうんですか?」

 心底理不尽、といった風にティゲルは口を尖らせている。

「そうか、この子は勉強はできるがそういう知識は疎かったのか。安心したというかなんというか」

 ぼそぼそと小声で娘がまだ生娘であることに安堵する父親がいた。

「ティゲルさん」

 今度は私が彼女に問う番だ。

「本気で、私たちと一緒に行くつもりですか」

「はい。理由は先ほど話した通りです」

「死ぬかもしれないのですよ」

「それは違います。生き残るために一緒に行くんです。皆さんが生き残っていれば私は生きていますし、村を襲った連中は皆さんを追いかけます。そうすると村に降りかかるリスクが減ります。村を守るために、領主の娘として何ができるかを考えた末の結論です」

 口調は柔らかく、しかし中の芯は固い。断ってもついてくる勢いだ。苦笑して告げる。

「最初にそういえば、げんこつのリスクはなかったのに」

「あー、そうですね」

 今度から、そのリスクを最初に考えますと彼女は笑った。

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