第111話 三段論法マイナス一段
ファルサを私たちの車座の中に入れる。失礼、と大きな体を屈めて、ファルサが座りこんだ。彼の後ろに、六名の使用人が控えている。ザジが迎え入れたようだ。大きなリビングだが、これだけの人数が入るとさすがに窮屈になってきた。
「珍しいですな」
ポツリと小さく漏らしたのはボブだ。彼の目は使用人たちを捉えている。全員が二十代前後の女性ばかりだった。紺色のロングスカートに白いエプロンのメイド姿で、珍しいと言えば珍しい。これまで何人かの使用人に会ったが、中年以上の年を重ねた方が多かった。
もしかして、ファルサの趣味だろうか。社長が若い秘書を大勢侍らせるみたいなものか。どこの世界でも金と権力を持つ人間の考えは似通るのだなと感心する。
「ボブさん、あまりじろじろ見たら、不快に思われてしまいますよ」
「や、こいつは失礼。お綺麗な方ばかりなもので」
小声でたしなめる。小さく頭を下げるものの、ボブはその後も時折彼女たちの方へと視線を向けている。見れば、何人かの団員も、使用人の方を見てこちらの話に集中できていないようだった。
彼らの視線を受けたせいか、一番小柄な使用人が、少したじろいだように見えた。まだ十代の、それも前半くらいに見える。こんな若い子供が使用人になる経緯とは一体どういうものか、興味がないわけではない。彼女はそれでも気丈に、自らを律するようにきれいな両手を揃え、下腹部に当てて控えている。
先輩であろう両隣の使用人がさりげなくフォローに入った。一人が彼女を支えるように傍に寄り、もう一人が視線を遮るようにさりげなく前に出た。ほんの少しの移動だが、それだけで私たちの意識や注目は前に出た使用人に向けられる。前に出た使用人はひと際スタイルの良いので、団員たちもたじろいだ幼い使用人から簡単に視線を移す。
「何でも売るのが商人だが、彼女たちを売るわけにはまいりませんぞ」
ファルサが豪快に笑う。
「大切な使用人ですし、それに、彼女らはまだ修業中の身です。人様にお預けするようなレベルに達してはいない。君たちも。主人を差し置いて人の目を引くなど、使用人にあるまじきことだ。使用人は陰でなければならない。反省なさい」
「「申し訳ございません。ご主人様」」
窘められ、六人が揃って首を垂れる。
使用人の観察はこんなもので良いだろう。後々何か気になったら、視線を奪われたままの団員たちから話を聞くことにする。質問に答えられなければ減給にしようと心の中でこっそり決め、ファルサに話を振る。
「護衛の依頼という事ですが、詳しく説明していただけますか?」
「詳しく、と言われましても、プルウィクスまでの、道中の護衛をお願いしたいだけなのです。特に他の理由はないのですが」
とぼけたような事を言う。本当にわかってないなら商人として信用できない。わかって言っていたら、なかなかの食わせ物だ。
「私が聞きたいのは、どうして護衛が必要なのか、ってことですよ」
相手の目を覗き込む。
「通常、一般の方が外を出歩く場合、護衛は必ず必要になります。商人もしかりです。規模が大きければ私兵を持つでしょうし、小規模であれば同じ方向を旅する仲間を募って、我々のような傭兵団に依頼するか、定期的に巡回する国や街の軍隊に同行します。旅の途中で雇うというのは珍しい話だと思うのですが、お連れに護衛はいらっしゃらないのですか?」
「連れはここに控える使用人ばかりですが」
「使用人の方が護衛を兼務されている、ということですか?」
その質問に、ファルサは首を横に振った。
「多少の訓練は受けていても、皆さまのような戦闘の専門家には及びますまい」
改めて彼女たちに視線を移す。よく見れば、彼女らの手は傷が多い。使用人なら手を酷使するから、傷ぐらいあってもおかしくないかと気にしなかったが、言われてみれば確かに、家事でつくとは思えないような、例えば親指と人差し指の間に鯉口を切った時にできるような傷がある。幼い使用人だけにそういった傷が見られないのは、それこそまだ修業中で、先輩の領域まで成長していないからか。
「ますますわかりません。護衛はいないのに、商人として外に出歩いていると?」
警戒度が少し上がった。
「ファルサさん。詳しく話していただけないと、私どもとしても依頼をお受けするわけにはいきません」
「いや、ちょっと、待ってほしい。護衛をお願いしたいだけと申し上げたはず。それの何が気になって、受けられないという話になるのですか」
「傭兵も商人も信用は大事です。出会ったばかりの相手をすぐに全面的に信用しろというのは難しいですが、我々はたいてい、出会ってすぐに交渉となります。全傭兵がどうかは知りませんが、私たちは依頼を受けるうえで最低ラインの信用度を設けています。それは、現状を包み隠さず話していただける、という事です。護衛を依頼するまでの過程が知りたいのです」
例えば、街が攻め込まれているから迎撃をしたい、だが人数が足りない、だから依頼をしたい。治療のための薬が必要だ、だが今は持っていない、だから探してきてほしい。とかね。三段論法だ。大前提、小前提、結論のうち、ファルサの話は二番目の小前提がないのだ。
「護衛が欲しいということは、襲われる危険性があるということ。では何故、という疑問が出てきます。なぜ襲われるのに護衛はいないのか。いなくても大丈夫だったから? そんなわけない。護衛はいたはずだ。ならば何故『今』いないのか。はぐれたのか、殺されたのか、どっちにしろ、そこから考えられるのは、あなたたちは何らかの襲撃にあった、という推測です」
間違ってたらごめんなさいねと笑顔を向ける。険しい顔のファルサに。
「詳しく説明して、いただけますよね?」
私が警戒して、このままでは依頼を蹴りかねないと悟ったか、観念したようにファルサは話し始めた。
「私たちは、プルウィクスでもそこそこ規模の大きな商会です。今回も、ラーワーとプルウィクスに関わる大口の取引を終えて、帰路についていた時でした。そこを、夜盗に襲撃されたのです」
「夜盗ですか。しかし、その危険性は考えていたはずで、そのための準備をしていたのでは?」
「もちろん、護衛はつけていました。ここだけの話にしていただきたいのですが、荷はプルウィクスの魔術師のための魔術媒体と、図書館より特別にお借りした研究資料です。なんでも、ラーワーとプルウィクス共同の魔道具開発が進められているとかで」
「魔道具の共同研究ですって?」
プラエが目の色を変えた。前のめりに詰めてくる彼女を、ファルサは両の手のひらを胸の前に出して勘弁してと言わんばかりのポーズをしている。何とかプラエを引かせて、話を促した。
「この点については、本当に何も知りません。ただ、運搬していた荷が貴重な物だってことくらいしか。以前ラーワーに留学していたリッティラ王子のつながりで、今回特別に貸し与えられたと。もし夜盗に奪われでもしたら、どれほどの賠償責任を問われるか分かったものではありません」
最悪、それを理由に戦争を仕掛けるかもしれない。大国はそれくらいのことで平気で戦争を仕掛けて小国を潰す。ファルサもそのことは承知しているだろう。もしかしたら、それが狙いで夜盗を仕掛けたのかも、という勘繰りもできる。
「それだけ重要なものを扱うのであれば、護衛も万全にしていたはずです。今のファルサさんの状況にそぐわないのですが」
「仰る通り、通常以上に厳重な警戒、護衛の人数も倍に増やしていたのです。しかし、それでも襲撃に遭いました」
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