第23話 杞憂であればいいのに

「すみません。ちょっと教えて欲しいんですが」

 声をかけると、ガリオン、ギース、上原、三人の視線がこちらに向いた。

「敵国が攻めてくるってのは、考え難いんですよね。じゃあ、他に何と戦う事になります?」

「そりゃ、今回みたいなロストルムとか」

「他に、襲ってくる可能性のある化け物はいますか?」

 三人の顔が緊張で引き締まる。

「今回のロストルムのボスの行動、やっぱり引っかかるんですよ。そもそも、今思えば最初からロストルムの群れはおかしかった。街道を塞ぐなんて、やっぱり変ですよ。もしあいつらが人間の匂いを嗅ぎとってあの場所に潜伏するなら、もっと早い時期に出来ただろうし、しなかったのはメリットがなかったから。例えば、前に撃退されて痛い目を見たとか、そういうのを覚えていて、餌を襲う以上に、自分達が殺される可能性が高いと判断したから」

 知能が高いなら、それくらいの判断はする。二、三匹のロストルムが矢で殺されたのを見て、この世界に来たばかりの、餌でしかない私たちをラテル近郊まで追ってこなかったのが良い例だ。

「確かに、今回のような掃討戦は珍しい。何年かぶりだ」

 ギースが肯定した。

「それも、群れが大きくなりすぎて派閥争いが起き、負けた方がこっちに追いやられたと推測されている」

 派閥争いで左遷とは。どこもかしこも、群れる知恵持つ種族は同じような問題を抱えているらしい。世知辛くて泣けてくる。

 ともあれ、ロストルムがラテル周辺まで出てくるのには、それなりの理由があるという事だ。反対に、それなりの理由がなければ近付く事はない。脳裏に、トリギェが持っていた丸い依頼品がちらつく。ボスが執拗に狙っていた。あれがそれなりの理由じゃないのか。

「じゃあ、あれか。貴様は、ロストルム以上の化け物がこれから襲ってくるかもしれないって言いたいのか?」

 ロストルム以上の化け物の存在を知らないし、考えたくもないが、話の流れが肝心なので脱線せずに話を続ける。

「真っ当な評価で正規兵に歓迎されている可能性が低くて、敵国からの侵略でもないなら、考えられるのはそれくらいじゃないかな、と思いまして。後もう一つ気になったんですけど」

「まだあるのか?」

 うんざりした顔をされても困る。それに、ハッキリさせた方が良いと思う案件だ。

「さっき言ってた正規兵の収入って、定期的に支払われるって事ですけど、いつ支払われるんですか?」

「ああ? ・・・なんだってそんな事を聞く?」

「おおよそ一ヶ月に一度だ。雇われてからひと月、三十日後だな」

 怪訝な顔のガリオンの横で、ギースが答えた。異世界の給料の入り方がサラリーマンと同じだなんて、少し複雑な感じた。いや、給料の支払い方法なんて当日支払いか月給か年俸しか知らないけども。

「じゃあ、もし、もしですよ。一ヶ月の間に死んだら、どうなります」

 ガリオンとギースが顔を見合わせた。

「その場合、死亡した人間の家族にそれまでの給与が支払われる。家族が手続きを行ってようやく金は家族の元に届く」

「家族が居なければ?」

「支払われない」

「家族が居たとしても、遠方に居るとか、連絡が取りづらい場合は?」

「家族に届ける努力はするだろうが、連絡が取れない場合は支払われない。手続きの期限は大体三ヶ月以内だ。そして、支払う側の努力はまちまちだ」

 傭兵は天涯孤独の者も多い。家族が居たとしても、実家を引き継げなかったから家を飛び出したという理由も多い。つまり、遠方だ。家族が、自分が今どこで何をしているか把握しているところなんて少ないんじゃないだろうか。

「おいおい、もしそうなら最悪じゃねえか」

 ガリオンが自分の禿頭をつるりと撫でた。その頭が、徐々に赤みを帯びていく。

「死人が出るのが確実な戦いがこれから起こるかもしれなくて、その戦いに強制的に参加させられそうになっていて、しかも金を支払う気が向こうに無いだと? ふざけんな!」

 力任せにテーブルを叩く。木製のテーブルの一部が破損し、木っ端が舞った。

「あ、いえ、でもこれは、あくまで全部、私の想像ですから。最悪に最悪が重なった最悪の事態、考え付く限りの最悪の可能性ですから」

 ガリオンの怒りの形相に怯えながら、言い訳のような言葉を並べる。それでガリオンの怒りが収まるわけもないのに。

「そうだ、想像だ。だが、もしかしたら、その想像どおりのことが起きるかもしれねえ」

「我々は、常に最悪を想定して動かなければならない」

 ギースは比較的落ち着いた口調だった。しかし、眉間の皺は深く、苦悩しているように見えた。私たちに話している今も、現段階で選択できる、最善を取ろうと頭の中はフル回転している。

「なぜなら、我々は多くの団員の命を傭兵団として預かっているからだ。時に、冷酷な指示を出す事がある。今言った命を数として見なければならない事もある。しかしそれも、最悪の状況から可能な限り多くの団員と一緒に生き残るためだ。それがわかっているから、団員たちは命がけで戦ってくれている」

「だからこそ、俺たちは負け戦をするわけにはいかねえ。悪手を打つわけにはいかねえんだ。ちっとでも不安材料があるなら、俺はこの依頼を受けるわけにはいかねえ。・・・ギース。団の蓄えはどれだけある」

「そうですね。ひと月程度なら、全員に仕事が入らなくても食うには困らないでしょう。ただし、少々ひもじい思いをしてもらわなくてはなりませんが」

「構わねえ。ひと月ありゃ、隣国まで行って仕事を入れる余裕があるだろ。団員個人にも貯蓄があるはずだ。最悪それを徴収して使わせろ。文句のある奴は抜けてもらっても構わん。すぐに各隊の隊長連中に知らせるんだ。同時に、身支度の用意もさせるんだ。明日中、可能であれば今日の夜にも出るぞ」

「承知しました。すぐに」

 トントン拍子に団の方針が決まり、行動に移されていく。どうしよう、自分から言っといて間違いでしたでは済まされない事態になりつつある。こちらで処理しきれず責任取れないからと、責任者に知っている事を話して肩の荷を下ろそうと思っていたのに。自分が伝えた事や考えた事を正直に話しただけで、判断したのは向こうなのだから責任はないと思うのだが、それでも最悪の可能性に沿った動きをして、外れたらと思うと気が気じゃない。いや、もちろん外れた方が良いに決まっている。決まっているのだが・・・。

「なんか、どんどん話が進んじゃってるね」

 ボソッと私に聞こえるように、上原が呟いた。今それを言うか。

 しかしながら、ある意味悪い意味で、私たちの心配は杞憂に終わる事になる。

 ドアの向こうから足音が響いていた。誰かが階段を駆け上がって、この部屋に向かってきた。

「ガリオン、いる!?」

 ノックもせず、扉を壊す勢いで開け放ったのはプラエだった。息を切らせながらも室内を一瞥した彼女は、部屋に漂っていた空気を読み取った。

「もしかして、やっぱりまずい状況なの?」

「どういう事だプラエ。何があった」

「さっき、トリブトムの連中に会ったの。会ったっていうか、ラテルから出て行こうとした所を捕まえたというか・・・」

「その辺の経緯はいいから」

 全員の心の声を代弁したギースに促され、プラエは身振り手振りを加えながら話し始めた。

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