Part.3 ぶつかり合う七つの二影

 俺の時間感覚が確かであれば今は夜の十一時頃だろう。既に倉庫に籠もってから一週間が過ぎようとしている。密室という物はそこに暮らすと言うだけで拷問になる。軍属で訓練を受けていた自分ですら少しばかり太陽が恋しく感じてくる。精神だけでは無く運動の制限もある。時間も解らず自分の感覚だけが頼り。そんな状況で一週間という時を過ごすというのは非常に辛い物だった。


 アリシアが毎日三食運び入れてくれるもののその料理の味がわからなくなる域まで達するに五日を要した。一昨日から俺は味がわかっていない、そんな状態だ。加えてこの密室空間という物は魔力が薄い。魔道具や陣の効果を立証確認しようにも魔力が薄くては実験も出来ない。そんな状況で帝国を退ける魔道具の制作は困難を極めた。


 事態は長期戦になることを予想して身体を労り眠りに就こうと床に寝っ転がる。まさに全身が床に寝転がろうとしたその瞬間、地響きがした。


 慌てて起き上がると外から爆発音が聞こえる事に気付いた。まるで戦闘を始めたかの様な音が方向問わずそこらかしこから聞こえるのだ。慌てて闇精霊を纏い、屋敷の中へ向かうとブリックス達はエントランスに座っていた。



「何があったんですか!」


「わからない……がどうやら開戦するようだな……」


「そんなっ、あまりに急すぎる!」



 突然の事態に町からは悲鳴も聞こえ始め、アスールライト家の面々も少しばかり表情が強ばっている。どうにかしようと考え始めると一つ妙案を思いついた。



「俺が行きます」


「なっ! だめだソテル君! それでは君は――」


「大丈夫です! 蒸煙石をいくつか持って行きますね!」


「せ、先生……その、先日はごめんなさい!」



 顔も見えないくらいに勢いよく深々と振られた頭は真っ直ぐこちらに向けられている。謝罪の意味とは首を差し出すことにあると言うがその意味で言っても彼女の謝罪は真意に足るものだったのだろう。微動だにしないその姿勢に倣いこちらも首を差し出す。互いに、互いの命を張るに足る存在だと確認するために。



「俺こそごめん、自分で言っておいて約束を真っ先に破ろうとしてた。ごめん」


「そんな! 私がただ甘えたことばかり言ってたから――」


「ステラはそれでいいんだ。俺が間違ってたんだ。俺は昔から魔法を戦の道具に変えることしか出来なかった。そんな自分が嫌で、夢物語ばかり吹いていたのかも知れない……君はどうか俺の謳う御伽噺の主人公になれるように魔法を人の役に立ててあげてほしい。君のお父様が人々に道を示したように」


「はい……」



 静かに言葉を受け止めてくれたステラを両親の元へ返すとアスールライト家の面々の正面を向きあって最敬礼した。



「ブリックス殿! 此度は私の様な身元不明の浮浪者を匿って戴きありがとうございました! アリシア様! 毎日のおいしい料理、そして度々不敬を働いた私への真摯な説教ありがとうございました! アリステラお嬢様! 私の唯一の弟子にして最高の魔道士になられるであろうその才覚、そしてその笑顔に何度も私は救われました! 私がこの家に馴染めるようにと積極的に会話をしてくれたこと、深く感謝致しております! 皆様、これからもこの商業都市エンデルの為、どうかその気高き姿で町に希望を示してくださいませ! 私はこれより一人で帝国を退けて参ります! それでは皆様! さようなら!」



 宣誓を終えるとソテルは駆けだした。後ろからはソテルを制止する声が飛び交うがソテルは魔法を施し庭の大きな蒸煙石を持ち上げると少女の名を冠した魔法を唱えそのまま空高く飛び上がった。

 








 町の中心地まで大跳躍すると、そこにはローレンスがいた。着地の為に状態を整えながら手に持っていた蒸煙石地面にたたきつけその上に着地する。


 俺は混乱する町人に声を張り上げ叫んだ。



「皆さんこの地域から離れてください! 職人通りまで避難してください!」



 叫び声が町に響く。町人はみんなが大慌てで職人通りへと走って逃げていく。その様子を見届け、一人の男へと足を向け歩み寄る。



「ローレンス第三約帝だな。年老いたもんだ」


「……貴様は、化け物め」


「ソテル元第六約帝だ。今回の件はフックス、ディマシオ、ユトリロ教会、ソノヒロの神子および各国の長が知っての行いか?」


 セブンスシェイズに属した二人が言葉を交わす。将来を約束され、帝となるやもしれない七人の人間、彼らを約帝と言い、最も継承権の高い第一約帝から順に第七約帝まで存在する。しかしあくまでもこの順位とは評価であり、強さを示す物ではない。



「ふん、噂通りの青臭そうな男だな。そんなもの我が帝国が世界を統べるんだ、他の国なぞ隷属させてしまえば関係なかろう」


「確かに帝国は優れた軍力を持っている。しかし私が経験した数年前のオディロンはそれは酷いものだった。開発力でセブンシェイズの一人を選定するのは間違っていると思ったほどだ。そのぐらい開発という部門においては壊滅的だった」


「左様、しかし我らには優れた肉体、優れた武具、優れた魔法師がいる。戦争で大切なものは数だ。圧倒的な力とは数だ。その数の暴力の前には他の築く偉大な力など、ただの供物に過ぎん。我ら帝国がその供物を刈り取ろうというのだよ」


「阿呆め、人が国を興す為にどれほどの知恵知識が活かされているか、それを理解しない人間にその地で生まれた力が手を貸すはずも無い! 苦悩の果ての力だったとしても他人手に渡ればそんなものはただの木偶や玩具に成り下がる!」


「しかし我らには開発力が無い、それは統率されたが故に発想が乏しくなってしまった弊害である。それは仕方のないことだ。しかし事統率においては決して我らの右に出る者は居やしない! それもまた力だ!」


「それは詭弁だな。そうしなければ自国の反乱を抑えきれない情けなさを統率という蓋で隠しているだけだ。お前だってそうだローレンス! 覇王という名を捧げられ、いい気になったお前は軍の傀儡となった。そしてお前の伝説を語り、お前を畏怖の象徴とすることで兵士が逃げないように、逆らわないように、言葉通り人を駒にするための道具にされていることを、解れ!」


「貴ッ様ァ! 我を愚弄するか!」


「愚弄と取るかはお前の判断に任せる。だが俺の言った言葉もまた事実だ! 目を背けず帝国を見てみろ! お前の部下は何人命を落とした? お前の友人が最後にお前に笑顔を向けたのはいつだ? お前の師はお前に手を差し伸べる余裕があったか? お前の家族は幸せに暮らすことが出来ているのか!」


「黙れ! もうよい、外の国に出たものは毒されるという帝王の言葉に偽りは無かったようだな。ソテル=フェム・イシュタービルよ、今この時を以て貴様には反逆者の烙印を押し、以後帝国に繁栄を成すための犠牲となってもらう!」



 ローレンスは拳を構えるとソテルは後ろに飛んだ。



「武力で選出されたお前に真っ向から戦う気なんて最初から、無いよッ!」



 先ほど置いた蒸煙石の後ろに回り、ローレンスめがけて蹴飛ばした。細かく砕ける用に細工しておいた蒸煙石は弾丸となってローレンスへと向かっていく。


「くだらんっ! こんなもので我を翻弄できると思っているのか!」


「もちろんそんなつもりもないし、長期戦を仕掛ける気も無い! ローレンス! 手加減するつもりはない、最初から一気に行かせてもらうぞ!」


「ふん! 足掻いてみろ開発の約帝! 武力の約帝の立場を以て初めの一撃は貴様に譲ってやろう、さぁ来い! 貴様の全力を受けきって見せよう!」


「舐めるな! お前とて人の身だ! 殺すつもりでいかせてもらうッ!」



 屋敷を出た瞬間から空に描いていた巨大な魔方陣を収束させ、範囲を狭めるとその対面にも魔方陣を掛けるように魔力を一気に溜める。しかし空に描いた物と違いこちらの魔方陣には大切な役目がある。ソテルは左手の手首を指で引っ掻き皮膚を削り取ると血を媒介に魔方陣を描いた。



「滅べ覇王よ! 煮えたぎる水槽の中で膨らむ力に殺されろ!」



 ソテルの叫び声と同時に空の魔方陣から滝のように水が降る。しかし滝とは違う、絞り口を極限まで狭められた大滝は数多の矢となって敵を貫こうと血を目掛けて放たれる。それを外へと流さないようにと地面の魔方陣が結界を張った。逃げ場は無い。



「なんだこの魔法はっ! 貴様は開発の約帝のはずだ!」


「あぁそうさ。でも魔法を使った開発をしていたんでな、魔法を構築するだけだったら俺にだって出来るさ! これでも開発魔法使いなんでな!」


「……ふん、しかし所詮は水だ。貴様は見誤ったな。あの程度の水量であればただの滝行として我が肉体を引き締める糧としてくれるわ!」



 空に描かれた魔方陣と地面との距離は遠い。いくら浸透圧を高めたと言っても距離が開いてしまえばただの鉄砲水となってしまう。しかしそれでも覇王を除いては十分に威力を発揮していたが、ソテルの狙いはそんなところには無かった。



「誰が水浴びしろって言ったよ? おとなしく地獄に落ちてくれ」



 ソテルが言葉を吐き捨てると、水が地面に到着し、巨大な爆発を引き起こした。

 水蒸気爆発、それは水が気化した際に体積が約1700倍になるために起こる圧力波による爆発。先ほどソテルは大きめの蒸煙石を蹴り飛ばし、砕いた。その為蒸煙石の表面積が大きくなり、砕け散ったそれぞれの場所で大量の水を蒸発させ広範囲で爆発を巻き起こした。その圧力波と水温の急上昇でローレンス率いる帝国軍を茹で殺し一掃しようとしたのだ。その為の大量の水とそれを受けきる水槽が必要だったのだ。


 依然ソテルが蒸煙石に途轍もない熱さを感じた。本来であれば一瞬の温度など知覚することすら無いままに過ぎ去っていく物だが、蒸煙石の熱のプロセスに於いては違う。単純に熱移動をすると言っても熱を移す対象は水である。そして水を蒸発させた時に受ける衝撃は1700倍に体積が膨れた水に包まれた蒸気による衝撃波……つまりショックハンマーだと言ってもいい。その衝撃が皮膚に伝わり痛みとなって熱を感じさせる。それが蒸煙石に熱さを感じた所以だった。


 ソテルの考え通り帝国軍は水鉄砲と爆発の衝撃でほとんど気を失っている。このまま放っておけば水槽の中で溺れて勝手に死んでいくだろう。偶然逃げ延びた者達も逃げるのなら放っておくし戦う意志があるのならば再度同じ事をしてやるだけだ。


 ソテルは勝利を確信し最後の勝負を仕掛けた。



「俺はこの町を守るって決めたんだ! ローレンス、お前の覇道もここまでだ!」



 ソテルが魔力を高めると後ろから誰かがソテルに石を投げつけた。町人だった。

 町人はソテルに地に落ちているものを片っ端から投げ続けた。



「馬鹿野郎! 帝国様に逆らうんじゃねぇ!」


「約帝様! この反逆者めが大変なことをしてしまって、誠に申し訳ありません!」


「こいつを早く連れて行ってくだせぇ! 疫病神なんていらねぇんだよ!」



 ソテルは諦める訳にはいかなかった。帝国の人間が自分を回収して終わらせてくれるほど生ぬるいものではないと知っていたから。ソテルは渾身の力を振り絞って今一度最大級の滝を降らせようと思ったが、町人がいては魔法が撃てない。


 ソテルは考えた。残りの帝国兵は数少ない。ローレンスも見当たらない。恐らく先の一撃で倒れたのだろう。残りの兵達だけであれば白兵戦でどうにかできる。


 腰に下げていた剣に手を掛け、よろける帝国兵に向かって白兵戦を持ち掛けたその時である。



「ふざけんじゃねぇ! くたばれこの野郎!」



 ゴッ! と鈍い音を立ててソテルの後頭部に建築用のレンガがぶつかった。衝撃によろめき、視界は揺れ、立っていられないほどの不安定感に襲われるも気を引き締め踏みとどまる。町人達に罪は無いがこのままでは彼らのせいで好機を逃してしまう。


 姿勢を低く保ち白兵戦に持ち込もうと駆け出す。



「――だから貴様は武において未熟なのだ」



 ソテルが駆けだした瞬間、耳元に声が届いた。声に振り向くとそこにはローレンスが眼前に迫っており既に一撃を放つ準備を完了していた。



「危うかったぞ。しかし所詮貴様には何も守れん。あの時と同じく全てを失え」



 ローレンスが握った左の拳を軽く突き出すと、ソテルの顎を捉え姿勢を保てなくなったソテルはぐにゃりと身体をよろめかせた。ローレンスはもう一方の固くしっかりと握られた右手に練気をためるとソテルの腹を目掛けて真っ直ぐ打ちだした。

 

 衝撃だけがソテルの背中から抜け、町に直線の衝撃波を放つと、その威力の凄まじさを語るかのように町の外壁に至るまで建物を破壊し尽くした。


 一撃を受けたソテルは静かに崩れ落ち、観衆が沸いた。



「うぉおおお! さすが約帝様だ! 凄まじい、凄まじすぎる!」


「約帝様、俺が作る最高の籠手を使ってはくれないだろうか!」


「約帝様、町を御守りください! きっと町長も約帝様の力強さを目にすれば帝国に従ってくれますよ!」



(駄目だ……みんな、逃げてくれ……)



 思考も意識もぐらつきもはや真っ暗に染まる視界の中、ソテルは町を案じて意識が途切れるまで静かに呟き続けた。しかしソテルの声は届かずローレンスは拳を天に突き刺し宣言した。



「町の者よ! もう安心しろ! 貴様達の町に住まう蛆は我が駆除した! これより我は帝国に帰還し、正式にこの町の自治権を預かろうと思う! 貴様等はこの私の歩みに続く覚悟はあるか!」



 ローレンスの宣言に観衆は沸いた。



(みんな……だめ、だ……)



 民、という言葉の意味を考えれば力を持つ者に従って生きるのが世の定めであるが、時として逆らってでもついて行ってはならぬ者も居る。



「ふん、愚民どもが」



 ローレンスの小さなつぶやきを耳にし、ソテルは気を失った。

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