三時限目 怒れる教師

Part.1 遅すぎた準備期間

 屋敷に駆け付くと間もなくしてブリックスとアリシアも帰ってきた。



「ソテル! 無事か!」


「はい、ただどうやら俺がこの町にいることはバレてしまっているようです」


「そうみたいね、でもどうしてバレてしまったのかしら」


「わからん、しかし怪しい動きがあってから僕たちは直ちに行動したはずだ。もしかしたらこの半年ほどの期間は僕たちを泳がせていただけなのかも知れない……」


「今になって行動すると言うことは確信を得たと言う事でしょう。しかし一体どこから情報が漏れたというんだ……?」


「ひとまず屋敷の中に戻りましょう? 私はステラを迎えに行くから旦那様達は休んでいてください」


「いや! 僕が行こう。君に危険を冒させるわけには――」


「今この三人の中で一番強いのは多分私よ? ソテル君の本気は解らないけど、少なくとも貴方より強いのは間違いないわ」


「むっ……」



 戦地になっているかも知れない場所に妻を送り出したくないのは当然だろう。しかしアリシアの言うとおり純粋な身体能力で言えば彼女が一番秀でている事は間違いない。それでも納得できずにいるのはどんなに強くとも一時の油断で命を落とすことがあるということを知っているからだろう。


 事が命に関わるならば愛する妻を喜んで送り出せる夫などいるはずも無い。



「大丈夫ですよ、戦いに行く訳じゃありませんし。それに外からの爆音も止んでます。先ほどの威嚇を終えて今は町人の動きを探っているのでしょう」


「しかしそれならば僕が迎えに行っても平気だろう」



 ブリックスは何が何でも妻に危険を冒させたく無い様子で焦っている。



「……俺が」


「ソテル君は駄目よ。見つかり次第この町は攻撃される。それに貴方を守るために行動を起こしてきたのに今更貴方を捧げるなんて相手が納得するとは思えない」



 ソテルは唇を噛んで自分が町に訪れてしまった不運を呪った。



「ともかくもう行きます、ステラの事が心配で気が気じゃ無いの」



 アリシアはブリックスの制止を振り切り、町へと飛び出した。



「あぁ! アリシア!」



 ブリックスはまるで最愛の人を失ったかのようにがっくりとうなだれた。ソテルは掛ける言葉を持ち合わせておらず沈黙が二人の間に漂った。






 無音の空間にただ二人で座りジッと待つ。待ち続けること一時間ほど、玄関のドアノブがガチャリとなるとアリシアはステラを抱えて連れ帰ってきた。



「ただいま、お父様! 先生!」



 アリシアの手を離れたステラはブリックスに飛びついた。アリシアは息を整えようと広間を歩いて居る。ここまでステラを抱えて走ってきたのだろう、いくら強靱な筋肉をしていると言っても子供一人を抱えて走るのは辛いはずだ。



「おぉ! アリシアッ! ステラ! 二人とも無事か? 何処にも怪我は無いか?」


「大丈夫ですよ、思いのほか町はいつも通りでした。ただ、気になるのは帝国の兵士らしき方々が沢山いてやはりソテル君の事を必死に嗅ぎ回っていました」


「この町に居ることは確信したが何処にいるのかまではまだ、と言ったところか」



 一体どのようにしてソテルが町に居ると突き止めたのか、考えても仕方ないことだが四人はそれが気がかりであった。そもそも何故ソテルは帝国に追われているのだろうか。僅かばかりの疑念がアスールライト家に差し掛かる。



「ともかく今日から方針を変えよう。ソテル、心苦しいが君にはしばらく物置の地下室で生活してもらう。そしてアリシアとステラ、いつも通りの――ソテルが来る前の日常を再現してほしい。今更いなかった頃に戻ろうとして無意識に出来ることでは無い。慣れないことで疲れるかも知れないが演じて見せてくれ」


「貴方はどうするの?」


「僕は町長として真っ当な意見を頭で整理してあのローレンスと言う男に掛け合ってみる。手始めに今日破壊した町の道路を直させる為の資金を調達してもらおう」


「そんな! 危険ですよ! あいつは俺と同じくセブンスシェイズです! それも俺みたいな開発だけで成り上がった奴じゃない、単純な武力で勝ち上がってきた天賦の才の持ち主です! 下手なことをすればなぶり殺しに――」


「だいじょうぶさ。僕を攻撃すればエンデルと交易を盛んに行っているフックスをはじめ、ユトリロ教会と馴染みのディマシオも援軍に駆けつけてくれる」


「旦那様、危険なことをなさるのはおやめになって」


「そうです……お父様がいなくなったら、私……」


「まぁなに、心配するな。何も起きやしないさ。いや、僕が起こさせはしない。僕を誰だと思っている? 僕はエンデルの英雄ブリックスさ。大丈夫何も起きやしない」



 そう言うとブリックスは死を覚悟したかの様な顔つきで町に出た。



「……本当にごめんなさい。俺がエンデルに来てしまったばかりに……こんなことに巻き込んでしまって…………本当に、ごめんなさい」


「ソテル君は悪くないわ。悪いのは戦争ばかりするこの世の中よ。何かをきっかけにいつか帝国が来る事は間違いなかった。ただそれが早まっただけの事よ」



 アリシアは困り顔で笑いかける。その笑顔の裏には家族の心配が容易に見受けられて自分の来訪を悔やまずには居られなかった。


「そうですよ! ソテル先生は悪い人じゃ無いです。悪いのは全部軍人さん達です」


「アリシアさん、ステラ……ありがとう」



 彼女達の言葉に感慨を催した。思えば二度も家族を失った俺にもう一度家族が出来たような温かな空間だった。それを壊そうとする帝国を赦せるものではないが今はただ平穏に済むようにと祈りを捧げた。



(神よ、もし一度でも俺の願いを聞き届けてくれるなら、どうかこの家族だけは、卑しい道を歩む俺を受け入れてくれたこの家族だけは……どうか御守りください)



 深く祈りを捧げたその時、不思議なことが起こった。



(力が、ほしいのか?)


(え?)


(お前は、力がほしいのか?)



 脳に直接流れ込む声。その正体はつかめないが何故か荘厳で神聖な雰囲気を感じずには居られなかった。その雰囲気に飲まれぬように努めようとも心と頭は何処かでその声に怯えきってしまっていた。



(お前は、誰なんだ?)


(私は世界。そして剣。時には盾。そして歩むための杖。私はお前で、私は力だ)


(ちから?)


(お前は世界だ。そして私は力……力とは神だ。そして神とは全ての未来、可能性)



 言葉が流れ込むものの理解に苦しむ内容を語りかけられる。この者が言う事は内容が定まらずふわっとした意味の無い言葉のように感じる。だが、俺の感性がこの者の言葉は偽りで無く純然たる力の塊を感じていた。


 力とは神、神とは全ての未来で可能性……つまりは力とは未来を勝ち取るものと捉えるべきなのだろうか。それもなんだか違うような気がして自分の無能さに凹む。



(力は、欲しいか?)


(……乱暴な力はいらない。だけどこの家族を、未来を力で守れるのなら、ほしい)


(ならば抜け、お前はもう手にしているだろう)



 突然の声に驚きながらもその声が示す力というものがわからない。



(教えてくれ! その力とはなんだ!)



 ……しかし声はもう応えてくれない。ただの幻聴だったのだろうか。ソテルは現実逃避をしているのでは無いかと自分の弱さを再確認し、顔を叩き気を引き締めた。


 今縋るのは神頼みでは無い。己の力で活を見出さなければ俺だけでは無くこの町もこの町に住む人達も、今日まで世話を焼いてくれたアスールライト家のみんな、そしてこの町の未来を奪われてしまう。そんなことをただ指をくわえて見ているだけなんて……元セブンスシェイズの俺が許すはずも無い。



「俺、どうにかして帝国を押し返すだけの道具を作ってみます」


「え? でも先生……魔法は人を幸せにするためにあるんじゃ――」


「ステラ、時として自分を守るためには他人を傷つけなきゃいけない時がくる。俺は俺自身の為に、この家族を守るためになら帝国を滅ぼす覚悟もその罪を背負う覚悟も持ってる。前に教えたその時が今だと俺は判断した」


「でも、先生この前悲しい顔をしていましたよ。そんなの駄目ですよ。魔法で人を傷つける様なことはしちゃ駄目だって、魔法はそんなことのためにあるんじゃ無いって、傷付けるために使ったらそれこそ先生も帝国の人と同じ――」


「綺麗事だけじゃ駄目なんだ!」



 張り上げるように出してしまった大きな声にステラは驚いている。



「えっ、あ……その……ごめんなさい」



 肩を掴まれたまま凄まれたステラは俺と目を合わせる事が出来ずに目を逸らし、怯えた表情でソテルに謝り続けている。



「……ごめん、でも綺麗事だけじゃ上手に生きていくことなんて出来ないんだ」



 強く握り締めてしまっていた肩を離すとは少女は泣きながら自室に駆けだした。



「……今はこんな状況だから黙っていたけど、だけど子供にあんなことをしちゃいけないわよ。それに綺麗事を追いかけるのをやめたらそれこそ本当にあの子の言うとおり、帝国の人間と何も変わらなくなってしまう。私やブリックスならそんな道は選ばないわ。いえ、むしろ貴方の言う綺麗事を唱え続けて今日まで生きてきたから少し不愉快だったかな。ともかく、ソテル君はまず自分の身を案じて。魔法道具についてはソテル君に判断を任せるわ」



 アリシアはソテルの言葉を待つことも無くステラの部屋へと向かった。ソテルは彼女の言葉を受け入れながらもそんな風には生きられなかった自分の過去と見比べてしまい、この先起きることばかりを想像してしまう。



「わかってるよ。人の屍の上に立つ事なんて褒められたことじゃない。でも……それでも力が無くちゃ駄目なんだ。力が、力が無くちゃ……」



 沈痛な表情を床に向け、鏡面のような仕上がりの石に映る自分の顔はとても情けなかった。呟いた独り言は呪いのように自分の耳に残り、思考を段々と奪っていった。


 ソテルの過ごした一年に満たないその場所はいくつもの笑顔で溢れていた。その空間をまた自分が原因で壊してしまう。


 何としてもこの町を、自分を受け入れてくれたアスールライト家を、そして自分の居場所を守るためにソテルは闇の精霊を纏い倉庫下の地下室に籠もった

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