重罰

セザール

第1話 序章


 田畑や木々に周りを囲まれた田舎道を、大型のバスが数台走っていた。


朝霧光一は今、そのバスに揺られながら自然豊かな風景を、とりわけそれに新鮮味を感じている風でもなく、窓に顔を寄せながら目を向けていた。


ふと視線を上げると、どんよりとした薄暗い曇り空がのぞく。

このバスには、光一と同じく、今から文野学園高等学校に入学する生徒たちが乗り合わせている。周囲を見ると、光一の隣に座っている人物も含め、皆の顔にはどこか不安の色が見られた。とても、これからの新しい高校生活に心を躍らせているような様子ではない。


……彼らも皆、辛い人生を歩んできた者たちなのだろうと、光一は思った。


 バス内は発車当初から静かだったが、何人かは初対面のはずである新しい学友と言葉を交わす者も現れたようで、所々で小さな話し声が聞こえてきた。しかし光一は相変わらず無言のまま、窓に顔を寄せていた。隣人も、特に声をかけてくる気配はない。

さらに数十分、バスに揺られていると、ついに見えてきた。

一見してすぐに分かる。なぜならば、それは明らかに異様な雰囲気を纏っていたからである。

山を背景とした大自然の中に、ずっしりとした重量感をもって、文野学園高等学校の校舎はありありと存在していた。その敷地は広大で、校舎や寮などの建物も大きく新しい。下手な大学の校舎よりも、よっぽど立派だろう。

特にその入り口である金色の大きな門は、とても学校の門だとは思えないほどに神々しく、荘厳とした雰囲気を醸し出していて、あまりにもこの緑豊かな景観とのギャップが激しかった。 

バスに乗っている生徒たちが皆いっせいに、窓の方へ寄って、その新たな自分たちの学び舎を見ては「おお」と、感嘆の声を漏らし、バスの中は突如、興奮した生徒たちの声で賑やかになった。皆、あの立派な校舎を見ることで、少し晴れやかな気持ちになったのだろう。


――しかし、光一だけは違った。おそらく自分一人だけ、あの校舎を見てどこか気味の悪いものを感じただろうと思った。


 異様な雰囲気を感じ取ったのは、学校のその立派な外観と、周りの風景とのギャップだけが原因ではない。この学校からは、いや、この学校を含む周囲一帯からは確実に、どこか禍々しい不穏な気配が、分かる者にだけ分かるように暗々と漂っていた。光一は今、それを確かに汲み取ったのである。

そして、その雰囲気を感じ取った者にだけ訪れるであろう不幸を、この窓から見える陰鬱な風景全体が暗示しているようで、どこか不吉な気持ちになった。


「なんか、嫌な感じだね」


 突然の声に驚いて、光一は、はっと反射的に振り返った。

隣に座っている、光一とはルームメイトになる予定の,確か名前は、畑祐介……だっただろうか。どこか儚げな、存在感の希薄な少年である。光一と同い年であるはずなので、青年と表記すべきなのかもしれないが、少年という方が彼には似合うように思えた。

 彼の見つめる先には、窓から見える文野学園の校舎があった。しかしその顔つきは、周りの生徒たちとは違い、どこか憂鬱めいたものだった。

 彼も、自分と同様に、あの学校が放つ、どこか歪な臭いを感じとったのだろう。

 光一は、彼となら仲良くなれそうだと思った。


 そしてまた、自分と彼は決して幸せにはなれないだろうとも、思った。


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