疫病神

池田蕉陽

課題0 疫病神と会え

課題0 「疫病神と会え」





こんなに階段を登る度に緊張が増すのは多分初めてだ。

手から変な汗が滲み出ている。


やばい...すごい心臓ドクドクいってる


僕は胸に手を当てて深呼吸をしてなんとか動悸をおさめようとした。

その手には、彼女からのラブレターがあった。




登校してきて生徒が行き交う中、僕はいつも通り玄関で下駄箱を開けた。

そこには上履きの上に添えられたピンク色のハートの便箋の手紙があったのだ。


なにも覚悟をしていなかったので、多分僕は3秒くらい石になっていたと思う。その石を砕いたのは友人の明久 慎二(あきひさ しんじ)だった。


「お前何つったんでんだよ」


不意の慎二から言葉で僕は我に返った。


「っ!?し、しんじ?べべべべべ別にな、な、なんもないよ?」


僕は必死に手を横に振り、動揺を悟られないよう振舞ったがかえって失敗した。


「いや、動揺しすぎだろ」


慎二は真顔でそう言いながら僕の靴箱の中を覗いた。


「ちょ!勝手にみるんじゃ!」


僕は慎二に見られないよう押しのけたつもりだったが、身長の差もあり逆に慎二が軽く僕を押しのけ返り討ちにさせた。


「えっ、ラブレターじゃん」


慎二は相変わらず表情一つ変えないままいった。慎二は結構喋る奴なのだが、声に抑揚がなく無愛想に話す。

何故か表情もいつも固まっていて、常に真顔なのだ。目が少し細長くクールで、髪色はダークブラウンで地毛らしい。

あと、寝癖のせいでボサボサで少しだらしない所もあった。


「や、やっぱりラブレターだよね?」


「ハートの便箋だし間違いないだろ」


慎二は躊躇なくそのラブレターを靴箱から取り出した。


「ちょい!勝手に取るな!」


僕は慎二からラブレターを取り上げ、すぐに鞄に閉まった。


「ここで読まねーの?」


「読まないよ!こんなところで読んだら目立つしなんか申し訳ないよ」


「ふーーん、じゃあ人のいない所で読もうぜ」


慎二は親指を後にクイクイっと指した。


「なんで慎二が決める...?」



僕と慎二はあまり生徒が通らない廊下の階段裏に着ていた。


僕は鞄から先程のラブレターを取り出しじっと見つめた。


「開けねーの?」


「な、なんか緊張しちゃって...ねぇ慎二、ラブレターってどんな気持ちで開けたらいいのかな?」


「いや、俺も知らねーよ、俺はそんなの貰った事ねーし」


「そう言えばそうだったね...」


僕がラブレターを貰ったことに嫉妬しているのか、怒っているのかさえ、声に抑揚がなさすぎてわからなかった。


僕は慎二と中学から一緒だが、慎二が誰かを好きになった話なんて聞いたこともなかったし、逆もなかった。


「てかそう言えばお前、夏川さんはどーすんだ?」


僕はその名前を耳にした瞬間、心臓が跳ね上がった。

夏川さんは、この高校に入学してすぐに好きになってしまった人だった。


驚いたのは、僕が夏川さんのことが好きすぎて名前を聞いただけでキュンキュンしたというわけではない。

僕が夏川さんのことが好きだということを慎二に話したことがなかったからだ。


「な、なんで夏川さんの名前が?」


「いや、好きなんだろ?違うのか?」


慎二がポリポリと頬をかきながら言った。


「そ、そんなに分かりやすかった?」


慎二がコクリと頷く。


「だってお前、夏川のこと見すぎだし、多分夏川も気づいてんじゃねーかな?」


顔が熱くなるのがわかった。そんなに見すぎないよう意識してたつもりだったのだけれど、まさか慎二にバレていたなんて...


僕は慎二と恋バナなどしたこともなかったのでなんだか猛烈に恥ずかしかった。


「それで夏川はどーすんだ?」


「...もちろん僕は夏川さんのことしか好きじゃないよ、だから申し訳ないけどこのラブレターには応えないつもり」


ラブレターを貰ったのは今日が初めてだ。誰かに告白すらされたこともなかったので、つい気持ちが舞い上がってしまったが、僕は夏川さんしか興味はなかった。なんだか勿体無い気はするけど。


「ふーん、てか早くラブレター開けなよ」


「あっ、うん、そうだね」


僕は慎二に促されるままハートのシールをはがし、中から1枚の白い手紙を取り出した。


僕は少し複雑な気持ちでゆっくりと二つ折りにされた手紙を広げた。

パッと見た感じ女の子らしい字が伝わった。


僕は慎二に手紙の内容を見られないよう、そこに綴られた文字をゆっくり目で辿った。


『加世堂 真人くんへ、


あなたに伝えたいことがあります。今、屋上であなたを待っています。もしこの手紙を授業が始まって以降読んだのなら、放課後も屋上で待っています。


夏川 有紗』


読んでいく度に僕の気持ちが高揚していくのがわかった。そして最後の1行、彼女の名前を見た瞬間に僕は嬉しすぎて倒れそうになった。


「おい、なんて書かれてたんだ、俺にも見せてくれ」


慎二が僕の手から手紙を取ろうとする。


「だ、ダメだよ!きっと夏川さんは僕しか読まないと思って書いているから、黙って見せるのは申し訳ないよ」


「夏川からだったのか?」


「あ...」


しまった、やってしまった。


僕は動揺すると、かなり冷静に物事を判断することができなくなり、つい墓穴を掘ることがある。


それより慎二は僕が好きな夏川さんの手紙だと言うのに、相変わらず表情も声のトーンも変わらないままだった。


「てかめっちゃ顔赤いぞ、大丈夫か?」


僕は自分の手を頬に触れた。

さっきよりものすごく熱くなってるのがわかった。多分今熱を測ると37度を超えているだろう。


「だ、大丈夫だよ、それより僕用事ができたから」


僕は踵を返そうと後を振り向いた。


「なんだよ、今から夏川んとこ行くのか?」


ギクッッ


「今ギクッてなったぞ」


慎二は超能力者なのか?


「さ、さあ〜どうだろうね~」


僕は口笛を吹いて知らんぷりをした。


「目泳ぎすぎだろ、まあいいや、先教室行っとくぞ」


慎二がそのまま人気のない廊下を歩いていった。横にある階段から行った方が教室は近いのに、わざわざ遠回りするなんて。もしかしたら僕が向かおうとしてる場所が屋上ってことも勘づいたのか?屋上はここの階段から行くと1番近いのだ。


なんか気遣わせちゃったのかな?


僕は慎二に感謝しながら、階段を登っていった。



こうして今に至るわけだ


もう気づくと屋上の扉の前まで来ていた。


高校一年生になってもう半年、この半年からずっと好きだった夏川さんが、こうして向こうから手紙をくれるなんて。



そう思うと、再び顔が熱くなるのがわかった。


鞄にラブレターを入れ、僕は胸に手を当て2回深呼吸をした。


ふぅ〜いざ!


僕はドアノブを握り、重い扉を音を立てながら開けた。


目に入ったのは青い空の下で1人背を向ける夏川さんの姿だった。

僕が目にしてるのはまるで、映画のパッケージにありそうな絵だった。


音で分かったのか、夏川さんはこちらを振りむき美しい紫髪が優雅になびいた。


夏川さんと目が合い、心臓の動悸が激しくなるのを感じた。


やばい!可愛すぎるよ!


「あっ、加世堂くん」


彼女が僕の名前を呼んで、さらに動悸が激しくなった。


彼女の顔はとても美しく、でもなんだかちょっぴりぎこちない様子だった。


「なななななななな、夏川さん、どどどどどどどどどどうしたの?こここんなところに呼んで」


ダメだ落ち着くんだ、動揺するんじゃない、頼りなく見えてしまうじゃないか。


自分でそんな暗示をかけるも、かえって緊張を増すばかりだった。


「どうしたの?そんな動揺して」


夏川さんが手を口に当て、クススと可愛く笑って見せた。


笑った顔も素敵だった。


「あっいや...」


僕は右手を頭の裏に回し、夏川さんと顔を逸らした。


夏川さんがこちらに歩いてきた。


やばい来る!


まるで敵でも襲いかかってくる言い草だと思ったが、似たようなものかもしれない。


夏川さんは僕の1歩手前で止まった。

心臓の音が夏川さんにも聞こえているだろうってくらい激しい。


よく見ると彼女の顔も赤くなってるのがわかった。


夏川さんも緊張してる?


そんな姿もかなり可愛かった。


「動かないでね?」


「へっ?」


え、どういう意味?なにが起きちゃうの!?


なんと夏川さんは僕の両肩に手を置き、目を瞑った。そして顔が近づいてくる。


え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?ちょっとちょっと、待って?え?なんで?告白じゃないの?その1歩先を行くの?え、ちょ慎二たすけて!!!!!


もう夏川さんの顔は目の前まできている。自然と唇に目がいく。すごくプルプルしていて綺麗だった。僕はそれを見てしまい、その唇と僕の唇を重ねたらどんなに幸せだろうかと考えてしまった。いや、今からそれが起ころうとしているのだ。


僕は欲を抑えきれず、目を瞑ろうとしたその時だった。


「ごめんね?」


え?


そのまま唇が重なり合った。


ファーストキスだった。


夏川さんの唇はとても柔らかく、そして彼女の頬には涙が流れていた。


なんで泣いて...?


短いキスは終わり、夏川さんが顔を離した。


僕はただ呆然としていた、この後起きることなんて知らずに。


「あれ?なんでこんなところに?それに私泣いて...」


「え?」


ど、どういうこと?


さっきの謎の謝罪と言い僕は少し混乱した。


「加世堂くん?なんで私達屋上なんかに?」


記憶がなくなっている?でもどうして?


「え、えーと...」


僕はなんて言えばいいのか分からず口ごもった。


「あ!もう授業まで5分しかない!ごめんね加世堂くん!用事ならまた後でね!」


夏川さんはさっきのキスはなにもなかったかのように、屋上から走って出ていった。

いや、きっと彼女からしたらなにもなかったことになっているのだろう。


な、なんで?


その時、僕の肩に誰かの手が置かれた。


思わず振り返ると僕は驚きすぎて尻餅をついた。


「うわぁ!!!ば、化け物!」


そこには、僕よりひとまわりもふたまわりも大きい、なんと表現すればいいのか、例えるなら桃太郎電鉄でいうキングボンビーのような姿をした化け物がそこにいた。




























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