第5話
「呪い……?」
「そう。そして、その呪いを解くための唯一の方法ってのが、」
「まさか——」
奏多は青ざめた表情で手元の鏡だったものを眺めた。
「コレ?」
「そう」
「まさか」
「そのまさかだよ」
奏多はその場にペタリと座り込んだ。
「ど、どうしよう……。あの、コレ直せないんでしょうか」
「うーん……ここまで派手に砕けちゃってるんだもんなぁ」
苦笑いするクロイ。
「ちょっと貸して」
奏多はへたり込んだまま黙ってクロイに手鏡の枠を手渡した。
「ふうーん。裏にはスズランが彫られているんだね。文献の通りだ……」
木彫りのスズランの模様をゆっくり撫ぜるクロイ。
「この木は……イチイの木かな。この地域にはない種類の木だし、この鏡自体、この地で作られたものじゃ無さそうだね。そうか——」
ひとりでぼそぼそと呟いてから、クロイは顔を上げた。
バチっと視線が合い、奏多は恥ずかしさからふいと目をそらした。
「鏡を直せる見込みも少ないし他の可能性も探ってみるけど……。カナタちゃん、キミの力も借りることになるかもしれない」
「え? 私の……?」
名前を呼ばれて、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「カナタちゃん、キミはこの世界の住人じゃないよね」
「…………」
どう答えるべきか。
少しだけ迷って、奏多は小さく小さく頷いた。そして、
「あの、ここって、どこなんですか?」
今一番の疑問を投げかけた。
今度はクロイが拍子抜けしたような表情を浮かべた。しかしすぐに頭を振ると、そうだな、と言って、
「ここは、」
答えた。
「魔女が統治する国だ」
まただ。
先程から妙に喉元に引っかかるワード。《魔女》。
奏多は困ったと言うように、眉毛をハの字にしてみせた。
「さっきから……『魔女』って言ってますけど、あの魔女、ですか? 黒いとんがり帽子に、鷲鼻で、手に魔法の杖を持ってて…」
奏多の言葉に、クロイは大きく首を振った。
「カナタちゃんの世界ではそうなのかもね。でもね、この世界は違うよ。それはそれは美人さんで、あまりの美しさに見た人の目は潰れてしまうかもしれないんだって」
「しれないってことは…」
「カナタちゃんは察しがいいね。そう。実際、誰もその姿を見たことはないんだ。一目でもその姿を見ようと無茶した者はみんな呪われたさ」
《呪い》。
このワードもまた奏多の頭に強く引っかかった。
先程から妙な重みを感じるその言葉。
《呪い》。
一目でもその姿を見た者は呪われるという。
それってつまり……。
「ってことはあの子も見たってこと? その、魔女の姿を」
「あの子? ……ああ。トーマは少し違う。トーマはね、」
そこでクロイはうつむいて、ふっと笑みを浮かべた。
「……いけない、いけない。喋りすぎだね。トーマに怒られちゃう」
頭の上にはてなマークを浮かべる奏多を尻目に、クロイは勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、トーマを迎えに行ってくるよ。ひとりになって、少しは頭が冷えただろうからね」
「あ、じゃあ、私が行きます……!」
クロイが驚いたように目を見開いた。翡翠の目が電灯の光を跳ね返して綺麗に光っている。
「ホ、ホラ。元はと言えば、私のせいだし、なんていうか……」
クロイはニンマリ口角を上げると奏多の頭をポンポンと二回、優しく撫でた。
「じゃあ、お願いしようかな。トーマはきっと自分の家にいると思う。この建物を出て、すぐ左手の螺旋階段を登った突き当たりを右だよ」
「分かりました」
目的地までの行き先を口の中でブツブツ唱えている奏多の背中に向かって、クロイが声をかける。
「そうそう。ノックは忘れずにね」
「え?」
「ホラ。ああ見えてトーマも年頃の男の子だからさっ」
その言葉の真意を汲み取ることは出来なかったが、分かった、と頷いて奏多は建物を出た。
◇◆◇
多分、昼間だというのにそこは暗かった。
建物が所狭しと並んでおり、何層にも重なった建物が空までも圧迫していた。
継ぎ接ぎの建物はタテヨコ繋がっているとはいえ壁面の色味が微妙に違っていて、増築されていった町の歴史が感じられた。
建物を出ると、言われた通り左手に螺旋階段が見えた。
黒い鉄の柵に囲まれた螺旋をぐるぐると何周もして、突如として目の前に現れた廊下らしき道を突き当たりまで進む。
無機質なドア。
ノックを忘れずに、との言葉を思い出し、奏多はドアを叩いた。
「あの、私。奏多。えっと、さっきは何が何だかで……ごめんなさい。あの、あのね、クロイさんが戻ってきてって」
ドア越しに立って弾丸の如く思いの丈を伝えたが、そもそも中で人が動く気配が感じられない。少し心配になって来た。
先程聞いた「死んでしまうかもしれない」という言葉。もしかしたら中で倒れている可能性だってあるかもしれない。
「トーマ、、くん。大丈夫? あの、入るよ……?」
ドアノブをそっと回すと、奥から鋭い声が飛んできた。
「入るなっ!」
確かに、トーマの声だ。
びくりっ。
ドアノブを回す手が止まる。
続けて奥から聞こえてきたのは、彼の呻き声だった。
そして、胃の中のなにかを吐き出すような、生々しい嗚咽——
奏多の顔は瞬時に強張ったが、それ以上に「早く助けなくっちゃ」という思考がフツフツと湧き上がっていた。
「トーマ……!」
先程、制止された、が。
一気に部屋へ飛び込むと、奏多は目の前に広がる光景に、あっ——と息を飲んだ。
室内は四畳半ほどの狭い空間であった。
その床一面には実に様々な花が見事な大輪の花を咲かせていた。
そして、その中心に彼の姿があった。
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