第22話山犬の武者を成敗しよう
夜10時過ぎ、東西南北に車の列が伸びている。
海塚から脱出する市民の乗る車が、大渋滞を起こしていた。
収まるどころか拡大しつつあるゾンビの襲撃、人目を気に掛けぬボス2体によるプレイヤー殺し。
そして避難指示。ゲームに関わらぬ者も、ここまで状況が進めば危機感を抱く。
牛の歩みで流れていく車の列に、ゾンビーが群がる。
機動隊は避難誘導のほか、彼らを市民から守るよう指示を受けていた。
海塚市東部、海東区を東に走るハイウェイ、東海高速道路に乗り損ねた渋滞の列にバディのライフル弾が撃ち込まれていく。
高経験値のゾンビ―と、彼らともみ合う機動隊員。レベル上げに熱心なプレイヤーから見ると、ここは垂涎ものの狩場だ。
ゾンビー達は高架上までは侵攻していない。一般道を走っている面々と比べると、こちらは安全に進む事が出来た。
(まだかな…)
怜雄は両親の車に乗せられ、静岡方面に向かっていた。
安全地帯に固執する性格の彼にとって、今回の避難指示は不本意極まりない。
独り立ちしていたなら意地でも海塚に留まっただろうが、彼は中学生。自分の行く先を決める権利はないのだ。
(絶対運営がやってるだろ、ふざけんなよ…)
怜雄は後部座席に座りながら、心の中で独り言ちる。
その頃、デリラは中区を市役所に向かって北上していた。プレイヤーと一般人の区別はつくが、視界に入れない限りは分からない。
自らの仕様を疑問に思いつつ、カラドボルグとは逆に隠密行動をとっていた。
正午を過ぎるあたりまでは無差別に殺していたのだが、あまりに外れが多すぎる。自分達が殺めたとて、彼らは経験値にならない。相手にするだけ無駄だ。
デリラにせよカラドボルグにせよ、自身の生存時間を伸ばす気はない。
満貴によって人間と遜色ない思考力を与えられているとはいえ、彼らの目的はプレイヤーに倒される事。
あくまでボスなのだ。人間とは価値観が違う。
そんな彼女の前に、山犬の武者が再び姿を現す。
ゾンビの群れを斬り崩しながら街中を走っていた彼は、デリラの姿に気づくと追跡。
二人は市内を流れる梅川から20mも離れていないマンションの屋上で向かい合った。
その姿を満貴が見ていた。
高度500mから2人の指の動きまで見て取れるのは、モンスター「ホークアーチャー」の視力を借りているが故。
その周囲では口笛を吹くような音が響き渡り、不自然な風が渦巻いている。
満貴の瞳が妖しく輝く。モンスター「ガタノソア」の石化の魔眼が発動したのだ。
脳と主要器官以外を石化、対象から行動する自由を奪う力。
本来はガタノソアの姿を見たものが石化するのだが、モンスター達は名と伝承を借りただけの怪物なので、これでも問題はない。
山犬の武者が石化すると同時に、満貴の身体も石化する。
指一本動かせなくなってしまった彼を、間近で侍る「フライングポリプ」が大風によって支える。
(さぁ、デリラ!殺せ!)
皮膚と筋肉の石化が徐々に解けていく。
自ら生み出したモンスターの影響を、満貴は自由に遮断あるいは解除可能なのだ。
遥か下方では彫像と化した山犬の武者の身体に、デリラがマシンガンの弾を撃ち込んでいる。
武者の身体が砕け散ると同時に、レベル40ボスも同じ形に砕けた。砕けた死体の姿が変わる――武者の正体は岡田兄であった。。
(…アイツ殺せたけど、ボスを犠牲にする羽目になったか)
攻撃を反射するとはいえ、武者はダメージをゼロに出来る訳ではないようだ。
いうなれば痛み分けの力。与えられたダメージと同量のダメージを相手に与える……使いづらい力だと思う。
★
菜々は風のように走り、狩り場を移す。
天白区の針沖に足を運んだ彼女の耳に、獣の唸り声のようなものが飛び込んできた。
同時に爆発音。菜々は音のした方に近づいていく。近づくにつれ、破壊された乗用車や横たわっている死体が増えていく。
やがて彼女は、病棟の窓を破った草色の騎士と鉢合わせた。
騎士から距離をとると同時に、己のバディを前に立たせ、得物のガトリングで攻撃するよう命じる。
鋼の銃身が回転し、カラドボルグは火の嵐に殴りつけられる。
愛剣を振るい、致命傷を避けるレベル20ボスは、砕ける己の脛当と篭手を見た。
プレイヤーを持たないとはいえ、彼もバディ。HPがゼロになれば死ぬ。草色の騎士は襲い来る銃弾から逃れるべく跳躍。
一方、菜々は強気で攻める。
運営によりジョーズに与えられた自動修復、レベル20に達した事で得た身体能力。
始めはまるで使い物にならなかったが、レベルが上がるにつれ回復量はここまで上昇した。
カラドボルグが剣を振るう。
不吉な気配を感じた菜々は直感に従い、ジョーズの身体を盾にする。
その判断は正しかったらしく、ジョーズの鎧が悲鳴を上げた。
修復は毎秒およそ1%の速度、間合いを縮めさせない為に、使用する装備は最も連射力のあるガトリング一択。
菜々もダンジョンで得たアイテムを使用し、戦闘をサポート。
アプリを操作し、焼夷手榴弾を投擲。
空中に出現したアイテムが、放物線を描きながらカラドボルグに飛んでいく。
その数20。一個も命中しなかったが、手榴弾はカーペットを敷くように炎を周囲に広げる。
エネミーであるカラドボルグのみにダメージを与える炎のフィールド。
アイテムの存在は、survivors yardによる戦闘を一変させた。
入手こそバディが必要だが、使用はスマホを操作するだけでいい。プレイヤーが戦闘に参加できるのだ。
このまま圧し切れるかと期待した瞬間、カラドボルグが弾丸のように飛んできた。
左手から襲い来る横薙ぎをバックステップで避けた菜々は、無我夢中で右に跳ぶ。
見事な空中回転を見せる菜々に追い縋るカラドボルグを、ライフルが撃ち落とす。
「お前、いつの間に…」
「アハハハ、アタシを虚仮にしたねぇ?アンタ」
墜落したボスを見下ろし、菜々は勝ち誇った笑みを浮かべる。
視界から外さぬようにジョーズの背後に跳ぶ寸前、トドメを刺すようにアプリを操作して命じた。
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