第7話プレイヤーとの接触は吉となるか?

 満貴は自室で、プレイヤー達のプロフィールを眺めていた。

経験値の累計と殺害プレイヤー数が記されており、これを見ればどの程度の殺人者であるか一目瞭然だ。

満貴はその中の一人、福野宮菜々(ふくのみやなな)に目をつけた。レベル6で経験値の累計は2100と少々、プレイヤー殺害数はゼロ。

つまり最低でも21件の殺人を行っている。


(この人良さそうだなー、アップデートしてあげよ~)


 満貴は1人の男を呼び出した。

黒髪の中肉中背で目元は涼しく、鼻はやや丸みを帯びている。黙っていれば美形の部類に入るだろうが、現在は口をだらしなく開けている。

満貴の意思を伝える為のメッセンジャーだ。この情報通信の発達した社会において、素顔そのままで接触するわけにはいかない。

プレイヤー名簿に記されている住所に、満貴はメッセンジャーを送る。


 黒髪の男が転送されたのは、海塚市自由が丘のマンションの3階。

3LDKで家賃14万円のリビングに置かれた布張りのソファでバラエティを流し見しながら晩酌していた菜々は、ローテーブルに置いていたスマホを取り出した。

ややウェーブがかった長髪を茶色に染め、細い目は暗く濁っている。

鼻筋は通っており、若い頃はモテただろうと想像できたが、現在は垂れ気味の頬肉に38歳という年齢が現れている。


 着ているのは草臥れたジャージパンツにカットソー。

ゴミは決められた日に出している為、さほど荒廃した雰囲気は無いが、フローリングの床に紙ごみやほこり玉が落ちていることから、掃除が行き届いていない事が分かる。

ローテーブルの上にはチューハイの空き缶が2本並んでおり、メッセンジャーが音も無く現れた時、奈々は3本目に手をつけていた。


「待った待った!俺、運営!敵じゃない」

「……運営?今頃何だい、やり過ぎだから削除でもしようって?」

「いやいやその逆。我々のゲームをご愛顧いただいているお客様のバディを、無料でアップデートするべく本日は参上しました!」

「…ふーん。アップデートって具体的には?」


 アプリを展開したまま、奈々は手にしていた缶を置くとメッセンジャーの話を聞く姿勢に入った。


「はい!今回実装されるのは2つ。まず1つ目は自動修復、戦闘中にバディの傷ついた際、自動で治ります。最初は微量ですが、レベルが上がるにつれて回復量も上昇するお得なスキルになっております」

「へぇー、それで?」


 菜々は顎をしゃくり、続きを促す。


「二つ目は武装の追加。こちらに表示されました狙撃銃"エキスパート"と火炎放射器"アグニ"をプレゼントします。これらはアプリを操作いたただけばいつでも装備変更可能、いずれも経験値2倍の効果付きの優れものです!」


 メッセンジャーが空中に出現させた2つのウィンドウ内で、レミントンM700を模したマガジンの代わりに油缶を取り付けた小銃がそれぞれゆっくりと回転する。

経験値2倍と口にした瞬間、菜々は小さく身を起こした。スマホを確認すると装備がいつの間にか届いており、そこにも経験値2倍のスキルが記載されている。

また、バディの能力値を表示するとスキルの項目が追加されており、自動修復の文字が書いてあった。


「それでは、よりよいサバイバーライフを!」


 菜々が質問を飛ばすより早く、メッセンジャーは彼女の部屋から姿を消した。


「フフフ…ハハハぁぁ…、大した外道だね」


 入場券の説明を呼んだ時、弾けるように笑ったのを菜々は思い出す。

趣味が悪いと思いつつ、手の中に転がり込んだ幸運に心の隅で小さく感謝した。

これの送り主が何者かは知らないが、十中八九真っ当な人間はあるまい。夫と子供に逃げられ、大したキャリアも財も無い壮年の女が逆転できるとするならこれで最後。

元々、自らの人生に対して諦観を抱いていたこともある。


 運営が何を期待しているか、奈々は察している。

血が見たいのだろう。殺せと言うなら、望む所。菜々自身、この騒ぎが何処まで広がるか見てみたかった。

最後まで生き残った暁には、これまでの人生など影すら無い新しい自分になるのだ。



 清田怜雄(きよたれお)は自宅を飛び出して、当てもなく駆けていた。

彼の部屋に突如現れた見慣れぬ男に脅え、質問を挟む事無く部屋を飛び出したのだ。

血相を変えた怜雄の様子に気づく事なく、彼の両親は暢気に過ごしている。

現在、怜雄は自宅が特定されてしまった!という思いで頭が一杯になっている。先手を仕掛けるべく、バディを召喚。

近所で騒ぎにならないよう、得物のグレネードを撃っても問題なさそうなロケーションを、走りながら探す。両肩を抑え込まれ、怜雄は転びそうになった。


 怜雄は髪を短くした痩身の少年だ。

頭が満貴の胸の高さにあり、手も足も細い。見るからに運動部系ではなかった。


「ハイ、捕まえた~。ほらほら構えない、自分にも当たるよ?」

「う、うぅぅ……」


 膝から力が抜け、怜雄は宙に釣られたようになる。


「運営ですけど、バディのアップデートキャンペーンに参りました~」

「き、聞いてないよ…」

「当たり前じゃん。知らせてないのに、何で知ってるんだよ!」


 涙目になっている怜雄のバディに、トラップ設置スキルとポーン作成スキルを追加。

前者は命令を繰り返す度に行動の精度を上げるポーンを呼ぶ警報装置、地雷、閃光爆弾を仕掛ける事が出来、敵の排他に特化した空間を形成できるようになった。

後者は警報装置によって呼び出す事の出来るポーンを、経験値と引き換えに生み出す。動物の死体や宝石などを核とする事もでき、その場合は強力なポーンになる。

メッセンジャーが去った後、怜雄はこそこそと自宅に帰った。両親は息子の様子に気づく事なく、夜のルーチンをこなしている。

怜雄がアプリから授かった能力により、息子に干渉できないようにされているのだ。

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