第1028話 昏く冷たい海の底から(4)盆休み
航吉さんは、泣きそうな顔をしていた。
「私は、罪を犯しました。家族の為。そう言い訳をして密漁をしたんですよ。合わせる顔が、ありません」
僕と直は、チラリと視線を合わせた。
「確かに、罪を犯した事には違いありません。でも、それを償うには、現世ではもう死亡しているので無理ですし、死後のこちらでという事になります。なので、それはそれ、普通の死者と同じで構いません。粛々と裁判を受け、それに従ってください。そして、お盆には家へ帰っていいんです。
あなたの家族は、突然父親を、夫を失って、しかも遺体が見つかっていないので現実感がないんでしょう。そこで別の死者が苦しんでいるのを見て、悲しむばかりなんですよ」
「海の底で苦しんでいるわけではない、お前達はしっかり生きろとか言って、そう、お別れをして欲しいんですよねえ」
僕と直が言うと、小野さんは軽く嘆息して、
「全ての死者にそれをしてはやれんがな。まあ、仕方がないか」
と言う。
「はい。目が届く範囲、手の届く範囲は。これからも生きて行かなければいけない遺族の為です」
「わかった。どうせお盆だ。帰るのは一緒。その時に見えてしまって、会話できる事も、たまにはあるだろう。
ああ。お盆の終わりには必ずこちらに戻る事。逃亡しようとしても必ず引き戻される事になるし、こちらでの罰が重くなるだけだからな」
小野さんがそうお盆の心得を説明し、航吉さんは不安そうな顔で
「はい」
と返事をした。
瀬戸さん親子は、おがらを焚いてそれを囲んでいた。
「あ、刑事さん」
明子さんが僕と直に気付いて立ち上がり、操吉君と菜摘ちゃんも立ち上がる。
「落ち着かれましたか」
直がにっこりとして訊くと、明子さんは小さく苦笑した。
「あの人は、今どこにいるんでしょう。あの幽霊みたいに苦しんでいるんでしょうね。
これは、バチが当たったんですか。密漁なんてしたから」
それに、操吉君が反論する。
「そんなの!そんなの、悪い事だろうけど、みんなやってるじゃないか。他の人はピンピンしてるじゃないか。なんで父ちゃんだけがそんな」
「兄ちゃん。お父ちゃん、悪い事したの?それで帰って来られないの?」
菜摘ちゃんは、不安そうに明子さんと操吉君の顔を見比べるようにして見上げる。
航吉さんはそんな家族達に何かを言いかけ、しかし、姿も見えなければ声も届かないという事に悲しむような顔をした。
「ああ、瀬戸さんも帰って来ましたね」
「流石はお盆ですよねえ。
今日くらいは、特別に」
僕と直は、しれっとした顔でそう言い、札をきった。それで航吉さんの姿が露わになる。
「父ちゃん!?」
「あんた!!」
家族4人が抱き合う。
「すまん、すまん」
「あんた。どこにいるの?苦しくない?辛くない?」
「俺は大丈夫だ。今は死後の審判の途中だけど、お盆は特別休暇で帰っていいらしい。逃げられないそうだけど。
それより、迷惑をかけたな。俺は大丈夫だから心配はいらねえよ。だから、母ちゃんを助けて、仲良くやってくれ。明子も、頼んだ。
すまんなあ。あんなバカな事するんじゃなかった」
悄然とする航吉さんに、操吉君が文句を言う。
「死後の審判って……他の奴らだってやってるじゃねえか。なんで」
「そんな奴らは、今でなくとも死んだ後で裁かれる。平等ってやつだな。俺が死んだのは、バチじゃなくて、天気のせいだ。あんな日に海に出たのが失敗だ」
はあ、と溜め息をついて苦笑し、航吉さんは家族達の顔を順に見た。
「人がやってるから。それを理由にしちゃあいけねえ。いいな」
操吉君は渋々頷き、菜摘ちゃんは父親が帰って来た事に嬉しそうに笑いながら航吉さんにべったりとくっついており、明子さんは泣きながら何度も頷いた。
「札は、今日1日はもちますからねえ。瀬戸さん、期間中に必ず戻るようにしてくださいねえ」
「では、我々はこれで失礼します」
僕と直がそう言うと、瀬戸さん一家は揃って頭を下げ、おがらの煙と一緒に家の中に入って行った。
透明なグラスの中に砂をれ、その上にプラスチックのカニやヒトデなどを置き、薄い水色の透明な樹脂を流し込み、その中に魚を押し込む。すると、まるで海を切り取ったようになる。
「できたー!」
夏休みの工作として敬や優維ちゃんが作る事にしたので、凜と累も一緒に作っていたのだ。
「きれーい!」
思い思いの魚などを各々のセンスで配置し、出来上がりが違っていて楽しい。
それに材料も安いもので、均一ショップやホームセンターで手に入り、手軽にできる。
「どれも上手にできたな」
子供達は窓際に並べたグラスを楽し気に見る。この前見たダイビングのブルーレイを思い出して、自分の想像の海にでも潜っているのだろうか。
「早くキャンプに行きたいね」
「うん。グラスボートとか楽しみだよね。
あのね、海の中がよく見えるんだって」
「海の中?テレビみたいな?」
「魚もいるの?」
キャンプを楽しみにしているようだ。
「おやつだぞ」
運んで行くのはゼリーだ。炭酸入りのシュワシュワする水色のゼリーに、バナナで作ったイルカをジャンプしているように乗せたものだ。
「うわあ!イルカ!」
「イルカ!」
わっと子供達が集まって来る。
「手を洗っておいで」
直が言い、子供達は素直に手を洗いに洗面所に走って行く。
僕と直は出張の代休で家にいるが、女性陣は揃って、キャンプに備えて水着や服を買いに出掛けているのだ。
「いい水着とか見付かったかな」
「あ、そうだ。防水の札ももっと準備しておかないとねえ」
「そうだな。事故が起こったらまずいもんな。
それと、明日はこっそりと出るぞ。お盆が終わったのに帰らないバカを回収する手伝いらしい。面倒臭い」
僕と直は肩を竦めた。
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