第1012話 再びの出会い(4)認識のズレ

 生霊がゆらりと立ち上がり、僕達を睥睨する。


     不細工な根暗女の分際で


「何様のつもりだ」

 多少のショックは罰の内だ。僕は軽く浄力を当てて、強引に生霊を弾き返して藤里さんの体に叩き返した。

「キャッ!?」

「生霊を飛ばすと、そちらも危険ですよ」

 直が札を藤里さんにも握らせる。

「聞いた話の通りなら、あなたのしたことは、被害者にとっては過去の事で済ませる事ができない事ですよ。立派な犯罪だ」

 藤里さんは、憎々し気に緋川さんを睨みつけた。

「緋川さん。あなたの恐怖や苦しみもわかります。

 でも、このままではあなたにとってもいい事ではない。カウンセリングを受けて、区切りをつけるようにした方がいいと思いますよ」

 緋川さんは泣き出し、藤里さんはふてぶてしくそっぽを向いた。


 凜と累が手をつないで歩く後ろを、僕や直、美里や千穂さんが付いて行く。

 今日は幼稚園の入園式だ。

「過去かあ。された方は忘れられるもんじゃないが、した方はケロッと忘れるもんかね」

「藤里さんはともかく、もっと悪気の無い事だったら、気付いてすらいない事もあるだろうねえ」

「認識のズレか。気を付けないとなあ」

 緋川さんはカウンセリングを受けながら会社に通っているらしく、最近は明るく前向きになって来たと聞いている。

 藤里さんは会社で皆から総スカンをくらい、入社したばかりの会社を退社したらしい。

 いじめについては証拠もなく、立件は不可能だった。しかし「借りた」と言い張っていたお金は、返してきたそうだ。

「凜も累も、相手の気持ちを考えるんだぞ」

「幼稚園はいっぱい色んな子がいるからねえ」

 僕と直が言うのに、2人は元気よく

「はあーい!」

と答え、そこで幼稚園に着いた。

 園の保育士達が、門のところで出迎えてくれている。

「御崎 凜と申します。お世話になります」

「町田 累と申します。お世話になりますぅ」

 受付で揃って頭を下げると、にこにことしながら頭を下げた保育士の中で、一番年かさの1人が、真顔になって動きを止めた。

「ん?」

 しかし、若い保育士が、名簿を見ながらにこにことして

「御崎 凜君は、竹組ですね。町田 累君は、あ、竹組ですね」

と言ったが、年かさの保育士がそれを聞いてバッと名簿を覗き込んだ。

「竹組の町田君と御崎君!?おかしいわ。そんなはず……ここは過去?」

 呟いて、ふらりとする。

「大丈夫ですか?」

「しっかりして下さい、先生」

 僕と直が手を出すと、その保育士は僕と直の顔をじっくりと見た。

「……怜君と、直君?」

 それで僕と直は声を揃えた。

「ああー!」

「利子先生だよねえ!?」

「うそー!あの問題児!?」

 ほかの保育士や美里、千穂さんが視線を向けてくる中、僕と直は笑った。

「冗談がきついですね。もう。お久しぶりです」

「まったくだよねえ。そうか。園長先生として戻って来たっていうの、先生だったんですねえ」

「ああ……懐かしいわ……。大きくなって……」

 園長はそう言って苦笑した。

「数年前には甥もお世話になったんですよ」

「今年は息子達がお世話になりますねえ」

「凜、累。先生の言う事を聞いて、楽しんで来いよ」

「はあい!」

 凜も累も、素直に元気よく返事をした。

「そうね。あなた達も返事はいつも、素直だったのよね」

 園長が力なく笑う。

「問題児みたいに、嫌だなあ」

 僕が言って直と笑うと、園長は額を抑えた。

「自覚無しね」

「ええ!?何でだろう?」

「あ、あれだよう。防犯教室の」

「ああ、あれ。お巡りさんを泥棒と間違えたやつ」

「司さんも共犯だけどねえ」

「帰り道に行方不明になって神社で発見されたこととか、色々あったわよね?はあ」

 僕と直は、美里と千穂さんの視線を受けて、冷や汗が出て来た。

 まあ、園長は苦笑を浮かべているし、保育士達は「ああ、あの」「伝説の」などと言ってクスクス笑っているので、本気で困らせたわけではないらしい。

 が、迷惑をかけた自覚はある。

「その節は、申し訳ありませんでした」

「すみません。

 そうだ。お詫びに、タルパで芸をするのはどうかねえ?」

「いいな、そうしよう、直」

「タルパ?ふふ。立派な霊能師になったのねえ」

「いやあ、どうでしょう」

「へへへ」

 そうして僕は市松人形のタルパで水芸をし、直はピエロのタルパに玉乗りをさせたのだが、なぜか大人は悲鳴を上げ、子供は喜んだが、園長は叫んだ。

「怖いでしょ!反省しなさい!」

「え!?ご、ごめんなさい?」

「ごめんなさいだねえ?」

 わからん。怖いかな?

「認識のズレか。面倒臭い」





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