第1002話 解呪不能(1)公園の女の子

「広がって来たな」

 僕は自分の体に広がる不快感に眉をしかめた。

 御崎みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、とうとう亜神なんていうレア体質になってしまった。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。そして、警察官僚でもある。

「何呑気に言ってるんだよう!」

 直が泣きそうな顔で言った。

 町田まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いであり、共に亜神体質になった。そして、警察官僚でもある。

 少し前に仕事先で呪を受けたのだが、解呪のエキスパートをもってしても解呪不可能という事で、困っていた。

 そうは見えないと言われても、困っているのだ。

「兄ちゃんや美里には言わないでくれよ」

「でもさあ」

「心配する。どうにもならないのなら、心配するだけ損だし。まあ、死ぬまで3日らしいから。ギリギリまで頑張ってみるしかないよな」

 そう言うと、直は大きな溜め息をついた。

「全く。

 変化があったら、ボクには必ず言ってよ?いいね?」

「わかった」

 それで僕と直は、そもそもの始まりから考え直してみる事にした。


 公園に女の子の霊が出ると聞いて、僕と直はそこへと出かけた。

 中国風の庭園で、昔、ここに華僑の別荘があった名残らしい。

 女の子は中国の昔風の服を着た8歳程度の子で、池の周囲に現れ、そこに居合わせた人に、

「返せ。わらわの宝をどこにやった」

と迫って来るのだという。

 池のほとりには柳の木が植えられ、四阿が立てられていた。

 そのそばで、池を覗きこんだりする女の子がいた。

「いた」

 近付いて行くと、向こうもこちらに気付いたらしく、顔を向ける。

「霊じゃないのかな」

 人ではないのは間違いない。しかし、霊とも言い切れないような、神とも言い切れないような、そういう気配を持っていた。

「返せ。わらわの宝をどこにやった」

 聞いていた通りの質問をしてくる。

「警視庁陰陽部の御崎と申します」

「同じく町田と申します」

「あなたのお名前をお聞かせいただけますか。それと、宝というのは何の事ですか」

 女の子は僕達を眺めていたが、するすると近くに寄って来た。

「宝は宝じゃ。わらわの力の源じゃ。ここの池に沈めたはずじゃのに、どこにもない。貸してやっただけだというのに……。

 今すぐ返せ」

 見た目は子供でも、威圧感のようなものが強い。

「落ち着いて。

 あなたは誰で、誰に貸したんですか?宝というのは、どういうものなんですか?」

 女の子はイライラとしたように眉をキュッと寄せ、

「わらわを謀るつもりか?」

と睨む。

「いえいえ」

「とんでもないですよう」

 僕と直が首を振ると、不服そうに

「言葉だけじゃわからぬようじゃな」

と言って、僕の手を取る。

 この時、油断があったのは否定できない。見かけが子供だった事もそうだが、自然な流れだったので、何か情報かと思って、ただ、任せたのだ。

 が、失敗だった。

「痛っ」

「へっ!?」

 女の子は僕の手首の少し上辺りに噛みついて、僕も直も、ただ驚いてしまった。

 女の子は握手でもしたくらいの普通の様子で離れ、僕は手首を確認した。

 確かに牙が差し込まれた感覚があった所に、赤い点が2つついていた。そして、そこから何かが注入されたような不快感があった。

「猶予は3日じゃ。宝を返せば解呪してやろう。解呪しないままだと、4日目に死ぬ」

「はあ!?宝の情報が足りないんですが!?」

 そう言った時には、こちらの言い分は聞かないというつもりか、すうっと消えてしまっていた。

「ま、まずいよう。蜂谷に連絡しよう、怜!」

「うん、そうだな」

 でも僕は、何となく、これは解呪できないような気がしていた。

「ああ。面倒臭い事になったぞ」



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