第963話 憎しみと恋しさの間(4)終わりと始まり

 須藤は嬉しそうに笑い、鉈をぶんぶんと振り回して、僕を追いかけ回す。

 それを避けながら、少しずつ移動して、須藤が直に背を向けるような位置に持って行く。

 大振りで、これで最後と確信したような一撃が降り下ろされる。同時に僕は須藤の斜め前にダッシュし、そこに滑り込んで来た札を踏んで須藤の背後に立つ。

 そして須藤が僕の姿を探して勢いよく振り返るその懐に入り込むと、まずは博多人形を叩き割った。


     あああああああ!!


 とんでもない絶叫が響き渡り、耳を塞ぎたくなる。

 その悲鳴に、須藤の声も重なる。


     ウワアアアアア!?

     カアチャン!?カアチャン!?

     コイツメ!


 怒りに狂った須藤が、怒りの感情で力を倍増させて、襲って来た。

「須藤!目を覚ませ!」


     カアチャンヲ カエセ!


「聞いてないよう」

「この状態じゃ無理か。説得なしで祓うか」

 仕方がない。鉈を除けて接近し、刀で深く斬る。

「須藤。あれは人形だ。お前の理想が形になっただけの幻だ」


     カアチャンハ やさしいもの

     あんな女 母親じゃない

     母ちゃん どこ 母ちゃん


「須藤。お前の境遇には同情すべき点もある。しかし、お前のした事は犯罪だ。間違っている」


     母ちゃん 母ちゃん


 須藤は今や、迷子になった小さい子供のような顔で、泣きじゃくっていた。

「須藤。このままここにいても、寂しいだけだぞ」

 須藤は顔を上げ、僕を見、直を見た。そして自分の体がほどけるように崩れていくのに気付いた。

「もう、逝け」

 須藤は上を見上げ、ふわあと笑った。

 それを最期に、消えた。

 縛った犠牲者達も、浄力を流して、成仏させる。

「ああ。終わった、終わった」

「犠牲者の方も、アレだよねえ。他人も自分と同じく不幸にしようなんて」

 直が嫌そうに眉を寄せる。

「全くだな」

 僕達は溜め息をつき、警戒解除の知らせを各方面に知らせた。


 復讐のために殺人鬼の封印を解いた坂巻さんは、食われてしまっていて、話は聞けなかった。

 娘は死に、悲観した妻も死んで、ひいた相手は短い実刑。それが納得できなかったというのはわからなくもないが、日本は法治国家だ。私刑を認める事は断じて認められないし、解き放った殺人鬼にその後まで責任を持てない以上、無責任のそしりを受けても仕方がないだろう。

 服役中の河原受刑者の死は許してしまったが、まあ、殺人鬼が女性を殺して回るという最悪の事態は回避できたのがまだしもだった。

「ああ、やれやれ」

 緊急配備が解け、説明も済ませ、ようやく部屋へ戻って来たら、もう朝だった。

「お腹空いたよう」

「何か作るか」

 灰田さんが、申し訳なさそうな顔で頭を下げる。

「もっと厳重に管理するべきでした。申し訳ありませんでした」

「いや、どこも神社とか寺とか、あんなもんだろ。仕方ないよ。

 まあ、今後は一定の管理基準を設けるべきかな」

「だねえ。特に鉈の封印は弱すぎだよう」

「よし。次のレポートは決まったな、直」

「うん。そうだねえ、怜」

「というわけで、気にするな。

 朝ごはん作るぞ。手伝ってくれ」

「はい!」

 灰田さんが返事をする。

 すると、机でぐったりしていた下井さんが目を輝かせた。

「課長のご飯ですか!?よっし!」

 すると、美保さんと徳川さんもにこにことする。

「パンかな?ごはんかな?」

「どっちもいいですねえ。ああ、楽しみ!

 あ。でも、食べたら報告書ね」

「面倒臭いなあ」

「ああ。今事件が全部片付いたって実感が……」

 思わず直が言って、沢井さんが吹き出し、釣られて皆が笑い出した。

 今日も一日が始まる。




 

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