第945話 春を待つ空(2)聞き分けのいい幽霊
階段から転落して亡くなった玉木宏子ちゃんの葬儀から数日が経過した頃、保育士達が真剣な顔で額を寄せ集めていた。
「私も聞きました。誰もいないのに、パタパタと走り回るような子供の足音」
「階段のところに行く子がいるので連れ戻しに行ったら、階段を上り下りする足音が聞こえたんです」
「子供達が階段の下に行くと声がすると言っていたのでぼくも行ってみたら、『じゃんけんぽん』って声がしたんです」
聞こえないという者も勿論いるが、何かを聞いた、階段を上り下りする子供の足が見えた、という者もいた。
子供はケロリとしているが、保育士や保護者の方が、気味悪がっている。
「やっぱり、玉木宏子ちゃんでしょうか」
幼稚園側は事故を調査にきていた警察官にこの話を相談し、そこから陰陽課に話が来たので、僕と直が幼稚園に来ているのだった。
優維ちゃんが通っているので直は保護者となり、関係者は事件に関われないのが原則ではあるが、陰陽課の人員の少なさや特殊性のせいで、そこまでうるさくは言われない。
「見た所、確かに女児がいます。でも、悪い事をするようではありませんし、忌明けまで待つのも悪くは無いと思いますよ」
「ちょうど、卒園式あたりですねえ」
言うと、保育士達は顔を見合わせていたが、園長だという年かさのシスターが決めた。
「わかりました。彼女もここの園児です。確かにちょうど卒園式の頃ですから、それまでは様子を見る事といたしましょう。その時に天に向かわないのであれば、その時は」
「はい。わかりました」
僕達は職員室を後にした。
見るともなく見る。
「優維ちゃんも卒園かあ」
「かわいい制服だったんだけどねえ。もう少しで見納めだねえ」
名残惜し気に直が言う。
園の庭には色々な遊具があり、花壇にはチューリップが揺れていた。生垣は大人の膝よりも高い程度で、グルグルとブラックベリーを這わせてある。初夏の頃には実が生り、子供達のおやつになったりジャムにしてバザーで販売したりするらしい。
そのブラックベリーに沿って歩いて行くと、成程、隣に団地が見えて来た。
「あそこか」
ひょいと生垣をまたいで、団地の敷地に入る。
古い建物で、空き家が多いと聞く。
問題の階段は一番手前にあるもので、1人の女児の霊が階段の下でぼんやりと立っていた。
「こんにちは。玉木宏子ちゃんですか」
するとその子はにっこりと笑った。
「何をしているのかなあ」
直がにこにこしながら訊くと、こちらに寄って来る。人懐っこい子のようだ。
遊んでたら、皆いなくなっちゃったの
「そっかぁ。
宏子ちゃんは、ここで遊んでた時の事、覚えてるかねえ?」
宏子ちゃんは首を傾けて、答えた。
グルグルッとして、痛くて、空が見えたわ
「宏子ちゃん。残念なんだけどねえ。その……」
直が言葉を選んで何と説明しようかと四苦八苦していると、宏子ちゃんがポツンと言った。
もしかして、死んじゃったの?
あれから誰も返事してくれないし
ここに来たパパもママも先生も泣いてたし
僕と直は顔を見合わせ、事実を告げる事にした。
「残念だけどねえ」
そっかぁ
小学校 行きたかったなぁ
「もうすぐ卒園式があるのはわかるね。その時に、宏子ちゃんもここを卒園しようか。ずうっとここにいるのは、だめなんだよ」
言うと、宏子ちゃんは、こっくりと頷いた。
神様のところに行くんでしょ
先生が言ってた
卒園式が来たら
小学校じゃなくて天国に行く
物分かりもいいし、聡明な子らしい。
「そうだな。そうしよう」
晴れるといいなあ
宏子ちゃんは空を見上げて、両手を広げた。
無理に祓う事をせずに済んで良かったと思う半面、物分かりの良すぎる子というのも、悲しいものがある。
せめて晴れ渡った天気になればいいと思いながらその場を僕達は後にしたのだが、宏子ちゃんと一緒に遊んでいた子供の1人がその階段の下で亡くなっているのが発見されたと知らせを受けたのは、その深夜の事だった。
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